8.入宮
「これでもう面倒な手続きは全部終わったんだな? であればさっさとダンジョンへ行くぞ」
役所を出ると同時に、我慢の限界を迎えたアカリが俺の腕を掴む。むしろ役所を出るまでよく我慢したな、偉いぞ。
だが限界なのは俺も同様だ。すぐにでもダンジョンに行って〝魔剣″を試し斬りしたくて堪らない。
「あ、ちょっと待ってくれ。ダンジョンに行く前に少し寄り道していいか?」
「む、まだどこかに用があるのか?」
「なぁに、大した用事じゃない。すぐに終わるさ」
俺は道端にある雑貨店に立ち寄ると、非常食とともに安酒を買う。
怪訝な顔をしたアカリの元に戻ると、荷物の中に放り込んでいた小さなカップを二つ取り出し、買ったばかりの安酒をどぼどぼと注いでひとつをアカリに渡す。
「ほら、アカリ」
「……これは?」
「俺たち回収屋──いや探索者がチームを結成した時に行う儀式みたいなもんだ。カップを持って前に差し出してくれ」
アカリが首を傾げながら差し出したコップに、俺が持つコップを軽く打ちつける。
「ここに〝宣言″する。俺たちはチーム『天差す光芒』を結成することを。俺たちは誓う。共にダンジョンに挑むことを」
俺が──かつてこの儀式をしたのはもう10年以上も前。
あの時の誓いを、俺は守ることができなかった。
そんな俺にまた誓いを交わす資格はあるのか……。
あのときは3人だった。
俺、バーパス、そして──。
だけど今、俺の前いるのは──たったひとり。
幼さを残したままの痩せ細った金髪の美少女。
「チーム結成にあたりリレオンは誓う、アカリを守ると。共に生きて、ダンジョンから帰ることを」
それでも俺は誓う。
もう二度と、あんな想いはしないために。
「さあ、我ら『天差す光芒』の旅立ちを祝おう──〝乾杯“」
一気にカップの酒を飲み干す。喉に染み渡る安酒のアルコールの刺激。
俺はこの味を、誓いを、絶対に忘れない。
「チーム結成にあたりアカリは誓う」
「ん?」
黙って付き合っていたアカリが、俺を真似て〝宣言″を始める。
「俺の自己満足なんだから、別に付き合わなくたって──」
「妾もチームのメンバーだ、そうだろう?」
そう言われちゃなんも言い返せないな。
いいぜ、相棒。
俺たちは──上位ダンジョンに挑むチームだ。
「リレオンの願いを一つ、叶えると。共にダンジョンに向かい、汝の願いを満たそう──〝乾杯“」
ぐいっと酒を飲み干すアカリは、逆光を浴びて眩しく見えて──とても綺麗だった。
◆
上位ダンジョンの門番たちに許可証を見せると、驚くほどスムーズに入宮が認められた。
石造りのダンジョンの入り口を眺めると、ぶるりと身震いがする。
「リレオン、ここが上位ダンジョンとやらなのか?」
「ああそうだ」
「ふむ、何か感じるかと思ったが……まあこんなものか。ではさっさと入ろうではないか」
「お、おい、一人でさっさと行くなよ! 緊張感のないやつだな!」
アカリに引きずられるようにして、何の余韻もなく、俺はついに上位ダンジョンへと足を踏み入れた。
10年ぶりの張り付く空気。
上位ダンジョンの通路は、レンガのようなブロックで敷き詰められていた。なんの整備もされてない土剥き出しの廃棄ダンジョンとは大違いだ。
「アカリ、ここからはエネミーが出てくる」
「エネミー? ああ、あの影のことか」
「そうだ。エネミーはこちらに攻撃を仕掛けて来ることが多い。下手すると命を落とすこともある。だから俺がエネミーとは全部対峙する。アカリは何もしなくていい」
「ほう……妾は頼らないというのか?」
「ああ、俺が指一本触れさせない」
あの時の二の舞は──絶対にさせない。
「殊勝な心掛けだな、リレオン」
「ああ、だからって無茶はしないでくれよ」
「案ずるな、妾にエネミーが攻撃を仕掛けて来ることはない」
「はいはい、わかったからそういう謎な自信は置いておいて無茶はしないでくれよ」
今日は初日だ。あくまで魔剣の性能を確認したいだけであって、無理をするつもりはない。
「アカリ、ここ上位ダンジョンは大きく5つの層に別れている。今俺たちがいるのは最上層──『レベル1』だ」
そこから下層に行くにつれ、レベル2、レベル3となっていく。
「では最下層は『レベル5』というのか?」
「そのとおり。ただ俺たち一般人が『レベル5』に行くことは出来ない」
「なぜだ?」
「そこは『王直エリア』だから」
王直──ようは王家が直接管理しているエリアだ。
国王から直々に使命を受けた王国騎士団の、それも近衛クラスじゃないと入ることができない特別なエリアだ。
「もっとも俺たちは当面の間レベル1までしか行くことが出来ない。より深くに潜るためには実績が必要なんだ」
何度もダンジョンにアタックして、生還して、多くの魔法道具を手に入れた実績を踏まえ、徐々に潜ることができるエリアが役所から解放されるのだ。
「とはいえ『レベル4』も10年前から立ち入りが禁止されてるから、実質的には『レベル3』が俺たちが当面目指す目標となる」
「レベル4が立ち入り禁止な理由はなぜだ?」
「高確率で探索者が殺される危険なネームドエネミー【原色の悪夢】が出現するからだ」
10年前に初めて確認された〝ネームドエネミー“。
その名も──【原色の悪魔】。
ヤツに出会った探索者たちは、ほぼ確実に殺されてしまう。
上位ダンジョンのレベル4に出没し、多数の残留物を残すことになった〝いわく付き″のエネミーだ。
最近ではあまり噂話も聞かないが、討伐されたという話も流れてこない。
やつは今も──レベル4を回遊しているのだろうか。
「そんなわけで、俺たちがまずやるべきことは──レベル1で実績を積んで、次のレベルに上がることだ。さぁ言ってる間に出てきたぞ」
ダンジョンの奥から現れるエネミー。
その数、三体。
「さっそくのお出ましか。やっぱり廃棄ダンジョンとは出現率が違う。これは──やりがいがありそうだぜ」
思わず笑みがこぼれてくる。
さぁ、魔剣の性能を確認させてもらおうか!