36.本当の勝者
魔剣【如意在剣】が──【原色の悪夢】の〝核″を捉え、そのまま抉り出す。
虹色に輝く丸い球が、魔剣の一撃を受けて弾け飛ぶと──ゴロリ、とアカリの目の前に転がる。
ビクンッ、と激しく揺れ、【原色の悪夢】が動きを止める。
「うわぁぁあぁぁぁああーーっ!!」
俺は心の底から叫んだ。
俺たちは、やったのだ! やり遂げたのだ!!
俺と、バーパスと、そして──。
最後の瞬間までその身を挺して俺たちを守り、さらには──死してもなお俺を救ってくれたミーティアの──今は無きチーム『駆け上る未来』の3人による──最後の大仕事なんだっ!!
「──今だっ!!」
俺は溢れ出る涙を拭うことなくアカリに向かって叫ぶ。
10年の時を超え、俺たちは成し遂げた。
あとは──お前の番だ!
「俺たちの未来を──明るく照らしてくれっ! アカリ!」
「うむ!」
アカリは手を伸ばすと〝核″を掴み、宙へと放り投げる。
「……妾の双子よ、出来れば──違う形で出会いたかったな。さらばだ──《異界の無限顎》」
バグンッ!
空間に現れた漆黒の口が、上位ダンジョンの〝核″を喰らう。
──次の瞬間。
【原色の悪夢】が──。
俺たちを苦しめ続けてきた上位ダンジョンの悪意が──。
勢いよく──破裂した。
「おわっ!?」
腐った肉片のようなものを全身に浴び、思わず声を上げてしまう。
エネミーや〝死者″と違い、ヤツの肉体はすぐに消えることはなかった。
アカリが『歪な存在』と言っていた通り、【原色の悪夢】は──生き物の肉を使ってダンジョンが生み出した、この世に存在してはいけない存在だったのだろう。
「勝った……のか? うぐぅ」
片腕を失ったバーパスがうめき声を上げる。
いかん、腕を切断したら大量に出血して命に関わる。
何とか止血しないと──。
「血を止めれば良いのか?」
「アカリ!? できるのか?」
「バーパス、無くした腕は戻らんが血は止めるぞ?」
「アカリちゃん? ああ、頼む……」
「──《異界の無限顎》」
アカリの権能が発動し、空間に発生した〝口″がバーパスの千切れた腕に噛み付く。
「っ!?」
「案ずるな、これで血は止まった」
「えっ!?」
アカリの言うとおり、バーパスの出血は止まっていた。
これで──探索者としてはもうダメでも、命は取り留めただろう。
「アカリちゃん、ありがとう……よ……」
安心したのか、意識を失うバーパス。
「……礼を言うのはこちらの方だよ」
「アカリ、お前……大丈夫なのか?」
「ああ──」
アカリは俺の方を振り向く。
美しい──まるで天使か女神が目の前に降臨したかのようだった。
「よくやった。お主たちのおかげで──妾は残った」
「じゃあ、上位ダンジョンは──」
「ああ、もう妾の中に在る」
胸を抑え、そっと呟くアカリ。
そうか──。
「じゃあ──アカリも勝ったんだな?」
「ああ」
「もう……居なくなったりしないんだな?」
「ああ、もちろんだ」
「良かった……」
俺は思わずアカリを抱きしめる。
俺はもう、ミーティアみたいに──大切なものを失いたくない。
──ジャラジャラ!
激しい金属音と共に、【原色の悪夢】が消し飛んだ場所に大量のなにかが出現する。
魔力の光を放つ大量の金属たち。あれは──。
「もしかして全部〝魔法道具″なのか!?」
見たことのない数と量の魔法道具が、【原色の悪夢】の消滅と共にドロップしていた。
「うむ、随分とため込んでいたみたいだな。ダンジョンそのものは妾が引き継いだが……ヤツの中にあったものまでは対象外だ」
遅れて到着した『決死突入隊』のメンバーが、歓声を上げながら〝魔法道具″の山に飛び込んでいく。
あれは彼らの戦利品だ。これから上位ダンジョンはどうなるか分からないから、最期の稼ぎとして持ち帰るといいさ。
「上位ダンジョンの全ての権限が、これから妾に移っていくだろう。これで二つのダンジョンはすべて──〝妾″となった」
「そう、なんだ?」
「ただ……完全に一つになるにはしばらく時間がかかりそうだ。少し──眠りにつかせてもらおう……」
いきなりガックリと倒れ込むアカリ。
慌てて抱き抱える。
こいつ、いつもすぐに寝るよな……。
お姫様抱っこをしようとして、グラリと体が揺れる。
自分の体を確認すると、俺の全身は血まみれだった。
あれだけ【原色の悪夢】の触手攻撃を喰らったのだ。致命的な傷はないとはいえ、全身傷だらけになっていても仕方ないだろう。
だけど、俺は──自分の足で帰る。
俺たちの勝利を、しっかりと踏みしめたいから。
「メルキュース、すまない。バーパスのことを運んでもらえるか」
メルキュースはまだ呆然自失しており、俺の声でハッとして顔を上げる。
「あ、ああ……」
「しっかりしてくれよ。あんたは俺たちのリーダーであり〝救国の英雄″さんなんだからよ」
俺は暗に【原色の悪夢】討伐隊の英雄はあんただと示しながら、自身にはなんの栄誉にも興味がない意思を伝える。
いまの俺にとっては、名誉なんて意味がない。
魔法道具だって必要ない。
ミーティアの仇を討てた。
アカリが生き残った。
その事実が──なにものにも変え難い、俺にとっての〝得られたもの″なのだから。
◆
俺たち『決死突撃隊』は、大量の宝物を抱えながらダンジョンを脱出する。
俺はアカリを抱えたまま、これまでの異変が嘘のように静まり返った上位ダンジョン内を歩く。
エネミーも〝死者″も──消え失せていた。
これもアカリが上位ダンジョンの〝核″を喰った影響だろうか……。
ダンジョンから外に出ると、いきなり大歓声を浴びた。
どうやら〝死者″たちを迎撃していた騎士たちが取り囲んでいたらしい。
「メルキュース! メルキュース!」
「我らの英雄メルキュース!」
先行して帰還したメンバーから状況を聞いた隊員や騎士たちが、メルキュースを歓声で迎え入れる。
先頭を切って歓声を上げているのはヴァルザードルフ伯爵だ。もちろん事前の打ち合わせ通りの〝メルキュース持ち上げ作戦″だ。
ただ──俺がアカリを抱えている姿を見て、伯爵は涙を流していた。
ああ、あんたの大切な娘の身体は無事だよ。俺たちは──ちゃんと帰ってきたぜ。
大歓声の輪が一気に出来上がる。
その横を、俺は気付かれないようにすり抜けていく。
「バーパス! ……リレオン!!」
声をかけてきたのは──ああ、カイルか。
頭に包帯を巻いたカイルが駆け寄ってくる。
今までの憎たらしい顔が嘘のような、心の底から俺たちのことを心配した表情を見て──思わず笑ってしまう。
ああ、俺たちは──。
────勝ったんだ。
〜 第四章 完 〜
ここまでお読みいただきありがとうございます。
次からは最終章となります。
内容的には4話ほどですが、あと少しだけ続きますので、お付き合いいただけると嬉しいです!




