31.理由(後編)〜 エネミー 〜
246年前に起きたという〝死者の氾濫″は──当時の廃棄ダンジョンが滅びに向かう際に発生した〝魔力の爆発″によって引き起こされた。
アカリは語る話は、人が決して知ることのない──ダンジョンの真実だった。
「そうで……あったのか……」
ヴァルザードルフ伯爵が唸りながら考え込むが、俺にはひとつ腑に落ちないことがあった。
「そこまでの説明は分かった。だがなぜ……〝死者″が溢れ出たんだ?」
「ダンジョンから弾け飛んだ魔力は、いわばダンジョンのカケラだ。そのカケラには──ダンジョンと同じような特性が宿っている」
「特性って──何だよ」
「さっきも言ったであろう。ダンジョンには、周りの環境やその中に入ったものを取り込んで模倣する特性がある、と」
「……おい……ちょっとまて……」
まさかアカリ、それは──。
「あのダンジョンから湧き出てる〝死者″は──」
「違う、あれは〝死者″などではない。人は死んだら蘇らない」
「あれが死者じゃないってなら、いったい何だってんだよ!?」
本当は薄々気づいてる。
だがどうしても──確認せざるを得なかった。
アカリは俺のことをまっすぐ見つめながら答える。
「あれはダンジョンの中で死んだものを吸収し、模倣して産み出された──ダンジョンの残滓だ」
「ば、ばかな……」
愕然としている俺に代わり、ヴァルザードルフ伯爵がアカリに確認する。
「では、あの〝死者″たちは──ダンジョン内で死んだものたちを模倣したもの、ということなのですかな」
「そうだ。厳密には、ダンジョン内での生前最期の行動を模倣している」
なんと……いうことだ。
あれは〝死者″などではなかった。
〝死者の模倣″という、もっと禍々しい存在だったのだ。
だが──待てよ。
アカリは〝飲み込んだものを模倣する″ことがダンジョンの特性だと言っていた。
だとすると、あのダンジョンに発生しているヤツは──。
「おいアカリ……一つ聞いていいか?」
「なんだ」
「〝死者″と〝エネミー″の違いは何だ?」
斬った感触はよく似ていた。
違いは、人の姿をしているか否か。
……まさか──まさか!?
「もしかしてエネミーもそうなのかっ!? エネミーも……ダンジョンが吸収した死者なのかよ!?」
「そうだ。同じだ」
残酷に、アカリが頷く。
「お主らの言う〝死者″に色がついていないもの。それが──エネミーだ。両者に違いはない。あるのは──魔力量の過多に応じて色がついているかいないかの差だけだ」
「じゃあ……じゃあよ、俺たちが廃棄ダンジョンで戦っていた小鬼や鬼といったエネミーは──」
「もちろん、かつてダンジョンで命を落としたものたちの、生前最期の行動を模倣した存在だ」
「く、首無し小鬼は……」
「かつてダンジョン内で首を落とされて殺された、子供の残滓だ」
「なっ!? なんてことだ……」
俺は、吐き気を堪えきれずにいた。
俺が廃棄ダンジョンで戦い続けていたのは──いったい何だったって言うんだよ!?
あのエネミーたちは……いったいどんな最期をダンジョンで遂げたのだろうか。
首無し小鬼は──遠い昔にダンジョン内で首を切られた子供なのだという。つまり、過去に廃棄ダンジョン内で残忍に子供が殺される事件が、実際にあったのだ。
ダンジョンには、一体どれだけの悍ましい過去が秘められているのだろうか……。
「だがな、リレオンよ。ダンジョンとはそういうものなのだ。多くの命が落とされ、吸収され、模倣されている」
「アカリ殿、ではなぜエネミーは……わざわざ人を襲ったりするのですかな?」
「それは誤解だ、ヴァルザードルフ伯爵。あれは襲ってなどいない。さっきも言った通り、エネミーは単に死ぬ直前の行動を模倣しているだけだ」
「え、それはもしや……」
「ダンジョン内で死ぬ直前に戦っていたものは、エネミーになっても生前を模倣し戦い続ける。だからエネミーは──人を襲うのだよ」
「じゃあエネミーに襲われるのは、人の自業自得だっていうのかよっ!?」
「そうだ!」
アカリはきっぱりと断言する。
「人が、ダンジョン内で人を殺め放置するようなことをしなければ、エネミーが人を襲うことなどなかったのだよ。人を襲うエネミーを生み出したのは──人の業だ」
なんてことだ……。
俺はもう、エネミーを倒すことが出来ないかもしれない。
「だがお主が苦しみを感じる必要はないぞ、リレオン。なにせエネミーは人の残滓だ。本物ではない」
「だが、だがよ……」
「エネミーはな──ダンジョンが定期的に飲み込んだ異物を、人の姿を借りて吐きだしているだけの存在なのだよ」
「……」
あまりの事実に呆然とする中で、アカリは話を続ける。
「話を戻そう。246年前の出来事によって、妾は魔力の大部分を放出した。かつてこの都市が滅びかけたのは──死者のせいというよりも、ダンジョンが弾け飛んだ〝余波″を受けたものなのだ」
「ではアカリ殿、いま〝死者″が溢れている上位ダンジョンも──もしや〝崩壊″すると!?」
「いや、あれは違う」
アカリはきっぱりと否定する。
「あれはダンジョン崩壊の予兆ではない。明確な目的を持って行動している」
「では、今の上位ダンジョンで起こっていることとはいったい──」
「双子のダンジョンにはな、不思議な特性がある。片割れが終焉を迎えると──残ったもう片方が相手を吸収しようとするのだ。まあ……周りにある魔力を吸い込んでしまうダンジョンそのものの特性が単に出てるだけなのかもしれんがな」
「え、それって……」
アカリが言わんとしていることは、もしかして──。
「察しがいいなリレオン、その通りだ。上位ダンジョンが〝廃棄ダンジョン″の〝本体″を吸収しようとしているのだよ。あの〝死者″たちは廃棄ダンジョンのコアを探しに来た──言うなれば上位ダンジョンの〝使者″のようなものだな」
「ちょっと待てよアカリ! 上位ダンジョンが吸収しようとしている廃棄ダンジョンのコアって──」
アカリは俺を見ながらにっこりと微笑む。
「そう──妾のことだ」
「じゃあ……アカリは上位ダンジョンに喰われて消滅するのかよ!?」
「そうだな……ダンジョンとはそうできている。それが妾に課せられた──そう、宿命というものだな」
「ふざけるなっ!」
俺は怒りのあまり思わず声を荒げる。
「なんで、なんでそんなもの受け入れなきゃいけないんだよ!?」
「駄々を捏ねるな、リレオン」
「冗談じゃない、アカリ! この──愚か者!」
アカリの得意な台詞を奪い取ると、驚いた表情を浮かべていた。続けて畳み掛けるように俺は言い放つ。
「アカリは俺の家族だ。絶対に──上位ダンジョンなんかに奪い取らせないっ!!」




