35.誰も知らない秘密
「んがあっ!?」
俺は全力で後ろに跳ねた。同時に胸に走る衝撃。
胸を抉るように斜めに走る傷。
……だが──致命傷じゃない。
なんだ!?
エネミーが、俺のことを守った!?
奇跡が起きたのか……俺はまだ生きている。
「リレオン、大丈夫か!?」
慌てた様子で駆け寄ってくるバーパス。
俺は無事を知らせるためにもすぐに立ち上がる。
「ああ、ギリ助かった。エネミーが……俺を庇ってくれたんだ」
あれはおそらく──【案内人】だ。
なぜ俺を守ってくれたのか……だが今は考える余裕はない。
「油断した、もう一度俺が出る!」
「お前一人じゃ見てらんねぇよ! 俺も出るぜ!」
「守る余裕はないぞ!?」
「要らねぇよ、俺にも──ミーティアの仇を討たせろや!」
「……知らねえぞ?」
俺とバーパスは互いにニヤリと笑うと、二人で再度【原色の悪夢】へと迫ってゆく。
「……◆●△♯$◇◎……」
ヤツが発する謎の声に、なんとなく苛立ちを感じる。
ヤツも苦戦を認識してるのだろうか。
「リレオン、妾がヤツとダンジョンとの繋がりを断っておる! これで条件は互角だ! あとは任せた! コアは──あそこだ!」
アカリが顔を歪めながら叫ぶ。
【原色の悪夢】の身体の真ん中に──光輝く〝球″のような部分が現れた。
あれが〝核″かっ!
アカリのやつ、やりやがったな。だがあの様子だと長くは持たなそうだ。一気に──決めてやる!
「うぉぉぉぉっ!」
「おりゃあぁぁぁぁあっ!」
俺は迫り来る触手を魔剣で切り裂く。
切断された触手の修復のために、僅かにヤツの攻撃が緩む。
初めて生じた、【原色の悪夢】の隙。
俺たちはその隙を見逃さず、更に間を詰める。
──いける! 届く!
だが──ふいに、背筋に悪寒が走る。
いかん。これは──【原色の悪夢】の〝罠″だ!!
「バーパス、下がれ! 誘われてるぞ!?」
「っ!?」
瞬時に切り飛ばされた触手が復活し、四方八方から俺たちに触手が襲いかかってくる。やはり復元に時間がかかるのは〝嘘″だったか!
俺は必死に触手を切り飛ばしながら、なんとか後ろに下がる。
だがバーパスは──。
「バーパス!?」
「こんちくしょう、俺の大好きだったミーティアを喰いやがって! この命に賭けても──キサマだけは殴らねぇと気が済まないんだよ!!──《緋爆斧撃》!」
激しい爆発が、触手たちを弾き飛ばす。
だがそのうちの3本が──バーパスの左腕を貫いた。
「があぁぁぁーーっ!! ──《赫き高揚》!」
──ぶちぶちぶちっ!!
鈍い音と共にバーパスの左腕がちぎれる。
片腕となったバーパスは、勢いのまま──。
──【原色の悪夢】の巨大な目玉に向かって、魔斧を打ちつけた。
「ミーティアの仇だーーっ!! ──《緋爆斧撃》!」
「──●△♯$◇●△♯$◇!?」
激しい──爆発音。
声にならない悲鳴を【原色の悪夢】が上げる。
緑や黄色の混じった体液を噴き出しながら、ヤツの目玉が二つも吹き飛んだ。どうやら目玉だけは完全に攻撃を防ぐことができなかったらしい。
「見たかミーティア! 俺はやってやったぜ! ザマァみろだ!! ぐはっ!?」
怒り狂ったヤツの触手を喰らい、弾け飛ぶバーパス。
しかも破裂した目はすぐに修復を始めている。
──させるかっ!
バーパスが作ったスキは──絶対に逃さない。
「うぉぉぉぉおおおぉおっ!!」
相討ちでも構わない!
俺は防御を全てかなぐり捨てて【原色の悪夢】へと突撃する。
迫り来る無数の触手。
防御を最小限にして、前へ進む推進力へと注力する。
身体のあちこちを触手が掠めていくが、構わない。
致命的なものだけを剣で弾き、アカリが輝かせるヤツの〝核″へと接近する。
俺の刃が届く範囲──ついに足を踏み入れた。
俺は魔剣に力を込める。
「──《長剣化》!!」
これでヤツの中心を──核を抉り出せる!
そう確信した俺の視野に──左上から迫る鋭い触手を捉えた。
やはりヤツは一筋縄ではいかない。【原色の悪夢】による悪意を凝縮した鋭い一撃は、間違いなく俺の心の臓を貫く勢いだった。
だが──ここで剣を止めてしまえば、再び【原色の悪夢】を捉えることは難しくなるだろう。
バーパスが腕を失ってまでして創出った機会を、絶対に逃すつもりはない。
だから──俺は止まらない!
たとえ命が尽きようと!
俺一人の命で届くなら安いもんだ。
ヤツも、命をかけた攻撃までは想定していないだろう。
俺の剣が、【原色の悪夢】を捉えようとする。
同時に、触手が俺の胸を貫こうとする。
ミーティア、いまお前の仇を討つ。
アカリ、すまん。
俺は〝命″と引き換えに──【原色の悪夢】を討つ!
だがその時──。
再び──奇跡が起きた。
「っ!?」
俺と【原色の悪夢】の間に、両手を広げるものがいた。
あれは──固有エネミー【案内人】!?
【原色の悪夢】の魔力を間近で浴びたせいか、エネミーが色付き──。
──生前の姿を取り戻す。
その姿は──。
「……あぁあぁぁ」
懐かしい──水色の髪。
生前は胸が無いことを悩んでいた、ほっそりとした身体つき。
忘れたことない、忘れられるはずかない。
ああ、彼女は──。
「──ミーティア!?」
なんということだ。
あのエネミーの正体は──。
両手を広げ、探索者たちを守っていたエネミーは──。
他の誰でもない──〝ミーティア″だったのだ!
「なぜ──」
どうしてミーティアがここに──。
だがすぐに思い出す。エネミーは、生前最期の行動を模倣したものだと。
じゃあミーティアは。
彼女の最期の行動は──。
『あたしって、ほんとバカだな……最後にウソまでついて』
エネミーから〝死者″へと彩りを得たミーティアの口が動き、心の中に彼女の声が蘇る。
いや、これは幻聴などではない。
10年ぶりに聴く、ミーティアの本当の声だ。
『本当はね、あなたのことが大好きだったんだよ……』
もしかしてこれは──。
誰にも知られずに逝ったミーティアの、誰も聴くことがなかった〝最期の言葉″なのか!?
『だけどウソ言わないと、あなたは行ってくれないから……』
だが、だがっ!!
ミーティアは──何を言っているのか!?
誰のことを言っているんだ!?
『あーあ、ちゃんと告白しとけばよかったなぁ……』
まさか、まさか……。
ミーティアは──。
『あなたには絶対に届かない言葉だけど、ちゃんと言うね……。あたしの、誰も知らない秘密──』
振り返るミーティアは──。
彼女が最期に浮かべた表情は──。
『さようなら、リレオン……大好きだったよ。だから──あたしのぶんも生きてね……』
泣きながら──笑っていた。
ああ、ミーティア。
お前は──。
お前はーーっ!!
「うわぁぁあああぁぁぁぁああぁぁーーっ!!」
ズンッと鈍い音と共に、ミーティアの姿をしたエネミーを触手が貫く。
だが──軌道は逸れた。
ミーティアは、またも──。
10年前と同じように──。
俺の命を守ってくれたのだ!
「ミーティアァァァアアーーッ!!」
俺は──何も知らなかった。
勝手に思い込んで、何も理解しようとせず──。
俺は、救いようのない愚か者だ。
そんな俺を、ミーティアは──命を張って守ってくれたのだ!
「があぁぁあぁぁぁーーっ!!」
アカリは何度も言っていた。死んだものは蘇らない、と。
だけど──死者の想いは蘇る!
何度でも蘇って──何度も俺の命を救ってくれた!
ああ、ミーティア。
お前は本当にすごい奴だよ!
俺なんかじゃない。お前こそが本物の──〝英雄″だ!!
触手の海を掻い潜った先には──【原色の悪夢】の〝核″が輝いていた。
俺の全身から、激しい衝動が溢れ出てくる。
その正体が何なのか、分からない。
目の前が滲む。
俺は──泣いているのか?
分からない。
粒子となって消えていく──ミーティアの残滓。
──さようなら、俺の愛した女性。
俺は貴女を──たしかに愛していたよ。
「やれーーーっ!!」
バーパスの血を吐くような絶叫が聞こえる。
「決めるんだ、リレオン!」
アカリの凛とした声が耳に届く。
俺は力を全てを──。
想いの全てを──。
握りしめた魔剣に込めて──。
──目の前の〝核″に叩き込んだ。




