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第46話

 結月は声のした方へ振り返る。

 

「怜央……」

「僕もご一緒させていただいてよろしいですか?」

 

 結月が頷くと怜央は隣の椅子へ腰を下ろした。

 

『プレイスユアベット』

 

 ディーラーの合図でゲームが始まる。結月は嫌な予感を感じながらも赤に一枚のチップを置いた。それを見た怜央は微笑を浮かべ、赤の三十二に三枚のチップを置く。

 

「え……?」

 

 莉乃が呆然と呟いた。結月も強気な賭け方に思わず息を呑む。

 

 ストレートアップ。一数字賭けとも呼ばれる怜央の賭け方は配当三十六倍。しかし、当然ながらリスクも大きい。そもそも当たる数字をピンポイントで見抜くのはほぼ不可能だ。

 

 動揺し、戸惑う莉乃に結月はセカンド・コラムに賭けるよう勧めた。セカンド・コラムとは二、五、八の縦一列に賭けることを意味する。配当は三倍で当たる確率も三分の一。何より怜央が予想した赤の三十二もこの列に含まれていた。

 

 常人なら鼻で笑う暴挙でも怜央ならばあるいは、と結月は考えたのだ。莉乃は結月の指示に従い、セカンド・コラムに賭ける。怜央は優雅に足を組み直すと結月に耳打ちした。

 

「懸命なご判断ですね。何ならスプリットで半分儲けを差し上げてもいいんですよ?」

「さすがにそんな賭け方はできないね。私はまだ当たるとは思ってない」

 

 怜央が提案したスプリットは二つの数字に賭ける賭け方だ。配当は十八倍でストレートアップの半分となる。怜央の挑発には乗らず、結月は現状維持を選択した。

 

『ノーモアベット』

 

 締め切りの合図と共にボールが投入される。

 

(まさか、な……)

 

 心中で呟く結月の思考とは裏腹に、ボールは赤の三十二に落ちた。莉乃の瞳が見開かれる。結月は思わず横目で怜央を見た。

 

『おめでとうございます』

 

 ディーラーから大きさの違うチップを一枚と通常サイズのチップを八枚受け取った怜央は口角を上げる。そして無言のまま席を立った。

 

「待って!」

 

 咄嗟に結月が呼び止めると、怜央は足を止めて振り返る。

 

「何か?」

「どうやって数字を当てたの?」

「ただの運ですよ。今回は何となく三十二に落ちる気がしたんです」

 

 手の中でチップを弄び、怜央は言った。

 

「もちろん、小細工なんてしてません。NPCが相手じゃ恐喝も取引もできませんからね」

 

 その通りだ。NPCはただプログラムに従って動くだけ。プレイヤー同士の賭けではないのだから、イカサマも八百長もできはしない。

 

「あ、それとこれ、やっぱり邪魔なので差し上げます。その子と有効活用してください」

 

 そう言って怜央は八枚のチップを結月に投げ渡す。受け取り損なった数枚のチップを結月が拾い集めていると、怜央は最後の一枚を手渡して口を開いた。

 

「これが凡人と天才の差、ですよ」

 

 結月のみに聞こえる声量で紡がれた言葉。だが、結月が憤りを覚えることはない。そんなものを感じられる実力差ではないことを理解しているからだ。結月にはストレートアップで賭ける度胸などないし、信じられる自己というものも持ち合わせていない。

 

「では、ご武運を」

 

 悠々と去っていく後ろ姿。その背中を眺めて結月は思った。

 

「いいなぁ……」

 

 ただただ羨ましい。迷うことなく自分は天才だと言ってのけられる、あの自信が。

 

 何も信じられない、自分自身でさえ心のどこかでは疑っている少女には、彼の在り方はどうしようもなく眩しすぎた。

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