32.アカリのために
「アカリは俺の家族だ。絶対に──上位ダンジョンなんかに奪い取らせないっ!!」
俺は腹が立っていた。
ダンジョンの裏話を、エネミーの真実を、数々の未知の情報を聞かされたからではない。
あのアカリが、何事にも偉そうで高飛車なアカリが──まるで生き残ることを諦めているかのように感じられたからだ。
「コアを食われ、片割れのダンジョンに吸収される。それが──ダンジョンの真の終焉だ」
「じゃあお前はなにもせず、黙って喰われるっていうのかよ!?」
そんなの受け入れられるわけがない。
「だがな、妾はそのために生まれたのだ。宿命に従い、コアを食い易くするためにな」
「そんなの関係ない!」
「そもそもアカリ殿が娘の──アーデルハイドの身に宿ったのは、なぜですかな?」
「妾は……人に憧れていたのだ。だからいよいよ最期のときが迫り妾が望んだのは──〝人の姿になる″ことだった。人の形となることを選んだのは──妾なのだ」」
「アカリ……」
「楽しい日々であった。妾は満足したのだよ」
だめだ。
やっぱりアカリを失うなんて考えられない。
「逃げよう。今すぐこの街を出るんだ」
「それが良い、儂が全力でお主らの逃亡を支援しよう」
だがアカリはふっと微笑む。
「やめておけ。そんなことをしたら、上位ダンジョンが妾を死に物狂いで探し始めるだろう。そうなったら──この街は壊滅するぞ?」
「ぐっ……」
「むぅぅ……」
溢れ出た死者たちは、魔剣以外を受け付けない。
そんな奴らが街に出現したら──246年前の悲劇の再来じゃないか。
「妾はこう見えて人のことを気に入っておる。もちろんお主らのこともだ」
「だからって、アカリを犠牲にするなんて出来ない!」
「妾が出れば全ては収まるのだよ。聞き分けるのだリレオン」
だがそんなことをしたら、アカリが喰われてしまう。
アカリが、いなくなってしまう──。
「アカリは……俺の家族だ」
「ああ、そうだな。妾にとってもリレオンは家族だ」
「ただの家族じゃない。俺は……アカリが居ないと嫌なんだ」
俺の中でアカリの存在は、自分でも信じられないほど大きくなっていた。
先の見えない暗闇を彷徨っていた俺に、先に進む道を照らしてくれたアカリ。
彼女がいてくれたから、今の俺がある。
逆に言えば──彼女のいない未来など、俺にとってどれほどの価値があるだろうか。
だが──素直にそう言えない自分もいた。
クソっ、俺は今回も本当の気持ちを伝えることができないのだろうか……。
だがこの場には──空気が読めるおせっかい屋が居た。
「アカリ殿、見ず知らずの二人が〝本当の家族″となる方法があるぞ」
「伯爵!?」
「ほぅ、それはどんな方法だ?」
「〝結婚″すれば良いのだよ」
伯爵めっ……なんてことを言いやがる!
ニヤニヤしながら俺を見るなっての!
「伯爵よ、結婚とはどんなものなのだ?」
「なぁに簡単なことだよ。男女が『結婚します』と誓い合えばいいのだ」
「なんだ、そんなことなのか。簡単ではないか」
「ただし──結婚するということは相手を敬い大切にすると誓うことを意味する。アカリ殿にとってリレオンは誓うに値する相手なのかな?」
「もちろんだ。リレオンを置いて他にそのようは人はいないな」
無邪気に微笑むアカリ。
真正面からそんなこと言われたら──。
「リレオンはどうなのだ?」
俺は──。
もう──本当の気持ちを隠すのはやめた。
「アカリが大切だ。アカリと本当の家族になりたい。俺は──アカリのことが好きだ」
10年前には言えなかった一言。
我ながら情けないと思う。
だけど、今回はちゃんと言えた。言うことができた。
アカリの反応は──。
「リレオン……」
「な、なんだ?」
「好き、とはどんな感情なのだ?」
おいおい、そこかよ……。
「そうだな……他の誰にも奪われたくないという気持ちかな」
「そうか、リレオンはそれほど妾のことが大切だということか?」
「ああ、大切だ。上位ダンジョンなんかにお前を奪われたくない」
「そうか……」
俺の言葉を受けて、少し考え込むアカリ。
だが意を決したかのように顔を上げ俺を見つめる。
「ダンジョンがダンジョンに喰われることは、ダンジョンの宿命だ。リレオンは──それに逆らうというのだな?」
「ああ。それが宿命というなら、逆に食っちまえばいいだろう?」
「ははっ、そのとおりだ!」
アカリはさも面白いことを聞いたかのように、いきなり笑い出す。
「確かにそうだ! ダンジョンが双子の片割れダンジョンを喰らうときに、どちらが喰われる方という取り決めはないからな!」
そんなこと……できるのか?
アカリが生き残る道が、あるのか?
「基本的には魔力量が高い方が食うのが自然の摂理だが──先んじて相手のコアを食ってしまえば、妾の方が生き残る可能性はあるな」
「アカリは──上位ダンジョンを逆に喰うことができるのか?」
「理論上はな。実際は弱い方が喰われるだけだ」
俺には、アカリが素直に喰われるタマとは思えない。
「だが、ほぼ間違いなく喰われるぞ? 妾は既に大半の魔力を失っているからな」
「だからと言って黙って見過ごせない! 可能性があるなら俺も全力で戦う!」
「余波で、お主も無事では済まんかもしれんぞ」
「構わない。もう──ひとりだけ置いていかれるなんて、勘弁願いたいね」
人生において2度も好きな人を目の前で失うなんて、耐えられない。
「わかった……リレオンがそこまで言うなら──やってみるか」
「おっ!?」
「おおっ!!」
アカリの表情に、いつもの不敵な笑みが蘇ってくる。
「勝算は低いかもしれん。だが──ただ喰われるだけというのも確かに性に合わん。であれば、全力で〝ダンジョンの宿命″に立ち向かってみようではないか!」
「ああ、やってやろうぜ!」
「儂も、出来ることは全力でサポートさせてもらおう! 2度も──愛する娘を失いたくないからな。あと、婿候補もな」
ニヤリと笑うヴァルザードルフ伯爵に、思わず苦笑いを浮かべてしまう。
この爺さん……ったく、食えないな。
「では──逆に上位ダンジョンへ打って出るぞ!」
「応ッ! 腕が鳴るぜ!」
「では儂はさっそくメルキュースに声をかけて、上位ダンジョン突撃隊を編成しよう!」
拳を握りしめながら部屋を飛び出していく伯爵。
残された俺はアカリに声をかける。
「なぁアカリ……」
「ん? なんだ?」
「無事に帰ってきたら……結婚しよう」
アカリは──今までで見た中で最高の笑顔を浮かべながら、こう答えた。
「ははっ、そうだな。帰ってきたら──本当の家族となろう」




