34.原色の悪夢
じゅる……。
耳をつく──不快な音。
鼻をつく──あらゆる廃棄物が混じったような悪臭。
姿を現したのは──生理的な不快感を総動員したかのような〝冒涜的な存在″だった。
赤や青、ピンクや黄色、さらには緑や黒まで……まるで子供の落書きのように様々な色を混ぜた体色。
大小織り交ぜた五つの目。
全身から不均等に伸びる大小無数の触手。
ああ……10年前より凶悪な姿になってやがる。
間違いようがない、こいつが──。
こいつが──【原色の悪夢】だ!
ピィィィーーーィイッ!
俺は鋭く笛を吹くと、すぐに投げ捨てて戦闘態勢を取る。
だが──【原色の悪夢】は五つの目をアカリに向け、その動きを止めた。
アカリもまた、同様に動きを止める。
「……アカリ?」
「あれは──妾と同じだ」
「同じ? あれが?」
「ああ。一歩間違えたら、妾もああなっていたであろう」
アカリは【原色の悪夢】と向き合いながら話を続ける。
「あれは……妾と似た原理によって生まれた、上位ダンジョンにおける妾だ。ただ、あやつに人に対する憧れはない。あやつは単に──生き物を作ってみたかっただけなのだ」
「なんだ……それは」
「だが──ダンジョンは生き物のことを知らない。見よう見まねでしか作れない。そうして生まれたのが──あの歪な存在だ」
「……そんなくだらないもののために」
「ん?」
「そんなもののために、ミーティアは殺されたってのかよっ!?」
俺は歯を食いしばる。
ミーティアは……あの娘は──。
そんなつまらないヤツに未来を奪われたってのか!
「生命を冒涜しやがって……」
こいつは、存在していてはいけないヤツだ。
なんとしても、こいつだけは──滅ぼさなければならない!
「……◆●△♯$◇◎……」
【原色の悪夢】の真ん中がバックリと裂け──歪な歯牙が並ぶ〝口″らしきものが開く。聞こえてきたのは、異様な唸り声。
こいつ──アカリを見つけ、歓喜の声を上げてやがる!
「認識された。リレオン──来るぞ!」
【原色の悪夢】から黒いモヤのようなものが放たれる。
なんだあれは──!?
「ヤツの魔力だ、気をつけろ!」
モヤは少しずつ形を作り、具現化していく。
現れたのは、エネミー? いや、あれは──〝死者″だ!
「こいつ、〝死者″を呼び出して邪魔者を排除する気かっ!?」
「リレオン、これから妾はヤツと〝魔力の食い合い″を始める! なんとか〝核″を見つけて叩けッ!」
「なっ!? 無茶言うなよっ!?」
だが俺のことをそっちのけで、アカリは【原色の悪夢】と睨み合いを始める。
俺に対しては──ヤツの周りから湧き出る〝死者″たちがわらわらと襲いかかってきた。
「くっ!?」
いきなり騎士たちや探索者の〝死者″による攻撃を浴び、俺は魔剣を振るって切り裂く。
俺の【如意在剣】はエネミーや″死者″に対して防御無視の攻撃を仕掛ける。
だがさすがに無限に湧き出る〝死者″を相手にするのは至難の業だ。
できればアカリを援護するためにも【原色の悪夢】に直接攻撃をしかけたいが──物量で攻められては、その機会すら訪れない。
「ぐっ……」
「◯◆▼◎……」
アカリは押されているのか、苦しげな声を上げる。
ヤツの触手が、じわりとアカリに伸びていく。
くそっ! その汚らしい触手をアカリに伸ばすんじゃねえっ!!
「────《緋爆斧撃》!」
激しい爆発が──俺の目の前にいる〝死者″たちを吹き飛ばした。
最高のタイミングでの援護をしてくれたのは──。
「リレオン! 間に合ったぜ、お前は相変わらずせっかちだな! 二人で突入するなんてアホかよ!」
「バーパス! メルキュース殿も! 本陣が間に合ったか!」
「【原色の悪夢】! 10年ぶりだな! ミーティアの仇を討ちにきたぜ! メルキュースの旦那、いまだ!」
「────《染雷迅剣斬》」
強烈な電撃を浴びた一閃が、溢れ出る〝死者″たちを殲滅する。
さすが【貴公剣士】メルキュースだ、すごい攻撃だぜ!
「雑魚は俺たちに任せろ! メルキュースの旦那、リレオン、行ってくれ!」
「応ッ!!」
バーパスたち本陣のメンバーに湧き出る〝死者″を任せ、俺とメルキュースは【原色の悪夢】に向かって突入する。
「メルキュース殿、ヤツは触手を四方八方から突き刺してくる。俺が防ぐからあんたが本体を切りつけてくれ!」
「四方八方って……君は大丈夫なのか?」
「ああ、俺はこの時を想定して準備をしてきた」
俺がこれまで、あらゆる距離感において剣を振るう特訓してきたのは──【原色の悪夢】の触手攻撃を想定していたからだ。
脳内で、廃棄ダンジョンで、何度も何度もヤツの動きをトレースして戦ってきた。
だから、俺は対応してみせる!
絶対に──弾き返してやる!
「うぉぉぉぉーーっ!」
──《短剣化》。
──《長剣化》。
──《大剣化》。
持てる全てを駆使して、俺は迫り来る【原色の悪夢】の触手を弾いていく。
今の俺は──完全に【如意在剣】と一体になっていた。
声に出さなくても、心に念じるだけで自在に長さが変わっていく。
近くの触手も遠くの触手も、死角から襲ってくる攻撃も叩きつけるような大技も、全て魔剣で弾き返す。
俺の剣術は、対【原色の悪夢】専用に作り上げてきた俺の技は──確かに宿敵の攻撃を全て防ぎ切ったのだ。
「うぉぉぉぉっ!────《染雷迅剣斬》! 」
その隙に距離を詰めたメルキュースが、【原色の悪夢】に対して必殺の剣を繰り出す。
だが──。
ギィィィィーーーン!
鈍い音と共に、【原色の悪夢】の身体はメルキュースの剣を弾き返した。
「なっ!? 剣が通らない!?」
たしかメルキュースの魔剣はかなり高位の──それこそAランク級の魔剣だったはずだ。
その攻撃を弾くなんて、どんだけ硬いヤツなんだよ!
「リレオン、お主がやるのだ!」
アカリの声が、鋭く響く。
「リレオン、お主の剣だけが届く!」
そうか──俺の剣には〝エネミーの硬さを無視する″力がある。
これなら確実に、【原色の悪夢】に届く。
「妾がヤツの力を抑える、だから──リレオンがやれ!」
「応ッ!!」
俺は攻撃が効かずに呆然とするメルキュースを突き飛ばす。
悪いが、茫然自失してるやつを守る余裕なんてない。
「バーパス、メルキュースを頼む。〝死者″をなんとかしてくれ!」
「あ、ああ、だが──」
「あいつは、俺にしか届かない」
口にして、不意に──俺は一つの事実に気づく。
アカリは、俺にこの魔剣をくれた。
おそらくそれは偶然ではない。
この魔剣【如意在剣】は──対【原色の悪夢】を想定した、俺に特化した剣だ。
そんな都合がいいものが、簡単に存在するわけがない。
だが、アカリの正体を知った今なら分かる。
この魔剣は──俺の目的を達成するために、アカリが俺専用に用意した魔剣なのだ。
ならば。
この剣だけは──ヤツに届く。
であれば俺が──【原色の悪夢】と対峙するしかないのだ。
再び【原色の悪夢】と激しい撃ち合いを始める。
ヤツは人のことをよく知っている。
たぶん、ずっと観察していたのだろう。
人の死角を、反応が鈍る攻撃を、よく理解している。
だからまともに対峙できずに殺されてしまうのだ。
だが──理解して準備してきた俺は違う。
魔剣の長さを瞬時に切り替えながら、【原色の悪夢】の攻撃を弾き、少しずつ詰め寄っていく。
「なんだ……あれは……人の剣術なのか?」
「メルキュースの旦那、あれが──リレオンなんで」
「あんなの……無理だ。僕には届かない」
「今はあいつが全力で戦えるようサポートしましょうぜ」
一見、互角にやり合っているように見える。
だが──【原色の悪夢】はやはり狡猾だった。
上下左右から迫り来る触手を魔剣と身体の動きで避ける。
だが──太い触手の下に、ヤツは小さな触手を隠し持っていたのだ。
剣を振り抜いて伸び切った左脇の下から迫る、鋭い触手。
まずい、これは──死ぬ!?
鋭い触手が俺の胸に刺さる寸前──。
両手を広げたエネミーが──。
──俺と触手の間に出現した。




