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廃棄ダンジョンで拾った、ちょっと変わった貴族令嬢の話  作者: ばーど
第一章 廃棄ダンジョンの回収屋
4/42

4.朝のコーヒー

 目を覚ますと、床で寝ていた。

 ベッドを見ると、金髪の貴族令嬢──アカリが眠っている。

 ああそうか、昨日こいつを拾って来たのか。


「変わった子だったな」


 訳ありとは思っていたが、まさか自分のことを『ダンジョン』などと言う娘だとは思わなかった。

 頑なに素性を明かそうともしない。アカリを救ったお礼を親から貰う俺の目論見は、簡単には実現しなさそうだ。


「まいったね、このままだと大損だ」


 でも可愛い子の寝顔を見れただけでプラスなのかもな。

 洗面所で魔石を回して水を出し、上半身裸になって体を濡れたタオルで拭く。

 胸に斜めに走る古傷……過去の俺の消えることない失敗の痕。ふん、もう見慣れたもんだ。

 そのまま歯を磨き、最後に顔を洗う。

 鏡に映る、ボサボサの長髪にヒゲが生えた不審人物。


「さすがにこのツラじゃあ警戒されるわな」


 よくアカリは怖がらなかったものだ。

 いつか彼女の実家からお礼を貰うにしても、このままでは山賊か何かと間違われてしまう。

 ──そういえばバーパスのやつは、ずいぶんと小綺麗になっていた。せめてあれに近づく努力くらいはしないと。


「剃るか」


 その辺に置いてあった紐を使って髪を後ろで束ねると、切れ味の悪いナイフを手に取り、石鹸をつけてヒゲを剃る。

 久しぶりに顕になった素顔。うん、さっぱりした。


「リレオン、お主は何をしているのだ?」

「おわっ!?」


 びっくりした、急に後ろから声をかけてくるなよ。


「起こしちまったか? おはよう、アカリ」


 誰かにおはようなんて言うのは久しぶりだ。


「ふむ、朝の挨拶はおはようと言うのか」


 おいおい、お嬢様はそんなことも知らないのかよ。


「リレオン、昨日までとずいぶん顔が変わったな。まるで別人のようだぞ」

「顔? ああ、ヒゲ剃ったからな」

「ほう、ではそちらのタオルは何に使っていたのだ?」

「ああ、体を拭いてたんだよ。昨日ダンジョンに潜ったあと風呂も入ってなかったからな」

「風呂?」


 首を傾げるアカリ。貴族のお嬢様なのに風呂も知らないのかよ。


「興味深いな、妾もやりたい」

「はい? やりたいって、体を拭きたいんですかい?」

「うむ」


 まぁ女の子だもんな。体がベトベトして気持ち悪いのかもしれない。


「あいにくとお湯は出ないから水でいいか? どうしてもお湯がいいなら火の魔石で沸かすが」

「いや、リレオンと同じで良い」

「じゃあこうやってタオルを濡らして、水をギュッと絞ってから拭くんだぞ?」


 だがアカリはタオルを受け取らずに、なにやらモゴモゴと動いている。


「どうしたんだ?」

「服が脱げん」


 いや、俺が目の前に居るのに脱ごうとするなよ。

 何だよその訴えかけるような目は。もしかして俺に手伝えっていうのか?


「俺は男だぞ?」

「知っているが、そんなことがなにか関係あるのか? ……ああ分かったぞ、リレオンは妾に欲情しようとしているのだな」

「なっ!? ち、違うわ!」


 俺はお前みたいなガリガリのガキに欲情なんぞせんわ!


「なら問題ないではないか。そもそも服を脱がないと拭くこともできん。さっさと手伝うのだ」

「あーあ、もう知らねーぞ」


 俺、女の子の服なんか脱がしたことないんだけど……。


「この胸を締め付けるもの、どうやって解くのだ?」

「知らねーよ! って、後ろに紐で括られてるな。これコルセットかよ、こんなもん人の手を借りなきゃ脱げないだろ。なんでこんなもん着せるんだよ……」


 無心だ、無心。邪念を抱くな。

 紐が解け、一気にコルセットが緩む。


「ふーっ、人生で一番疲れた作業だったぜ……」

「取れたな。ふむ、ずいぶんもすっきりしたぞ。人はなぜこのような無駄にきついものを身につけるのだ?」


 そんなの俺が聞きたいよ。


「まあ良い。リレオン、よくやったぞ」


 服を脱がして礼を言われたのは初めてだよ。


「そういうときはせめて『ありがとう』って言って欲しいもんだぜ」

「……リレオン、ありがとう」


 不意打ちのように放たれた素直なお礼の言葉が、俺の心に刺さる。

 人に感謝されるのなんて、どれくらいぶりだろうか。

 ずいぶんと長い間、俺は人とろくに接点のない日々を送っていたことに気付く。

 だけどアカリ、頼む。上半身裸の状態でこっちを向こうとしないでくれ。


「どういたしまして、だ。タオルと水はここに置いておくから、あとは自分で体を拭けよ」

「リレオンはどうするんだ?」

「あー、さすがにこの状況は目に毒なんで朝飯でも買ってくるわ」

「目に毒?」

「未婚のお嬢様の裸を見るわけにはいかんからな。拭き終わったらこの服でも着といてくれ」


 俺は持ちうる服の中で一番綺麗なシャツを取り出すと、なるべくアカリの方を見ないようにしながら放り投げる。


「リレオン、ありがとう」

「あーもうお礼はいいから、早く拭いて着替えてくれよ。じゃあまたあとで」


 独身生活が長いおっさんの目にはマジで毒なんだよ。



 ◆



「ったく、参ったな……」


 時間潰しに近所のパン屋に行ったら、「あんた見慣れない顔だねぇ」なんて言われてしまった。そういやヒゲを全部剃ったのは10年ぶりくらいだもんな。

 だからと言って「リレオン、あんたそんなイケメンだったんだねぇ」なんて言われるのは勘弁願いたい。

 まったく、アカリを拾ってから慣れないことばかりやってる気がするよ。


「ただいま、アカリお嬢様」


 声をかけてみて、ただいまなんて言ったのも酷く久しぶりであることを思い出す。

 まったく、しみじみ慣れないことをするもんじゃない。


「リレオン、こういう時はなんて言えばいいのだ?」

「『おかえり』じゃないかな」

「──リレオン、おかえり」


 ありがたいことにアカリの着替えは無事終わっていたようだ。

 さすがに俺が貸した服はブカブカだ。でも今更ドレスなんて着れないから仕方ないよな。コルセットはもう懲り懲りだ。


「しかしその服装もなかなかクるものがあるな……」


 いくら痩せているとはいえ、相手は成人した女性。服の下から見える胸の膨らみなんかが目に入ると、精神衛生上あまりよろしくない。


「リレオン、何か言ったか?」

「いや、なんでもないよ。さぁ、朝飯でも食おうか」


 俺は買ってきたパンを切り分け、火の魔石で沸かしたお湯でコーヒーを作る。残火で卵を焼いてパンを軽く炙って完成だ。


「コーヒーは飲めるか?」


 それとも貴族のお嬢様の飲み物は紅茶かね。あいにくそんな洒落たもんは無いけどさ。


「ふむ、飲んでみよう」

「火傷するから、ふーって息を吹きかけながら飲むんだぞ? こうだ、ふーっ」

「ふーっ」


 白い蒸気が、もわっとコーヒーカップから湧き上がる。


「……どうだ?」

「少し熱くて苦味があるな。だが悪くない」

「これまで飲んだことはあるのか?」

「いや、初めて飲んだな」


 お嬢様にまた貴重な体験をさせてしまった。

 そういえば昔、あいつが──好きな人と一緒に夜を明かして、朝コーヒーを飲むのが素敵だとか言ってたな。

 あいにくと俺はいま、ダンジョンで拾った謎の貴族令嬢と朝のコーヒーを飲んでいる。


「パンも美味いだろ? 昨日の夜の店と違って、ここの店は毎朝焼きたてだからな」

「ああ、美味いな。焼きたてのパンも初めて食べた」


 貴族令嬢なのに焼きたてのパンも食べられないのだろうか。


「リレオン、妾はこれが気に入ったぞ」

「そうかい、それはよかった」


 貴族の味覚も、案外一般人と変わらないのかもしれない。


「食べるのに髪の毛が邪魔だ。妾もそれがしたい」

「ん? アカリも髪を纏めたいのか?」

「うむ」


 確かに、食べるたびに髪が口に入って邪魔そうだ。


「……やり方、分かるか?」

「分かるわけないだろう。さっさとやるがよい」

「はーっ。ったく、仕方ないなぁ」


 滅多に使わない櫛を持ってくると、軽くアカリの髪を解く。

 驚くほど滑らかだ。スルスルと指の間を抜けていく。

 たぶん、すごく上等な洗髪剤を使ってるんだろう。


「よし、結んだぞ」


 俺と同じように雑に後ろで束ねると、アカリの細いうなじが見える。細いな……まるで折れてしまいそうだ。


「リレオン、ありがとう。これで食べやすくなったぞ」

「どういたしまして。お腹が膨れたら、そのあと今後のことを一緒に考えようか」


 パンを食べながら頷くアカリ。

 変わったやつだけど……こうして人と一緒に食う朝飯も悪いもんじゃないな。

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