第59話
それからどうやってゲームをクリアしたのか、結月は全く覚えていない。気がついた時にはすでにゲームは終わっていて、結月の身体は自室のベッドの上だった。
「あの時、私がバトンを拾えていれば……私が逃げなければ……私が、私、が……」
緩慢な動作で起き上がった結月は、携帯端末の連絡先登録欄を見つめて呟く。そして。
「ああぁぁぁぁぁあぁぁぁあああぁぁ!」
壁に向かって端末を投げつけ、指の先が白くなるほどシーツを握り締めて絶叫した。
「笑えよ……結月。ふ、ふふ、ふふふ、あはは、あ、はは、あぁっぁあぁぁ!」
もう、誰もいない。花蓮も莉乃も、みんな死んでしまった。だが、いいではないか。これで誰に煩わされることもなく、何も悩まずにゲーマー生活を謳歌できる。なのに、どうして。
「どうして……こんなに……」
涙が止まらないのだろうか。虚しいのだろうか。花蓮の時は涙なんて出なかった。だから今回も大丈夫だと思っていたのに。あの姿を見てしまったら、冷静ではいられなかった。恥も外聞も関係なしに人前で号泣してしまった。
「みっともない……」
頭から布団を被り、鼻をすすっていると控えめな音を立てながら部屋の扉が開かれる。
「結月さん、大丈夫ですか?」
「……」
紗蘭に泣き腫らした顔を見られたくなくて結月は布団の中で丸くなった。紗蘭は何も言わずに画面が傷ついた端末を拾い上げて枕元に置く。
「必要なもの、一通り買って来ましたから。ちゃんと食べなきゃダメですよ」
そしてテーブルの上に食料の入った袋を置いて帰っていった。
※※※
「ん……」
いつの間にか泣き疲れて眠ってしまっていたらしい。息苦しくなって布団を足ではねのけると、零が勝手に家具を移動させてリンゴの皮を剥いていた。
「あぁ、起きたのか」
「……」
普段であれば零の呼び掛けを無視するなど自殺行為だが、黙って背を向けた結月を零は咎めなかった。代わりに頭上から優しい声が降ってくる。
「リンゴ、食べるか?」
「……たべる」
布団を被ったまま腕だけを伸ばすと丁寧に切り分けられたリンゴを一欠片渡された。
「起きて食べろよ」
その言葉を無視して布団の中でリンゴを咀嚼する。零は皮付きでも食べられるのに、皮が嫌いだと言ったいつかの結月の言葉を覚えていてくれたのか。
「まだあるぞ」
「……」
無言で二個目も胃に流す。思っていたよりも空腹だったようだ。
「水も飲め」
「みず、きらい……」
子供のように駄々をこねてみると、呆れながら炭酸飲料を渡される。
「流石にそれは起きて飲めよ」
布団を奪い取られ、仕方なく上体を起こした。
「ふた、あけて」
「なんだ、今日は随分甘えただな」
そう言いつつも零は差し出したペットボトルの蓋を開けてくれる。それを少量ずつ口に含んでいると、突然零に頭を撫でられた。
「ショックだったか」
「……うん。でも、私さ……思っちゃったんだよね。どうせ死ぬなら……私の知らないところで死んで欲しかったって。花蓮のことは乗り越えられたから。だから同じ死に方なら、きっと私は大丈夫だった。最低、だよね」
特に深く考えることなく思い付いた言葉をそのまま口にする。零は結月と同じ炭酸飲料を飲みながら軽い口調で答えた。
「誰だってそんなものだ。気がついたら死んでいたのと、目の前で死なれるのは似ているようで明確に違う。主に、実感という意味でな」
「私、ゲーム続けていけるかな」
「それはお前次第だが、プレイヤーを辞めてもお前なら生きていけるだろう。拾ってくれる奴も、雇ってくれる奴もいる。気持ちが落ち着くまで少し休め」
「……うん」
ペットボトルの中身を飲み干すと、結月は再び布団の中に潜り込む。零はまだ帰るつもりがないのか椅子に腰掛けて携帯端末を手に取った。
室内を支配する静寂が、やけに心地よかった。




