38.譲れないもの
あー、昨日のアカリは凄かったな。
あいつ偉そうにしてるけど、ベッドでは意外と大人しくてしおらしかったのが、なんというか……まあ、ああいうのもありだよな。
「アカリ、アカリはどこにいるんだ?」
「ぶ、無礼ですぞメルキュース殿!? ぐわっ!?」
ん?
なんだ、外が騒がしいな。アカリは相変わらず本調子ではなさそうで、今日もよく眠っている。あんまり騒いでほしくないんだけどな。
ドアをノックする音がして扉が開く。入ってきたのは慌てた様子のヴァルザードルフ伯爵だ。
「リレオン殿、アカリ殿を連れてすぐに逃げてくだされ!」
「は? 逃げるって──」
「ああ、こんなところにいたんだね」
ヴァルザードルフ伯爵を押し退けるようにして部屋に入ってきたのは──完全武装のメルキュースだ。
「なんだメルキュース殿、血相を変えてどうしたんだ?」
「リレオン、そこにいるアカリをこちらに渡すんだ」
「は?」
こいつ、何言ってやがる?
「アカリには〝魔女″の疑惑がある。僕と一緒に城へと出頭するんだよ」
なんだって?!
「そもそもなんだよ、その〝魔女″ってのはよ」
「魔女は王国に仇をなす存在だ。アカリにはその魔女としての数々の疑惑がある」
「おい、アカリの疑惑ってなんだよ?」
内心ドキリとしながらメルキュースに尋ねる。
「今回の一連の騒動──上位ダンジョンにおける〝死者″の復活や魔法道具枯渇現象を引き起こしたのが〝魔女″アカリであるという疑惑だよ」
「はああ?」
すっとぼけてみたものの、実際アカリが影響していたのは事実だ。メルキュースはどこまで知ってるんだ?
「何言ってるんだ? そもそもどうやってあの現象をアカリが起こしたっていうんだよ?」
「それが分からないから、直接尋問する必要があるとの判断だよ」
「はぁ? 分からないからしょっ引くって、そんな無茶な……」
「それだけじゃない、【原色の悪夢】でさえ魔女が呼び出したのではないかとの疑惑がある」
「そんなわけあるかっ!!」
「判断するのは君ではないよ。国であり、その国の使者であるこの僕さ」
こいつ、証拠を掴んでいるわけではないのか。
それにしてもやりかたが強引だな。
「他にも……魔女には【原色の悪夢】から、光る玉のような魔法道具を王国の許可も得ずに強奪した疑惑がある。これはまあ──僕が直接見たわけだけどね」
メルキュースの瞳に浮かぶ黒い焔。
あれは──嫉妬か?
相手は誰だ? まさか他でもない──俺か。
俺はただの平民、対するメルキュースは貴族。彼ほどの男が、なぜ俺のようなゴミに嫉妬する?
「……五月蝿い奴だな、誰かと思えば討伐隊のリーダーではないか。たしかメルキュースだったか?」
「アカリ、目を覚ましたのか」
「これだけ枕元で騒がれれば目も覚ますだろうよ」
目を覚ましたアカリが不機嫌そうな声を上げる。
「目覚めたか、魔女め……」
「なにが魔女か、弱い割によく吠える」
「ぐっ!?」
「お主、確かヴァルザードルフ伯爵の娘婿になる予定だったのだろう? なあ伯爵よ、こんなのを息子と呼ばずに済んでよかったのではないか?」
「な、何を言うんだっ!」
確かに、俺もメルキュースがこんな奴だとは思ってなかった。もっと立派な奴かと思っていた。
「メルキュースの旦那……なにやってるんで?」
騒ぎを聞いたバーパスまでもやってくる。
失った左腕はまだ包帯が巻かれていて痛々しいが、すでに運動を再開するほどに元気だ。
「バーパスか、ここで養生していたんだね。君も早くここの館から出るんだ。この館に居るもの全体に国家反逆罪の疑惑がかかっている」
「はああ!?」
「バーパスも被害者なのだろう?」
「被害者? 何のですかい?」
「魔女の怪しげな術で、左腕を奪われた」
「は? 旦那、何を言ってるんです? 魔女ってアカリちゃんのことかい? であれば、むしろ俺の命を救ってくれた──」
「君も魔女に洗脳されているのか……手遅れみたいだね」
「旦那……らしくないですぜ。いったい城で何があったんで?」
「もはやチームメンバーでもない君に言うことはないよ」
旦那、どうしちまったんで……。
呻くバーパスを無視してメルキュースが話を続ける。
「いずれにせよ、君たちに拒否権はない。一緒に城まで来てもらおう。ヴァルザードルフ伯爵、あなたもだ。あなたにはダンジョンの不正に関わった疑惑がある」
「バカバカしい、こんな茶番に付き合ってられるか!」
俺は我慢できずに声を荒げる。
いずれこの町を離れようとは思っていた。だがアカリが不当な扱いを受けるなら、今すぐにでも出ていこう。もはやこの地に未練はない。
俺はアカリを抱いて立ち去ろうとする。だがメルキュースが抜剣して前を塞ぐ。
「どいてくれ」
「行かせるわけないだろう」
「もうこの街に用はない、俺たちは立ち去る」
「許されると思うのか?」
「許す許さないじゃない、俺たちはもう関係ないんだ」
大切な家族が振り回されるのは、もうごめんだ。
「メルキュース殿、落ち着いてくれ」
「黙れヴァルザードルフ伯爵! あなたにも背任の疑惑がかかっていると言ってるだろう!」
ズバッ!
「ぐわっ!?」
いきなりヴァルザードルフ伯爵を切りつけたメルキュース。
「おいっ!! お前、なにやってんだよっ!? 気が狂ったか!?」
「伯爵、大丈夫ですかい!?」「旦那様っ!!」
「僕は狂ってなどいない。むしろ狂ってるのはお前たちの方だろう! さては魔女に洗脳されたのか!?」
幸いにも伯爵の傷は浅そうだ。だからといって切りつけて良い理由にはならない。
「これは暴挙だぞ? メルキュース」
「正義は僕にある!」
ダメだこいつ、話を聞きそうにない。
「だがリレオン、どうしても僕と話をしたいことがあるのであれば──言い訳を聞かないこともない。ただし、条件がある!」
「条件?」
「ああ、僕と──〝決闘″をするんだ」
決闘?
メルキュースと?
「……俺に何のメリットがあるんだよ」
「であれば僕が君たちを城へ連行するだけだよ」
こいつ……最初から目的はこれか。
俺とやり合うつもりだったな。
だがなぜ俺と──。
まあいろいろ考えても仕方ない。アカリも本調子じゃないし、これ以上伯爵に迷惑をかけるわけにはいかないしな。
「分かったよ、メルキュース。受けて立とう」
「決闘だ!」
まるで宿敵を見るかのように燃え上がるメルキュースの瞳。
彼にあんな想いをさせる何かが、俺にあったのだろうか。
分からない──。
だが俺にも譲れないものがある。
大切な家族を守るためであれば──俺は迷わず剣を抜こう。




