【最終前話】人の業
まったく、なんで俺がメルキュースと剣を交えなきゃならないのか……。
俺はヴァルザードルフ伯爵邸の中庭で、剣を構えるメルキュースと対峙しながら溜め息を吐く。
伯爵の傷は軽傷だが、切りつけたメルキュースの目には狂気が宿っているように見える。いったいこいつに何があったんだ?
「勝負はどうやって決するんだ?」
「相手が戦闘不能になるまででどうだい?」
「それは──殺し合いってことか?」
「そう捉えてもらっても構わない」
メルキュースのやつ、俺を殺す気満々だ。
「旦那……なぜこんなことを……」
メルキュースの部下に取り囲まれたバーパスが、無くなった左腕を押さえながら呻くように口にする。
「バーパス、君は悪いようにはしないからそこでおとなしくしてるんだ」
「だ、だがっ!?」
「バーパス、言う通りにしとけ」
お前まで巻き込まれる必要ない。
「リレオン……」
「なあに、なんとかなるさ」
心配そうに俺を見つめるカイルの頭をポンポンと叩く。
こいつも随分と俺に懐いてくれたもんだ、感慨深いぜ。
「リレオン、妾はあいにく本調子ではない。だがいざとなれば大暴れすることもやぶさかではないぞ?」
「いざとなったらお願いするが、今のところはやめてくれ。できるだけ俺がなんとかする」
さすがにアカリにガチの大罪人になって欲しいわけではない。
できるだけ穏便に、誰の命も落とすことなく消え去りたいんだが──メルキュースがそれを許してくれるか。
「では、始めるぞ」
「ああ」
次の瞬間──メルキュースの超速の突きが襲いかかってくる。
俺は魔剣【如意在剣】を振るい、剣を払っていく。
──見える。
メルキュースの剣が見える。
これも【原色の悪夢】との激戦を乗り越えたおかげか。
正直、あの触手の攻撃に比べれば手に負えない感じではない。
「全部──君のせいだ」
「は?」
剣撃を放ちながら、メルキュースが語りかけてくる。
おいおい、俺が何をしたっていうんだよ。
「君は──僕がどんな存在が知ってるかい?」
「知らねぇよ! どっかの貴族の三男かなんかなんだろう?」
「僕はローダーテール公爵家の三男、しかも庶子だ」
げっ、まさかの公爵家かよ。
庶子とはいえ王族の血を引いてるのか。
「君には分からないと思うが、公爵家とはいえ庶子にはたいした立場はない。だから僕は──自分の力で成り上がることにしたんだ」
「ああそうかい」
「幸いにも僕は駆け上がるだけの力──剣の才能があった。公爵家から手切れ金代わりに毟り取った魔剣を元手に、ダンジョンで成り上がるつもりだった。実際、途中までは上手くいっていた。ヴァルザードルフ伯爵の娘と婚約し、自力で伯爵家への道筋をつけた」
こいつは……俺みたいな平民に向かって何を話してるんだ?
「だけど──先日の一件が全て台無しにした」
「事件? あんたが解決したろう、【英雄】メルキュースさんよ」
「僕はね、さっきも言ったとおりダンジョンで成り上がる予定だったんだよ。ヴァルザードルフ伯を継ぐのはそのプロセスの途中だったんだ。このまま伯爵家を足がかかりに、僕はもっと上を目指すつもりだった」
「はあ」
「ところが、ダンジョンは無くなってしまった」
エネミーは出没しなくなり、魔法道具もドロップしなくなった。
今は役所も上へ下への大騒ぎだと聞いている。
「僕はダンジョンを活用して、ゆくゆくは侯爵くらいまでは駆け登るつもりだった。だけど……ダンジョンが無くなってしまえば使える〝武器″は減る。僕が上へ登る道は閉ざされた。僕のダンジョンでの努力はもう──台無しじゃないか」
「知らねぇよそんなの!」
「結局、僕が先日の【原色の悪夢】討伐によって得られたのは、僅かな栄誉と──この魔法道具【滅魔銃】だけだ。この〝銃″はね、あの【原色の悪夢】でさえ屠ることができる逸品さ」
「そいつはすげえ武器じゃねえか」
「だが、こんな個の力など不要だ。僕にはもっと〝権力″がいる。僕の母に非業の死を与え、僕をも惨めに放逐した公爵家に復讐するためには──力が足りないんだ」
復讐……ここにも復讐があるのか。
俺はメルキュースの実家で何があったなんて知らない。知りたくもない。ただ彼ほどの力の持ち主を復讐に駆り立てるほどの何かがあったのだろう。
「だが、ダンジョンの消滅によってその術は潰えた。だったら──新たな手段を探すしかなかろう」
「新たな手段? まさかメルキュース、お前──」
「そうだ。僕が〝権力″を得られる新たな事件の発生、およびその解決だ」
こいつ──俺たちを新たな出世の手段としようとしてるのか!
「なんてことを──」
「ダンジョンを枯渇させた張本人──【魔女】が存在した。その情報に王国は半狂乱になった。まさか一個人にダンジョンの資源が根こそぎ奪われるとは思わなかっただろうからな」
「なぜアカリになる!」
「僕は見たんだよ。魔女アカリが【原色の悪夢】から何かを奪い取ったのを。あれが──ダンジョンの力なのだろう?」
そうか、〝核″を喰らうところをメルキュースも見ていたのか。
肯定はしないが、ダンジョンに長く潜っていたこいつなりに気付くものがあったのだろう。
「魔女アカリは恐ろしい力を持っている。それは国に仇なすものだ。そのことを報告したら、国王はすぐに僕に新たな命令を下したよ。『王国を滅ぼす可能性のある【魔女】を捕えよ、生死は問わぬ』とね! そのために強力な魔法道具を僕に与え、【魔女】を喚び込んだヴァルザードルフ伯爵家の僕への叙爵と、さらには解決時には侯爵への昇爵を約束したんだよ! あははっ!」
少し距離を取ったメルキュースが、腰に差した武器を手に取る。
そいつが〝銃″か。
強力な魔法道具を構え、高笑いするメルキュース。
「魔女を捕らえれば、僕は更なる高みを目指せるだろう。リレオン、君たちは僕の踏み台となるんだ」
「そんなのお断りだ!」
「まあそうだろうね、だから最後の機会を君に与えるんだよ」
それが──俺との一騎打ちってことかい。
再び剣を構え、攻撃を繰り出してくるメルキュース。
「僕にもね、どうしても受け入れられないこともある。僕は剣術だけで成り上がってきた。そんな僕が──剣術で他人より下にいることが気に食わないんだよ」
「はあ?」
「だからリレオン、君を打ち倒して僕は最高の剣士となる。君たちを完全なる踏み台にして──僕は駆け上る」
「なぜ上を目指す? なぜ満足しない?」
「さあ? それが──〝人の業″なんじゃないかな?」
人の業?
ふざけるなっ!
「ダンジョンや人の命はお前なんかの踏み台じゃない!」
人は、命をかけてダンジョンに潜っていた。
金のため、上を目指すため、それしか食うことができないから……生きるために。
だが、誰かの踏み台になるために存在しているわけじゃない。
ミーティアは、そんなもののために死んだわけじゃない!
バーパスは、そんなもののために片腕を失ったわけじゃない!
「君たちは──ダンジョンが無くなった僕に、ダンジョンが最後に与えてくれた希望の種さ」
「……メルキュース、あんた狂ってるよ」
ここにも、ダンジョンによって人生を狂わされたものがいた。
「狂っていて結構! 僕は──僕の存在意義のために成り上がるっ!! そうじゃないと、僕が生まれてきた意味がないから!!」
「人の生きる意味なんて、そんな大層な理由が必要かよっ!」
俺がメルキュースの剣を大きく弾く。
悪いが──メルキュースの剣はもう見切った。
自分のためにしか剣を振れないお前には──絶対に負けない!
バランスを崩したメルキュースの目に、暗い炎が宿る。
「お前なんかに、お前なんかに僕の気持ちが分かってたまるかーーっ!!」
「分かんねーよっ!!」
──《短剣化》。
──《長剣化》。
──《大剣化》。
俺は魔剣の長さを変えながら、一気に攻勢に転じる。
変幻自在に長さの変わる剣に翻弄されるメルキュース。
そして──。
「終わりだ、メルキュース」
「……」
メルキュースの手から剣を弾き飛ばし、勝負は決した。
首筋に剣を当てられ、呆然と膝をつくメルキュース。
「俺の勝ちだ。アカリと行かせてもらうぜ」
「バカな……僕が……負けるのか……」
「魔女の件はあんたの勘違いってことにしてくれや。それが一番、収まるところに収まるしな」
「……」
「あんたの暴走を咎めるつもりはない。だが──俺たちだけじゃなくてヴァルザードルフ伯爵やバーパスにも手を出すなよ?」
下を向いたまま震えるメルキュースに、俺の言葉は届いているのだろうか。
でも今更こいつを切るつもりはない。
「じゃあな、メルキュース」
「バカな……バカなバカな……」
こいつほどの男をここまで狂わせるなんて……人の業とは本当に罪深いものだな。
俺は剣を収め、メルキュースに背を向ける。
視線の先にいるのは──アカリだ。
アカリは「勝って当然」とばかりに不敵な笑みを浮かべている。
まったく、こいつには最後まで勝てなかったな。
まあ──女に尻に敷かれる人生も俺らしくてありっちゃありかもな。
「……魔女……あの女さえいなければ……」
ん?
メルキュース、今なんて言っ──。
「お前さえいなければーーーーっ!!」
狂気を帯びたメルキュースの声が響く。
慌てて振り返ると、例の強力な魔法道具──【滅魔銃】を構えるメルキュースの姿が目に飛び込む。
マズい。
メルキュースを止められない。
狙いは──アカリかっ!?
「死ねぇぇーーーっ!!」
メルキュースの持つ【滅魔銃】が光を発する。
俺は──アカリに駆け寄ると、片手で弾き飛ばした。
バィィィン!
響き渡る鈍い音。
俺の腹に──〝灼熱″が走った。




