エピローグ 〜 此処ではない何処かへ 〜
力を失ったリレオンの腕が──パタリと地に落ちた。
「リレオン!」
アカリは大きな声で彼の名を呼ぶ。
だが──もう彼から返事が返ってくることはなかった。
「リレオン……妾は……妾は……ぐぅぅ……」
命の灯火を失ったリレオンを抱きしめながら、アカリは──泣いていた。
今まで感じたことのない感情に揺り動かされ、意味もわからず両の瞳から涙を流していた。
──ぐぅううぅぅぅうううぅぉぉおおんっ!!
アカリの全身から、黄金色の魔力が噴き出す。
うねりを伴う魔力は徐々に形を成し──いく筋もの渦となった。
「あぁぁ……」
半ば狂いかけたメルキュースが、怯えたような声を上げる。
彼の目にはアカリの姿が──【原色の悪夢】のように見えたのだろう。
うねる魔力の渦が──まるで〝触手″のように。
爛々と輝く黄金色の瞳のアカリが、メルキュースの前に立つ。
背後には複数の《異界の無限顎》 が口を開き、今にもメルキュースの全身をズタズタに噛み切ろうと待機している。
「うわ、あああ……」
「メルキュース、貴様は万死に値する」
アカリはメルキュースを見下しながら断罪する。
「だが貴様はリレオンが助命した。ゆえに貴様のことは生かしておこう。だが──それだけだ!」
無数の口が、メルキュースの周りを囲む。
さらには黄金色の触手が天を覆い尽くすかのように蠢く。
「貴様は犯した罪の重さを自覚し、一生怯えながら生きるといい」
アカリが言い終えた途端、黄金の触手も、無数の口も、全てが消え去った。
あとには──両腕を失い完全に正気を失ったメルキュースが、泡を吹いて倒れているだけだった。
アカリは、リレオンを抱えた。
線の細い少女が、大人の男性を抱える姿は異様ですらあった。
様子を見守っていたものたちも一歩二歩と後退りし、彼女に道を開ける。
アカリが向かった先には──カイルがいた。
カイルは震える手をリレオンに伸ばす。
「リレオンは……死んだのか?」
「……そうだ。だがリレオンはいなくなったわけではない」
カイルにはアカリが言っていることの意味が理解できなかった。
何も言えずに呆然と立ち尽くしていると、アカリが何かを前に差し出す。
「カイル、これはリレオンからだ」
「これは……魔剣?」
「リレオンは、カイルに魔剣を渡すことを望んでいた。だからこの剣はお主のものだ。好きに使うといい」
カイルは震える手で魔剣を受け取る。
「こんなの……オレには荷が重すぎるよ」
「リレオンは、カイルのことを『目が良くてきっと伸びる』と褒めていた。お主ならば使いこなせるだろう」
「リレオンがそんなことを……ううぅ……」
カイルの頬から涙が零れ落ちる。
「リレオンは……オレに良くしてくれた。そりゃ最初の出会いは最悪だったけど──そのことを気にかけてくれて、ずっと優しくしてくれたんだ」
「……そうだな」
「オレさ、まだリレオンに一度もお礼を言ってないんだよ。なんか反抗的な態度を取っちまって、ありがとうも言えないまま……ああっ、クソッ! オレはなんてバカなんだよっ!」
カイルが拳を自分の足に打ち付ける。
「気に病むことはない。リレオンは全く気にしてなかった。なにより──お主の将来が見たいと言っていた」
「でも……リレオンは──もう……うぅぅぅ……ごめんよ、リレオン。お礼も言えなくて……本当に……ありがとう……」
剣を抱き抱え、泣き崩れるカイル。
その様子を眺めながら、アカリはリレオンを抱えたまま歩き出す。
「アカリ、さん……一人でどこへ?」
「妾にはリレオンがいる。一人ではない」
そう語るアカリに、カイルは何も言うことが出来ずに──。
アカリはカイルの横を通り過ぎていった。
「アカリ殿!」
「アカリちゃん……」
続けて近寄ってきたのは、胸を切られ大怪我を負ったヴァルザードルフ伯爵と、彼を支える片腕のバーパス。
「ヴァルザードルフ伯爵、バーパス。傷は問題ないか?」
「儂のことよりリレオン殿だ。……なんてことに……おおぅぅ……良い人ばかりが、儂を置いて先に逝ってしまう……」
「リレオンまで俺より先に死んじまうなんて……クソッ、これからが人生で楽しい時だってのによ……メルキュースめ」
「やめるのだ、バーパス。メルキュースにはもう決着を付けた。これ以上はリレオンが望んでいない」
「ああ、分かってるよ……リレオンは優しい奴だからな……だからミーティアにも好かれていた」
涙を拭いながら、バーパスが呻くように呟く。
「ああ、本当は知ってたさ。ミーティアはお前にぞっこんだったってな。気付いてないのはお前くらいだったよ。俺はお前に嫉妬してたさ。だけど──最後までお前には勝てなかったな。勝ち逃げしやがってよ……ちくしょうめ……」
「儂は……人を見る目がなかった。メルキュースなどではなく、そなたのような男にこそアーデルハイドを託すべきだったのに……」
涙を流す二人に、アカリは無表情のまま微笑む。
「お主たちには世話になったな。妾は──リレオンと共に旅立つ」
「ど、どこに……行かれるのですかな」
「さあな。此処ではない何処かへ、だ」
ヴァルザードルフ伯爵は引き留めようとして──アカリの瞳を見て諦める。
決意を秘めたアカリの前に、もはや言うべき言葉は見つからなかったのだ。
「一人で……いっちまうのか?」
「妾にはリレオンがいる。リレオンとともに妾は在り続ける」
バーパスもまた悟った。
アカリはこれからリレオンと共に生きるのだろうと。
思えば不思議な少女であった。バーパスにとっては最後まで正体不明な子であったが、リレオンを託すには唯一の人物だと思っていた。
「リレオンを、俺の親友を……頼むぜ。アカリちゃん」
「ああ、わかった。では──さらばだ」
そうしてアカリは──。
リレオンを抱えたまま──。
立ち去っていった。
──此処ではない何処かへ。
──どことも知れぬ場所へ。
true story(正史)に続く。
次で完結となります。




