7.チーム結成
服屋では、予備の服も合わせて何着もアカリの服を買った。
これだけで貯蓄の半分が飛んでいったのだが……元々魔剣購入貯金だったのだから今更だ。
「どうだ? 妾は可愛いであろう?」
多少は動きやすい、だが街の女の子たちが着るような服に身を包んだアカリは、確かに可愛かった。
いや可愛すぎた。街娘とは次元が違うレベルだ。これは目立つ。その横に立つ俺はもっと目立つだろう。
あいまいに「ああそうだな」などと返事しながら、さすがの俺も今の格好のままだとダメだと思い、久しぶりに服を購入する。
こんなときに参考になるのは、悔しいがバーパスだ。あいつ貴族のババアに囲われてから身なりが一気に洗練されたからな。
普段のボロと異なり、多少は整った服を選んで鏡の前に立つ。
鏡の中に映し出されたのは、今までとは別人のような俺。
腰に存在するズシリと重い感触。
思いがけず、俺はずっと望んでやまなかった〝魔剣“を手に入れることができた。
俺は──夢を見ているんだろうか。
こんなにあっさりと、10年以上も求めていたものを得られるなんて──。
いや、感傷に浸るのは今じゃない。気を取り直してアカリに声をかける。
「服も揃えたことだし、さっさと『探索者』登録をしようかね」
「ふむ、探索者とは何だ?」
「探索者ってのは上位ダンジョンに挑む者たちの呼び名だよ。回収屋と違って探索者はちゃんと事前に登録しないといけないんだ」
回収屋が入る廃棄ダンジョンは、実は国からは単なる〝ゴミ捨て場“と認識されているので、『ゴミ処理料』という名の端金さえ払えば基本的には誰でも入れる。
だけど『上位ダンジョン』は違う。事前に役所の審査があるのだ。
「上位ダンジョンに入るにはいくつかルールがあってな。まず魔剣の所持もしくは《魔装》を使える魔法使いがチームに居ることが必要だ。理由は前にも説明した通り、魔剣じゃないと倒せないエネミーが出没するからだ。これは探索者たちの命を守るための措置でもあるな」
俺は腰の剣をポンっと叩く。
「あとダンジョン内で発見した魔法道具は、原則国のものとなる。だから回収したものは全部役所で査定してもらうことになるな」
「ほう……自分のものにはならないのか。それでは何のメリットもないではないか」
「確かに国のものとなるが、一定の金額の報酬が出るんだよ。これが査定額の1割だな」
「ずいぶんと低いな、国に搾取されているのだな」
「搾取って……まあそうかもしれないが、上位ダンジョンでドロップするものは国がダンジョンに〝沈めた“ものなんだよ。だから国に権利がある、というのがお国の言い分さ。とはいえ1割でも廃棄ダンジョンの稼ぎとは桁違いになる」
一年も上位ダンジョンに潜っていれば、魔剣をもう一本買うくらいは軽く稼げるだろう。
「それと、上位ダンジョンは原則チームじゃないと潜れない。もともとはフリーの探索者を探すかどこかのチームに入れてもらおうかと思ってたけど、その問題はクリアできたしな」
アカリと一緒に潜るわけだし。
「なぜチームである必要があるのだ?」
「探索者の生存率を上げるため、というのが表向きの理由だが、本当のところは──チームメンバーが死んだ時に死体を回収するためだ。これを破ると重いペナルティが課せられる」
もしダンジョン内に死体を残したら──稼ぎが全て吹き飛ぶくらいの罰金と、数年の上位ダンジョンへの出入り禁止措置を喰らっちまう。
そう、ダンジョンは当たり前のように死が隣り合っているのだ。
「ゴミは捨てるくせに人の死骸は放置しないのだな」
「あーアカリは知らないのか。ダンジョンに死体を放置すると、蘇って街を襲うっていう伝承があるんだ」
「ははっ、死者が蘇るだと? 実に奇妙なことを言うものだな。人が蘇ることなどあるわけがないだろう」
「まあ確かにその通りだが……」
こいつ、ダンジョンの伝承を知らないのか?
蘇った死者が街を襲う伝説は子供でも知ってるのに。
「お前たちが作った面倒なルールは理解した。妾はダンジョンに入ることができればそれで良いから、とりあえずは従うことにしよう」
「ああ、そうしてもらえると助かるよ……なあアカリ、本当にダンジョンに潜るのか?」
「しつこい奴だな、もちろんだ」
「家族が悲しむんじゃないか? そうじゃなけりゃ婚約者とかさ。アカリも成人してるんだから婚約者の一人でもいるんだろ?」
「婚約者?」
「……いや、なんでもない。忘れてくれ」
婚約者というこれまでと違った方向から探りを入れてみたけど……素で分からないって表情されちまったよ。こいつなかなかボロを出さないな。
「そんなわけで、上位ダンジョンに挑むためにもこれから役所に向かってチーム登録をする。『入宮』する際に持ち物検査とかあるが、買い物と飲み物くらいしか持って行かないから──」
食料か、そういえば──。
「ところでアカリ、さっきの魔法……いや権能だっけか、それで出来る穴の中に、食べ物や飲み物は入ってないのか?」
「そんなものは無いな」
「じゃあ買ってきた食べ物を入れたり取り出したりすることはできるのか?」
「生物としての原型を留めていなければ大丈夫だな」
「なんか気持ち悪い表現だな……でもさすがに生き物はダメなのか」
などと話しているうちに、いつのまにか役所に辿り着いていた。
◆
アカリとともに役所に入ると、一瞬ざわつくのが分かる。
まあ俺が女連れで入ってきたんだ、顔馴染みたちは驚くだろうな。
つい昨日少年からの同行依頼を断ったばかりなのに、翌日には別の少女連れて来るなんて、情けないにも程があるが……もう今更だ。
「リレオン、周りから見られている気がするぞ」
「そりゃそうだろ。アカリみたいに突き抜けた美少女がこんな掃き溜めにやってきたら、誰だってガン見するだろうさ」
「ははっ、妾の美しさに引き寄せられているのか。それならば仕方ないな、特別に妾を見ることを認めよう」
アカリが調子に乗って髪を手でさらりと梳き流すと、野郎どもがヒューと口笛を鳴らす。
俺は顔馴染み野郎たちの奇異の眼や声を無視して、上位ダンジョンの受付に向かう。
「アカリ、俺が受け付けしてる間は黙っててニコニコしておいてもらえるか」
「なぜだ?」
そんなのアカリが余計なことを言わないようにするために決まってるだろ。
「なんでもだ、頼むよ。手続きをスムーズに進めるためだ」
「そうか……まあ分かった。面倒なことはリレオンに任せよう」
アカリが納得したところで、改めて受付に声をかける。
廃棄ダンジョン受付のお姉様とは違い、若くて綺麗な係員だ。
「こんにちわ、探索者に登録したいんだが」
「えっ? あなたは──リレオン? 髭を剃ったんですか?」
ああ、そういえばヒゲ剃ったこと忘れてたよ。
だからアカリだけじゃなく俺もジロジロ見られてたのか。
「そうだ、こっちにいるのはアカリ。俺たち二人でチーム登録する」
「アカリだ。しっかりと職務を果たすがいい」
「わ、わかりました。それでは魔剣の確認をさせて頂きます」
俺とアカリが魔剣を前に出す。鑑定のための魔法道具をかざした係員が、少し驚いた表情を浮かべる。
「リレオン、失礼ながらあなたはこれをどこで手に入れたのですか?」
「どこでもいいだろう、そもそも入手元を開示する義務なんてあったか?」
「いえ、ありませんが……」
ちょっと言い方が意地悪だったかな。
「心配しなくても盗んだもんじゃないぞ、廃棄ダンジョンで手に入れたんだ」
厳密には廃棄ダンジョンで拾ったアカリから手に入れたんだけどな。別に嘘はついてない。
「廃棄ダンジョンのドロップ率がかなり悪化してると聞いていたのですが、これほどのものが出るとは……本件、上へ報告させていただきます」
「くくく。娘、そなたはこの剣に込められた力を感じることができるのだな。なかなか優秀ではないか、その剣には妾の──むぐぐっ」
「アカリ、ちょっと黙っててもらえるか。報告は構わんよ。ただ、あのダンジョンの最後っ屁かもしんないぜ。何せそいつが出てからドロップがからっきしだからな」
なんとか誤魔化しながらアカリの口をふさぐ。まったく油断も隙も無い。
アカリがおとなしくなったところで手を放すと、恨めしそうな眼を向けられる。だから黙ってろって言っただろうが。
不貞腐れたアカリをほったらかして登録用紙に必要事項を記入していて──ふと手が止まる。
「うーん、どうしよう」
「リレオン、どうしたのだ?」
「いや、チーム名を決めなきゃいけないんだ。アカリ、いい名前ないか?」
「妾に名付けはできぬ。そのように出来ておらぬからな」
なんだその拒否理由は。たかだか仮初のチーム名を名付けるのがそんなに嫌かね。
「だからリレオンが名付けるのだ。妾にアカリという名を与えたように」
「俺にネーミングセンスなんてないぞ?」
「構わぬ」
そこまで言われたら仕方ない。
俺たちのチーム名か……。
思い浮かぶのは、ダンジョンでアカリを見つけた時のこと。
まるでダンジョンという真っ暗な曇天の空の下で、雲間から刺す光を目にした時のような──。
「じゃあ……『天差す光芒』はどうだ?」
「良い名前だな、気に入ったぞ」
「光栄です、お嬢様」
俺たちの会話で何かを察した様子の係員。
ああ、俺が貴族令嬢の護衛かなんかで雇われてると思ってるんだな。そんでもってこの魔剣はその貴族から借り受けてるものだと。
……あながち間違っていない気もする。俺が訳知り顔でウインクすると、勝手に察してくれた係員が頷いてくれる。下手に言い繕うより楽でいい。
「ではチーム『天差す光芒』は上位ダンジョンに挑むのですね?」
「ああ、もちろんだ」
「結成直後のチームには〝第一層“までの許可しかでませんが、承知でしょうか──たとえ過去にどこまで降りた実績があろうと」
「もちろん、分かってるよ」
「承知しました、『天差す光芒』。ではこちらが許可証です」
係員から渡された青銅製の許可証。懐かしい鈍色の板をしばし眺めたあと懐に入れる。
さぁ、これでもう後戻りできない。上位ダンジョンへの登録料を払って貯蓄もほぼ使い果たした。
俺は──いや俺たち『天差す光芒』は、これから〝上位ダンジョン″に挑むんだ。