【最終話】本当の家族
──熱い……。
腹が焼けるように熱い……。
いや、実際に焼けているのか?
「ぐふっ」
次の瞬間、猛烈な吐き気が込み上げてくる。
堪えられずに吐き出したのは──大量の血?
「リレオン!?」
俺に押し倒されたアカリが、物凄い表情を浮かべている。
なんだよ……。
こいつの、こんな表情を見たのは初めてだな。
急に全身の力が抜けて膝をつく。
おそるおそる腹を見ると──ぽっかりと穴が空いていた。
──いやぁマジかぁ。
こいつは……さすがにマズいな。
「はは……ははは……やったぞ!」
メルキュースが狂ったような笑い声を上げている。
アカリの表情が、怒りに染まった。
「貴様──ッ! よくもリレオンを! ──《異界の無限顎》 」
──バグンッ!!
空間が裂けて巨大な口が開き、メルキュースの両腕を魔法道具ごと丸呑みにする。
一瞬にしてメルキュースの両腕が消失した。
「ぐわぁぁぁああぁぁぁーーっ!」
「死ね、消えろ、この──ゴミめがっ!!」
「やめ……ろ、アカリ……げほっ!」
俺の言葉に、アカリの動きが止まる。
良かった、止まってくれた。
何かを言おうとすると、代わりに口から大量の血が溢れ出す。
うわ、こいつは本格的にマズいな……。
「リレオン、なぜ止める!?」
「ころ……すな……。アカリには……誰も、殺して……げほっ……んぐっ、欲しくない……ぐふっ」
「あひっ、あひっ、あひひっ……」
両腕を失ったメルキュースが、虚ろな目で涎を垂らしながら消え去った腕を眺めている。
もうこいつに出来ることは何もないだろう。上へ登ることも……。こいつはもはや価値のない存在となったのだ。
だけど「アカリが殺した人」という価値は、絶対に与えてやらない。
メルキュース、あんたに相応しいのは──「狂気に冒されて一般人に手をかけた殺人犯」ってレッテルだ。
そのためにも──生きて償え。
だが、その言葉を発するだけの力も残されて無かった。
ものすごい勢いで、俺の中から大切なものがどんどん流れ出ていっているのだ。
……ミーティアはすごいよな。
同じような傷を負ったのに、死の直前まで【原色の悪夢】に立ち向かったんだぜ?
両手を広げて、あの化け物の前に立ち塞がった──すごい勇気だ。俺には出来そうもないや。
今の俺には、立ち上がるのも──難しそうだ。
あーあ、ミーティアには一生勝てなかったな。
あの世でも、あいつに小馬鹿にされそうだな。
でも……それもまた一興かな。
「リレオン……」
「わかってる、アカリ……げほぅ、これは……致命傷だ」
腹に穴が空いている。
飯を食うどころか腹筋にも力が入らない。
大事な血の流れも分断されている。
どう考えても助からない。そのことはよく分かっていた。
「リレオン、妾は命を奪うことはできても傷を癒すことはできない。ましてや──死者を生き返らせることも……」
「分かってるよ、アカリ。だから……ぐふっ、そんな顔をするな」
素直に言葉が出た。その奇跡に感謝する。
だって、あのアカリが──不遜で尊大なアカリが……涙を流してるんだぜ?
「妾は……?」
「ああ、泣いてるな……げほっ」
「泣いてる、のか?」
俺はアカリの頬を伝う涙をそっと拭う。
ごめん、俺の血が少し顔についちゃったな。
「この剣を……カイルに……」
俺は力を振り絞って、魔剣をアカリに渡す。
俺に何かあったら渡す約束だったからな。
さぁ、これでやるべきことはやった。
あとは──アカリ。
お前と──。
「アカリ……お前は俺の……本当の家族だ」
「リレオン、妾もだ」
ああ、死にたくないなぁ。
これから幸せになる予定だったのに。
だけど──こうなったのがアカリじゃなくて良かった。
もう大切な人がいなくなるのに耐えられそうも無かったから。
「アカリと過ごした日々は……本当に幸せだった」
底辺回収屋として生にしがみつき、復讐という本当の目的も忘れかけながら……ただ無為に呼吸をし、腐って朽ちていくだけだった俺の前に──アカリは現れてくれた。
人に誇ることもできない、無様な生き様を送っていた俺を──救ってくれた。
だからこそ──。
「アカリ、俺は……げほっ、お前と一緒に……ずっと過ごしたかった。ごほっ……どこまでも、一緒にいたかった……」
「ああリレオン、妾もだ。だから──死なないでくれ!」
ははっ、アカリが「死なないで」なんて言うんだな。
ああ、ほんとだよ。
死にたくなんてないよ。
これからが──俺たちの羽ばたく時だっていうのにな。
でも……もう痛みも感じない。
眠たくなってきた。
すごく瞼が重いんだ。
瞼が閉じようとするのを堪えられそうにない。
ふと、唇に何かが触れる。
アカリの──唇?
ああ、アカリからキスしてくれるなんてな。
──感動だな、すごく大きな変化だ。
もう──思い残すことはない。
いや、ある。
あるが────。
森の中にある小屋で、俺とアカリは過ごしていた。
側には──俺たちによく似た子供。
普通の、ごくありふれた家庭。
ああ、ちゃんと──。
アカリと本当の〝家族″になりたかったな。
一瞬、脳裏に浮かんだ──決して叶わない未来。
すまない、アカリ──。
俺は──。
お前を────。
「あいして……る」
俺の中に残された最後の命の残滓。
その一言をこの世に残して──。
──永遠の闇が。
俺の身体を包み込んだんだ。
エピローグ に続く。




