第32話
結月は唯斗に連れられて未開発エリアにある唯一のレストランまで足を運んでいた。レストランとは言ってもメニューはなく、提供される料理は店長のその日の気分で決まる。二週間ほど通い詰めて顔馴染みになっている結月を店長は明るく迎え入れてくれた。
「お、嬢ちゃんいらっしゃい! 今日は何食ってく?」
「あー、ごめん。今日はお腹いっぱいだからいいや。そんなことより聞いてよ、店長。唯斗さんに拉致られた……」
「そりゃ可哀想に。ジェラートサービスしてやるから元気だしな」
カウンター越しに泣きつくと店長は苦笑しながら結月の頭を撫でる。相変わらずこの店長は結月の扱いが上手い。バニラ味のジェラートをガラス容器に盛り付けてもらい、結月は零の隣へ腰を下ろした。
「零さんも、慰めてよ」
「どうして俺が」
「私を呼び出したの零さんでしょ。私は部屋でゴロゴロする予定だったのに」
だが零に店長ほどの優しさを期待できるはずもなく、無言で頬をつねられる。
「いひゃい!」
結月が抗議の声をあげると零は笑って手を離した。
「相変わらずお前の頬はよく伸びるな。餅か?」
「ひどい! 虐待だよ」
「何が虐待だ。ゲームが終わっても連絡一つ寄越さなかったのはお前だろう」
痛む頬を庇いながら結月は首を傾げる。
「え? 空メール送ったけど? 届いてなかった?」
「……俺は事前にゲームが終わったら結果を報告するよう言いつけておいたと思うんだがな?」
「うん。だから空メール送ったでしょ? 死ななかったよっていう結果の報告の」
困惑しつつ答えると結月は再び零に頬をつねられた。反対側の席に腰を下ろした唯斗に視線で助けを求めてみるものの、零には逆らえないらしくゆっくりと目をそらされる。
「……今回ばかりは結月ちゃんが悪い」
「まぁまぁ、零さん。そのくらいにしておいてやれよ。嬢ちゃんだって悪気があったわけじゃねぇんだから。な?」
店長が止めに入ると零はため息をついて結月を解放した。結月はここぞとばかりに零の隣から逃げ出し、店長の背中に隠れる。
「店長優しい、好き。今日泊まってく」
「はいよ。どの部屋がいい?」
店長は一階でレストラン、二階の空き部屋で宿泊施設を経営しているのだ。居住区エリアから未開発エリアまではかなりの距離があり、体力のない結月はよくここを利用させてもらっている。今日も歩いて帰る気にはなれなかったため空いている部屋を貸してもらった。
「今日は眠れる日なのか?」
「いや、昨日寝ちゃったから多分無理……だと思う」
「つまり?」
「零さんも一緒に来てください……」
店長の背後から顔だけを覗かせ煙草を吸っている零に頭を下げる。零は満足そうに頷くと灰皿で火を消して立ち上がった。それを見て唯斗も帰り支度を始める。
「じゃ、俺はこれで。またね、結月ちゃん」
「うん、またあとで」
唯斗と別れ、店長から部屋の鍵を受け取った結月は階段を上がっていく零の背中を追いかけた。いつも使っている部屋のベッドに飛び込み結月は枕に顔を埋める。
「あー、極楽極楽」
ベッドの上を転がる結月の頭を一撫でし、零は煙草に火をつけた。
「寝る気がないなら帰るぞ」
「え、待って待って。ごめんなさい、ちゃんと寝ます」
急いで布団を被って目を閉じ、ベッドの端に腰かける零にすり寄る。するとすぐに睡魔が襲ってきた。まるで第二ゲームの再現である。
「やっぱり零さんの隣落ち着く」
「そうか」
「父さんも煙草吸ってたから、なんか懐かしい」
「それは良かったな」
零の吸う煙草の匂いは、結月に父親の温もりを思い出させていた。第二ゲームの時は気がつかなかったが、零の隣だと眠くなる理由はきっとこれなのだ。安心して、思わず幼少期に逆戻りしたかのような錯覚を覚える。
決して実の父親に愛されていなかったわけではない、と思うが結月は一方的に苦手意識を抱えていた。警察官で正義感が強く、生真面目な結月の父親は融通の利かない頑固な人だ。結月には父親のような正義感はないし頑固なところは似ているかもしれないが、常に周りを冷めた目で見てしまう。あんな情熱あふれる人間から、どうすればこんな冷めた人間が出来上がるのだろうと結月は一時期不思議に思っていた。
「いい加減薬で寝られるようになったらどうだ」
「睡眠薬? あんま使いたくないんだよね……」
「ゲーム中は不便だろう」
「そうだけど……自分で調節してるし。現実世界なら零さんいるし」
「いつまでも俺がこうしてやれる保証はないんだぞ」
「やめてよ……らしくない……」
零は微笑を浮かべて紫煙を吐き出す。頭を撫でられながら結月の意識は暗闇へと吸い込まれていった。




