表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/26

第4話

 『結月』こと月島結香には生まれながらにして致命的な欠陥があった。人が当たり前のように備えている『情熱』が、彼女には微塵も存在しなかったのである。何にも本気になれず、何事にも正面から向き合えない。勉強や運動はもちろんのこと、娯楽の類いですら彼女が熱量を持って取り組んだことは一度としてなかった。

 

 物心ついた頃から彼女の心に燻り続けていた疑問が確信へと変わったのは、小学校の入学式。結香が用意された席に座ろうとすると、そこには既に先客がいた。我が物顔で結香の席を占領する少女は、友人二人と楽しそうに談笑している。

 

『ねぇ、そこ、私の席なんだけど。どいてくれない?』

 

 かなりの至近距離で伝えたにも関わらず、少女は結香を一瞥しただけで友人と談笑を続けた。それを見て言葉による説得を諦めた結香は少女が座る椅子を、少女ごと蹴り飛ばしたのである。当時、警察官だった父に柔道と空手を習っていた結香の放った渾身の蹴りに椅子は大きく揺れ、バランスを崩した少女は椅子から転がり落ちた。

 

 騒然とする周囲は気にも留めず席についた結香だったが、すぐに駆けつけてきた教師に結香はその場で厳しく叱責されてしまう。当然と言えば当然の結果なのだが、当時の結香にはなぜ自分が責められなければならないのかがまるで理解できなかった。

 

『だってここは、私の席だから』

 

 教師の叱責に納得がいかなかった結香は思っている通りのことを、そのまま教師に伝える。教師は一瞬面食らったような顔をしたものの、すぐに結香の考えをたしなめた。

 

『でも、暴力はダメでしょう?』

『どいてって言っても、どいてくれなかったから……これが一番手っ取り早いと思って』

『だからって暴力はいけないわ』

『……』

 

 このままでは水掛け論になると、幼いながらに悟った結香は無言で踵を返す。入学式だったため少ない荷物をまとめ、体育館を出ようとしたところで教師は結香の肩を掴んで引き留めてきた。

 

『待って、どこへ行くの?』

『先生は、私を庇ってくれないんだね。だったら、もういいよ』

 

 肩に置かれた手を振り払い、結香はすぐに走り出す。追いかけられると思ったためだ。全力疾走で校門から飛び出した結香は、一人静かに息を吐き出した。そしてポツリと呟く。

 

『……社会ってクソだな』

 

 この入学式で起こした諍いが原因で、結香は九年間不登校を貫くことになる。結香の両親は初めこそ根気強く娘と向き合おうとしていたがあまりにも頑なな結香の態度に辟易してしまい、最後には説得を諦めた。

 

「まぁ、つまり私は社会不適合者の鑑みたいな性格をしていたんだよ」

 

 己の黒歴史を語り終わった結月は苦笑しながら話を締め括る。

 

「ね? 面白い話じゃなかったでしょ?」

「それで、不登校になったあとはどう過ごされていたんですか?」

「……面白かったの?」

 

 紗蘭は想像以上に真剣な眼差しで結月の語りに耳を傾けていた。結月は少し考え込んだあと、悪戯っぽく笑って口を開く。

 

「今度は紗蘭の話が聞きたいな」

「えッ? 私ですか?」

「うん。私だって話したんだから紗蘭も話してくれなきゃ不公平でしょ?」

「うぅ、分かりました……」

 

 たどたどしく己の生い立ちを語り出す紗蘭の顔を見つめながら、結月は改めて思った。

 

(私はやっぱり壊れていたんだな)

 

 物心ついた頃から薄々感じてはいた違和感。自分は人とは違うのではないかという疑問。その疑問に答えをくれた入学式の日を思い出したのは何年ぶりだろうか。そして機会があれば、紗蘭が知りたがったあの話もする気になるのかもしれない。だからその時は。

 

 月島結香が『結月』へと至る物語を、語って聞かせよう。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ