37.人として
ここから最終章です。
あと少しだけ続きます。
ダンジョンから無事に生還した俺とバーパスは、ヴァルザードルフ伯爵邸で治療を受けることとなった。
片腕を失う大怪我を負ったバーパスは当然として、なんだかんだで俺もそれなりの怪我を負っていたみたいで、すぐにぶっ倒れてしまった。
アカリは──3日も眠り続けている。
たぶん人が考えるより〝ダンジョンの統合″というのは大きな出来事だったのだろう。
ただ、ちゃんと寝息は立てて寝ていてくれているので安心はしている。
しばらくしたら──きっと目を覚ましてくれるだろう。
ダンジョンにも大きな異変があった。
廃棄ダンジョンと上位ダンジョンが、ともにエネミーが出現しなくなったのだ。
もっともこれはある程度は予想していたことだ。なにせ二つのダンジョンは統合し、かつ〝核″であるアカリは今ここですやすやと眠っているのだから。
お役所の方は大変なことになっているみたいだが……悪いがそこまでは面倒見れない。
ただ──これはヴァルザードルフ伯爵から聞いた話だが、【原色の悪夢】を討伐した際にドロップした魔法道具がかなり高品質のものだったらしい。
中には『再び【原色の悪夢】級のエネミーが出現しても討伐できる』ほどの力を持った魔法道具もドロップしたのだとか。そんなものあるなら、さっさとドロップしてくれよ……。
だがまあいずれにせよ、俺たちには関係ない。
俺はもうこの街にもダンジョンにも未練がなくなっていた。
今の俺の心は──アカリに向いていたから。
アカリが今後どうなってしまうのか──。
たとえどうなろうと、俺は──アカリと共に行く。
◆
さらに二日が経過して、バーパスも(元気なことに)起きて活動し始めたころ──ようやくアカリが目を覚ました。
「……リレオンか?」
「アカリ、目を覚ましたのか。起きて大丈夫か?」
「ああ……ただ、まだ小康状態といったところだな。本格的に〝統合″されるにはしばらく時間がかかるだろう」
「そうか……統合されるとどうなるんだ?」
人格が変わったりされると困るんだけどな。
触手が生えたりとかも勘弁してくれよ?
「……わからん、なにせ初めてのことだからな。だが──おそらくこれまでとそう大きく変わらないのではないかと思っている」
まあ確かに二つのダンジョンが一つになっただけだ。別に何かが変わるといったこともないのだろう。
「勝ったな……」
「ああ、妾たちは勝った。いや、生き残ったというほうが正しいか」
「ところでアカリ、目が覚めたら聞きたいと思ってたことがあるんだが」
「なんだ?」
「アカリは俺のことを、いつから知ってたんだ?」
俺の問いかけに、アカリはふっと微笑む。
「……なぜそう思った?」
「アカリが俺にくれた魔剣【如意在剣】は、俺の望みを満たす俺専用の剣だ。俺のことを知らないとあんな魔剣は出来上がらない。つまり──アカリは元々俺のことを知っていたんじゃないか、と思ったんだ」
アカリは──不敵に微笑む。
「気付くのが遅いな」
「はぁ?」
「いつから知っていたかと言ったな? おそらく──ここ10年くらいだ」
「はあ!?」
なんだそれ。
せいぜい1〜2年程度かと思ってたら、想定よりもはるかに前からじゃないか。
「妾はな、おそらく──【原色の悪夢】と同時期くらいに誕生しておる。双子のダンジョンゆえに、おそらく連動していた部分もあったのだろう」
「そんな前からかよ……」
「だが、何か活動をしていたわけではない。以前にも言った通り『〝妾″という〝自我″のようなもの』が目覚めたのがそのタイミングくらいだった、というだけだ」
「だから人の言葉や知識を持ち合わせていたのか……」
「そうだな。妾はずっと廃棄ダンジョンの中を見ておった。その中にはもちろん──リレオンもおった。なにせお主は毎日妾のダンジョンに来ていたからな」
「……」
なんだか知らない間に見られていたというのが、少し気恥ずかしい。
「だから、人の身体になるとき──妾を最初に見つけるのはお主ではないかと思っておったよ」
「……なんで俺だったんだ?」
「大した理由ではない。お主が一番、妾の中に長い時間おったからだよ」
なんだ。
そんな──簡単な理由だったのか。
「だから妾は、お主がどんな剣の技を磨いているのかも知っていた。お主が魔剣に求めるであろう力もなんとなく分かっていた。だから、その魔剣を用意しておいた。ただ──それだけだ」
「じゃあ、別にアカリが俺に【原色の悪夢】を倒させたいと思ってたわけじゃないのか」
「それは違うな。そもそも妾は双子ダンジョンのことなど気付いていなかった。いや、おそらくは──期が熟していなかったのだろう」
──だから妾が上位ダンジョンに潜っていても、彼奴は妾の存在に気付かなかったのだろうよ。
そう言うとアカリは、押し黙って窓の外に視線を向ける。
「さて、これからどうするかな……」
少し寂しそうに呟くアカリに、俺は──意を決して想いを告げる。
「なあアカリ」
「なんだ?」
「人として──生きてみないか?」
「人として?」
「ああ、俺たちは一つの家族──〝夫婦″として生きるんだよ」
俺の言葉に、コテンと首を横に倒すアカリ。
「なんだ、妾たちは家族ではないのか?」
「もちろんそうだ。だから──もっと家族らしいことをするんだよ」
俺はアカリにそっと近づくと──薄赤い唇に自分の口を重ねる。
初めての口付け。だがアカリは──。
「……これに何の意味があるのか?」
「う、うーん。なんというか……最も大切な家族だよって意味かな」
「そうなのか──まあ悪くないな」
アカリらしい返事に思わず苦笑いする。
そして俺は、アカリを優しく抱きしめた。
「家族には、他にもいろいろすることがあるんだせ?」
「そうなのか? ……む、リレオンはもしかして妾に欲情してるのか?」
「だからそう言うことを言うなよ……だがまあそのとおりだ」
「くくく、仕方ないやつだな。とりあえず──〝もっとも大切な家族の証″を示すとしようか」
今度はアカリに唇を重ねられ、俺は──とうとう我慢できなくなって、アカリのことを押し倒した。
この時の俺は、本当に幸せだった。
だけど──〝人の業″は、俺たちを少しずつ蝕もうとしていたんだ。
◆
その日は朝から雨が降っていた。
そして来客は──陽の落ちた夜にやってきた。
ドンドン。激しくドアを叩く音。
慌てて扉を開けたヴァルザードルフ伯爵家の執事が、来訪者の姿を見て驚きの声を上げる。
「あなたさまは──メルキュース様!? このような夜半に何用で──」
「急ぎの用があってきたんだ」
「お急ぎのご用?」
メルキュースの目が──暗く輝く。
「ああ──王国歴史上最悪の犯罪者を捕まえにきたんだよ」




