《true story(正史)》或る英雄の物語
ここは──とある王国にある、ダンジョン都市。
一人の男が街中を歩いていた。
年頃は20を過ぎたあたりであろうか。背は高く均整の取れた肉体は、彼がかなりの強者であることを示していた。
赤い髪に整った顔立ち。彼を見た町娘たちが、思わず嬌声をあげる。
「ねぇ、あの人──もしかして【至上の剣聖】じゃない?」
「かっこいい……すごいイケメンじゃない!」
「彼が持ってる〝魔剣″は凄いんでしょ? なんでも世界で10本しか認められてない『Sランク』級なんですってよ」
「その魔剣を駆使して多くのダンジョンを制覇した実績から【迷宮王子】とも呼ばれてるんですって」
「きゃー、すごーーい!」
「でも、なんでそんなすごい人がこの街に?」
彼が立ち寄ったのは、一軒の宿屋兼酒場だった。
扉を開けると、小さな女の子と男の子にまとわりつかれた母親らしき人物が顔を上げる。
「はいよー、いらっしゃい。あいにくと酒場は夕刻から──って、あんたは!?」
「すいません、ご主人はいらっしゃいますか」
「おやおや、久しぶりだねぇ。ちょっとお待ち、あんたー! お客さんだよー!」「イケメンだよ!」「けんせーだよー! あははっ!」
「あんだよ、こっちは無くなった片腕が復活してほしいってくらい忙しいってのによ……って、おおっ!?」
店の奥から顔を出した隻腕の主人が、来客者の顔を見て驚きの声を上げる。
「カイル!? カイルじゃねえか!」
「お久しぶりです、バーパスさんもお元気そうで」
バーパスはニヤッと微笑みながら、残っていた右手を差し出す。
カイルは嬉しそうに彼の右手を握り返した。
「2年ぶりくらいか、お前の活躍は噂話で聞いてるぜ! 【至上の剣聖】に【迷宮王子】だっけか? どれもたいしたもんだ!」
「バーパスさんまでやめてくださいよ、さすがに恥ずかしいですよ」
「きっと──リレオンも喜んでるだろうさ」
「そう……ですかね。だと嬉しいんですけどね」
バーパスはカイルを労いながら酒場の席へ誘う。
カイルは背負った荷物を下ろすと席に座る。
「バーパスさん、残念ながら北の王国のダンジョンには〝師匠″や〝アカリさん″の痕跡は見つかりませんでした」
「……そうか」
カイルは、行く先々のダンジョンで探していた。
リレオンの、アカリの、まだ存在している痕跡を。
「すごく強い剣士がいると聞いて、それも楽しみにしていたんですけどね……残念ながら〝師匠″の足元にも及ばない方でした」
「なぁカイルよ、お前は何のために頑張ってるんだ?」
「オレはですね、まだ〝師匠″に恩を返して無いんですよ」
「そんなことないんじゃないか? 知ってるぜ、カイルがあちこちでリレオンのことを知らしめてくれていることをよ」
バーパスが取り出したのは、一つの新聞。
そこには【英雄】カイルが特集されており、中に──彼の〝師匠″についての記載もあった。
「……【無敗の剣聖】、【変幻の剣】リレオン。ははっ、あいつが聞いたら卒倒しそうな二つ名だな」
「事実ですよ。オレが知る限り、あのひとは誰にも負けませんでしたからね。オレが見たあの人の剣は本当にすごかった。今でも追いつけたとは思えません。メルキュースを倒した時の剣なんて、今でも思い返しながら真似してますが、まるで追いつけないですからね」
「だからって……魔剣の名前まで変えなくてもいいだろうに」
バーパスが指差す先の記事の記載。
そこにはこう書かれていた。
『【至上の剣聖】カイルが持つ魔剣【ソードオブリレオン】は、彼の師匠から譲られた剣である。変幻自在に長さを変え、あらゆる物質を切り裂く力を持つ魔剣は、世界10大魔剣の一つに数えられ〝Sランク″の称号を与えられている』
「ははっ、ソードオブリレオンだって。あいつが聞いたら間違いなく卒倒するね」
「願わくば、この記事を見つけて──オレに文句を言いにきて欲しいですね」
ふっと笑うカイル。
「あれから──もう10年も経つのか……あっという間だな」
「ええ。ヴァルザードルフ伯爵が亡くなってからも、もう9年近く経ちますからね」
「ああ、結局あの時の傷が癒えることなく亡くなられたが……あの方にも随分とお世話になったよ。うちのかみさんも紹介してもらったしな! がははっ!」
「奥様は伯爵家で働かれていたメイドの方でしたっけ。素敵な奥様ですよね」
「羨ましかったらお前も早く嫁を貰うんだな。がははっ」
ふっと、二人の会話が止む。
「……オレはまだ、〝師匠″はアカリさんと──どこかにいると思ってるんですよ」
カイルの言葉に、バーパスも頷く。
「だよなぁ。俺もそう思ってる。だからこそカイルはあっちこっちのダンジョンを回ってるんだろう?」
「ははっ、バーパスさんも同じですよね? だからオレにたくさんの情報をくれる」
カイルは、ダンジョンにまつわる様々な情報をもとに世界中を回っていた。
その中にはバーパスからもたらされたものもたくさんあった。
どこかのダンジョンで異変が起きた。
どこかの国に新たなダンジョンができた。
どこかのダンジョンに、金髪の美少女が現れた──。
「これもすべて、ヴァルザードルフ伯爵の遺言に踊らされた結果かもしれませんね」
「あーそうかもな」
ヴァルザードルフ伯爵は、亡くなる前に二人に遺言を残していた。
曰く──『あの二人は、今もどこかのダンジョンにいるはずだ』と。
「でも……死にかけた伯爵のウソかもしんねーぜ?」
「そんな失礼なこと言わないでくださいよ。でもオレは──けっこう当たってるんじゃないかって思ってるんです。なにせ──アカリさんは特別な方でしたからね」
「ああ、結局アカリちゃんが何者だったのかは分からずしまいだったからなぁ。伯爵は知ってたっぽいけど、最後まで教えてくれなかったし」
二人は、朝日のように輝く黄金色の髪を持った美少女のことを思い出す。
いつもリレオンと一緒にいた、あの特別な少女のことを──。
「……そんなカイルに面白い情報があるぜ?」
「え?」
「帝国のダンジョンに、長い金髪の男と、すごい美人の金髪の女が現れたそうだぜ。しかも──金髪の子供を連れていたんだとさ」
「なんですって!?」
思わず食いついてくるカイルの様子に、バーパスは得意げな表情を浮かべる。
「どう思うよ?」
「どうもこうも──いってきます」
即答するカイル。
バーパスは破顔してカイルの肩を叩く。
「さすがだなカイル、お前の健闘を祈るぜ! その前に──いっぱい奢らせろや」
「ええ、じゃあご馳走になりますよ」
そうして二人は──捜索している人物が見つかることを願い、杯を重ねたのであった。
──【至上の剣聖】カイル・ヴァルザードルフ。
ダンジョンにおいて数々の偉業を成し遂げることとなる彼を語る上で、絶対に欠かすことのできない存在がいた。
彼の師匠である──【無敗の剣聖】リレオン。
彼が終生持つこととなる魔聖剣【ソードオブリレオン】
これは──。
〝或る英雄″が生涯の師匠となる人物と出会い──。
そして愛剣【ソードオブリレオン】を手に入れるまでの──。
──出会いと別れの物語。
〜 廃棄ダンジョンで拾った、ちょっと変わった貴族令嬢の話 完 〜
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