第40話
麗華の髪飾りを拾い上げた結月はその悲鳴を聞いて我に返る。
「花蓮ッ? うわっ……!」
結月がトイレに足を踏み入れると一斉に洗面所の鏡が砕け散り結月は思わず右腕で目を庇った。
「結月っ……」
花蓮の背後では開かないはずの窓が大きな音を立てて次々と開き、外から雨粒と風が吹き込んでくる。腰を抜かしている花蓮を自身の背後に避難させ、結月は左手で包丁を構えた。
「……?」
しかし、何も起こらない。ただの演出だろうかと結月が構えを解いた瞬間、甲高い耳障りな子供の歌声が結月の耳に届く。
『かーごめかごめ』
『かごのなかのとりは』
『いついつでやる』
『よあけのばーんに』
『つるとかめがすーべった』
『うしろのしょうめん』
『……だぁれ?』
耳元でささやく、背筋が凍るような声。歌声が途切れると同時に外では雷鳴が轟き、稲光が個室の一つを照らした。
「なんで……」
結月はポケットに突っ込んでいた髪飾りと、個室のドアで首を吊っているプレイヤーを交互に見比べる。見間違うはずもない。麗華だった。
彼女の手にはガラスの破片のようなものが握られている。震える身体を必死で動かし、結月にすがり付いてきた花蓮が呟いた。
「順番、守らなかったから……」
言われて確認してみると、麗華が持っていたのは鏡の欠片。恐らく、四階の大鏡だろう。その時、女子トイレ内に先ほどと同じ子供の声が響いた。
『いーけないんだ、いけないんだ。順番抜かしは大罪だよ?』
鼓膜を切り裂くように甲高い、逃げ出してしまいたくなるほどに耳障りな声。半泣きの花蓮を庇いながら結月は問いを投げる。
「だから、麗華を殺したの?」
返答があるかは分からなかったが、謎の声は結月の疑問に答えた。
『お姉ちゃんを殺したのは私たちじゃない。このゲームそのもの、だよ? そこのお姉ちゃんが最初に言っていたみたいに、順番はしっかり守らなきゃ』
やや話が噛み合っていない気もするが、結月はある程度の事情を瞬時に理解する。やはり、花蓮が言う通りに規定のルートを選択したのは正解だったのだ。最短距離でゲームを進めれば、最悪の場合全滅していた。そして麗華は結月たちが包丁と格闘している間に大鏡を破壊し、順番を抜かしてしまったのだろう。
つまり麗華は、ゲームの裏ルールに殺されたのだ。
『でも、ここでお姉ちゃんが死んでくれたのはみんなにとってラッキーだったんじゃない?』
「それって、どういう……」
『最後のアイテムを手に入れるためには、死人の血液が必要だから!』
謎の声は二人を嘲笑うように甲高い声で告げる。
『このゲームは最初から全員でクリアすることなんて絶対にできない仕組みになってたんだよ! だからよかったね? お姉ちゃんたち! 自分の手を汚さずに済んで!』
「もう嫌、黙って!」
花蓮が耳を塞いで叫ぶと一瞬の静寂が辺りを支配した。
『でも、エンタメとしてはつまらなかったかなぁ。これは最後に誰が犠牲になるかを楽しむゲームなのに。もちろん全滅ルートもバッドエンドとしてはアリだったけどね! こんな綺麗に終わるなんて、運営も予定してなかったなぁ』
そして、声は消える。結月は麗華の足元に転がっている蓋付きのフラスコを拾い上げた。これに血を入れて持ち運べるのだろう。泣きじゃくる花蓮の代わりに手にした包丁で麗華の腕を切り、血を入手する。彼女の手から大鏡の破片を受け取って、結月は花蓮にタオルを巻かれた右手を差し出した。
「花蓮、行こう。立てる?」
花蓮は無言で頷くと結月の手を取る。傷口が痛んだが、何とか堪えてトイレを出た。
「あ、結月さん。大丈夫でしたか? 一体何が……」
場所が女子トイレという理由でゲーム内でも待機を貫いていた怜央が結月に声をかける。結月は少し考えてから端的に状況を伝えた。
「うん。ルールを破って麗華が死んだんだ。首を、吊っていたよ」
「……そうですか」
「最後に、挨拶しておく?」
「いえ。死んだなら、それでいいんです。別に親しかったわけでもありませんから。行きましょうか」
玲央は特に興味を示さず先頭に立って歩き出す。結月と花蓮も黙ってその後に続いた。
(こんなものなんですか、あなたの運は)
二人には気づかれないように、玲央は拳を握り締める。許せなかった。不遜にも自分をライバル視し、会う度に突っかかってきたいけ好かないプレイヤー。彼女を殺すのは自分だと、怜央は信じて疑わなかったというのに。勝手にルールを破って死ぬなど、許せるわけがない。
やはり兄の手に委ねるまでもなかったということだ。こんなことになるならばどこかのゲームでさっさと殺しておくべきだった。
クリア回数四十二回。全てのゲームで己を貫き、そして散ったベテランプレイヤー。死の淵で彼女は何を思ったのか。きっと、堂々と胸を張って逝ったに違いない。怜央や、その他のプレイヤーに笑われないために。
だが、それを確かめる術はもうどこにも存在しなかった。




