33.決死突入隊
あー、参ったな……。
勢い余って結婚だなんて言っちまったよ。
しかも当のアカリはイマイチ〝結婚″について理解してない気がする。
騙したみたいで気が引けるが──でもまぁ、なんとなく俺の男としたの機能も回復してそうな気配もあるし……。
って、余計なこと考えてる場合じゃないな。
まずは──アカリの宿敵である〝上位ダンジョン″との対決だ。
「でもよ、上位ダンジョンのコアって何処にあるんだ?」
「妾の予想ではおそらく──【原色の悪夢】が持っているのではないかと思っておる」
マジかよ……。
ここで【原色の悪夢】が出てくるのか。
「……なぜ分かるんだ?」
「ダンジョンとしての勘だな。もちろん違ってるかもしれんが──会えばわかるだろう」
だがまあ、どうせ元々ヤツのことは討伐するつもりだったんだ。
ここで相手になるっていうなら好都合ってなもんだな。
その後──アカリの話を踏まえ、ヴァルザードルフ伯爵はメルキュースに対して『過去の文献によると、【原色の悪夢】を倒せば今回の騒ぎが収まる可能性が高い』と伝えた。
もちろん俺たちがでっち上げた〝作り話″だ。だがあながち間違いともいえない。
「実際、どちらが勝とうと今回の騒ぎは収まるだろうさ」
ダンジョンがもう片方のダンジョンを吸収して、全ては終わる。
今回俺たちが打って出る時点で、どういう結末になろうと騒ぎは終結するのだ。
「俺は負ける気はないが──まあどう転んでもメルキュースが〝真の英雄″となることは確定しているな」
俺とアカリの〝私戦″に巻き込んで悪いと思う。
本人たちは必死に準備してくれてるんだ。それくらいの役得くらいあってもいいだろうさ。
さぁ、準備整えたところで──俺たちも役所へと向かうとするかね。
◆
「英雄さまの登場だ!」
「待ってたぞリレオン! バーパスから聞いたぜ!」
「【独剣】あらため【救剣】リレオン! 仲間たちを救ってくれてありがとう!」
役所に向かった俺たちを待ち構えていたのは──予想外の歓迎だった。
回収屋たちが俺の姿を見るなり、歓声を上げる。
なんだ? 一体何が起こったってんだ?
しかも【救剣】ってなんだよ……初めて聞いたぞ。
「いや、俺はほとんど助けられなかったんだが……」
「でもよ、リレオンはあの絶望的な状況でオレたちのために廃棄ダンジョンに飛び込んでくれた! あんたは英雄だよ!」
そうか……そういう受け取り方もあるのか。
だがちょっとばかり照れ臭いな。
「ははっ、リレオン大人気だな。さすがは妾と結婚する家族だ」
げっ。
こいつ、なに暴露してやがる!?
「なんだと!? 俺たちのアカリちゃんを奪うとは……だがリレオンかぁ……」
「まあリレオンになら、オレたちのアカリ姫を任せても仕方ないかな」
「我らの守護女神アカリに栄光あれ!」
一気に役所は祝福モードに突入する。
おいおい……上位ダンジョン出発前になにやってくれるんだよ。
ヴァルザードルフ伯爵とダンジョンの防衛を担うメルキュースが協議した結果、今回は大きく二つに隊を編成することとなった。
王国の騎士団が主体の『突入支援部隊』と、メルキュース率いる『決死突撃隊』だ。
もちろん俺とアカリの『天差す光芒』は決死突撃隊だ。バーパスもメルキュースの護衛としてこちらの隊に入っている。
さて、今回の作戦はこうだ。
まず魔剣を持つ騎士たちが、上位ダンジョンから溢れる死者たちを一時的に撃退する。
その隙を見て、俺たち『決死突撃隊』が上位ダンジョンへと突入する。その人数は──およそ30名。
もちろん俺はアカリとコンビで挑む。俺たちはチームだからな。
「僕は君たちを〝死者″として斬りたくない。だから……なるべく死ぬな! 行くぞ!」
「「「応ッ!!」」」
メルキュースの号令で俺たちは上位ダンジョンへと向かっていく。
他の騎士や探索者たちが、ダンジョンから溢れる〝死者″たちを切り開く。
選ばれた30人が、乱戦の隙を見てダンジョン内に潜り込む。
いよいよ──上位ダンジョンとの決戦だ。
◆
上位ダンジョンに突入した俺たち30人の『決死突撃隊』は、全部で6チームに分かれていた。
基本は3〜4人のチームだが、本陣であるメルキュースのチームだけ10人で構成されている。その中にバーパスら元『栄光への挑戦者』のメンバーも含まれていた。
二人での行動が許されていたのは俺たちだけだ。ここ数ヶ月の上位ダンジョンでの実績が考慮された結果だが、おかげで動きやすくて助かる。
入った直後に解散した6チームは、【原色の悪夢】を探してそれぞれが散って行く。バーパスに目配せだけを送り、心の中で健闘を祈る。
ヤツを見つけ次第、支給されたホイッスルで知らせることとなっていた。
おそらくは──直近の発見事例がある〝レベル3″あたりがヤツとの決戦の地となるだろう。
「……意外と静かだな」
「ああ」
ダンジョン内は予想外に落ち着いていた。
〝死者″で溢れかえっていることを予想したが──実際に死者が出現しているのは出入り口だけだったのだ。
ダンジョン内では、エネミーがちらほらと出現した。
だが〝死者″とは違って色はついていない。これまでと変わらず〝黒いモヤ″だ。
「どうしてだろうか……」
「それはそうだ、ダンジョンから与えられた魔力量が違うからな」
「そうなのか?」
「〝死者″たちは、妾を連れてくるという目的を負っているからな。だがダンジョン内に徘徊するエネミーは違う」
アカリ曰く、与えられる魔力量が少ないせいでエネミーには色が付かないのだそうな。
「だが、いずれ妾が懐に飛び込んだことに気付くだろう。そのとき、どうなるのか──」
おそらくエネミーたちは〝死者″となり、全力でアカリを奪いに来るだろう。
その前に決着をつける必要がある。
のんびり探索している暇はない。
ダンジョンに見つかる前に、迅速に──【原色の悪夢】を見つけなければならない。
「アカリ、これまで通り俺がエネミーを撃退する」
「うむ、権能の使用は控えよう。なぁに、その時が来たらたっぷりとヤツに叩き込んでやるさ」
俺たちは出現するエネミーたちを極力回避し、どうしても戦う必要があるときは最小限の力で排除していった。
気がつけば──他のチームを差し置いて、おそらくは一番乗りでレベル3に到達する。
しばらく進んでいて──すん、と妙な匂いが鼻をついた。
俺の記憶の最も嫌な部分をくすぐる、不快な悪臭。
……ヤツだ。
ヤツの気配を──感じる。
慎重に魔剣を握りしめた時、目の前に──何かがふいに現れた。
両手を広げるように俺たちの前に立ち塞がる、一体のエネミー。
もしかしてこいつが──。
「固有エネミー【案内人】か……?」
噂で聞いた通り、特に何かを仕掛けてくるわけではない。
ただ手を広げ、道を塞いているだけだ。
こいつもダンジョンで死んだ誰かなのだろうか。
「こいつが出てきたってことは……アカリ、おそらく角の向こうにいるぞ」
「ああ、そのようだな。まだ姿が見えていないのにこの放出魔力量……人に有害などというレベルではないな。対峙しているだけで死ぬぞ」
ヤツはそんなにヤバいのか?
「リレオンはよく生き残ったな」
「……大きな犠牲はあったがな」
「しかし、よくぞこれほどの怪物を放置していて人が死ななかったものだ。なるほど……あれが人を守っていたのだな」
アカリが指差すのは、先ほどの固有エネミー。
エネミーが人を守ってた?
「あのエネミーが存在していなければ、被害は1000倍、いやそれ以上であっただろう。なかなか不思議なエネミーも存在するものだな」
エネミーの存在によって人が守られる、そんなことがあるのだろうか。
だが今はエネミーのことを深く考えている余裕はない。
この先に──。
ヤツがいる。
俺は笛を口に咥え、剣を構える。
────ぬめり……。
ピンクと緑の混ざった悍ましい色の触手が──。
通りの角の向こう側から──。
……ゆっくりと、姿を現した。




