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廃棄ダンジョンで拾った、ちょっと変わった貴族令嬢の話  作者: ばーど
第一章 廃棄ダンジョンの回収屋
3/42

3.アカリ

 金髪の天使は、上半身だけを起こして窓の外を眺めていた。

 見慣れた景色の中に存在する違和感に、思わず息を呑む。


「目を覚ましたのか?」


 あ、思わず素で話しかけちまった。いかんいかん。相手は貴族令嬢だ、丁寧に対応しないとな。


「あー。急に声をかけて失礼したよ、貴族のお嬢様。あいにくとこちらは敬語もろくに使えないんで、ご無礼は勘弁してくれよ」

「……」


 こちらを振り向く少女──ダンジョンから脱出するときはちゃんと顔まで確認していなかったが、改めて見るとすごい美少女だ。

 語彙力がないから上手く表現できないが、彼女は俺が今まで見てきた中で一番顔立ちが整ってる。


「俺の名はリレオン、しがない廃棄ダンジョンの回収屋だ。えーっと、お嬢様は廃棄ダンジョンの最奥部で倒れてたんだ」

「……廃棄ダンジョン?」


 思っていたよりも落ち着いた声だな。


「覚えていないのか? 俺は倒れていたお嬢様を担いで外に救出したんだ。ここはダンジョンの外、俺の家だ」

「……くくっ」

「え?」

「くく……くくく……くはははっ!」


 うわ、なんか急に笑い出したぞ。大丈夫かこいつ。


「そうか、わらわは──成功したのか!」


 成功? 何のことだ?


わらわはやった、やり遂げたのだ! ふははっ! 実に気分が良い、最高の気分だ!」


 そうですか、こっちはドン引きしてるんですが。


「オマエがわらわを運んでくれたのだな。リレオン、よくぞ私をあそこ・・・から連れ出してくれた。褒めてつかわす」

「は、はぁ。お褒めにあずかり光栄です?」


 こんな対応でいいのかな。

 それにしても偉そうだ。いや貴族令嬢だから実際に偉いんだろうけどさ。

 どんな育てられ方したらこんなに横柄になるんだろうか。


「ところでお嬢様、お名前をお伺いしてもいいかい?」

「ん? 名前だと?」


 なんでそんなに驚くかね。

 木の股から生まれたのでなければ、名前くらいはあるだろう。


「名前を聞かないと、お嬢様がどこのお家の方か分からないじゃないか。できればお屋敷まで届けたいんだが」


 ついでに助けた礼金くらいは貰いたいもんだ。

 そしたら俺の魔剣購入資金の足しになるし、こいつの横柄な態度も許せるってなもんだが……返事ないな。なんで黙り込んでるんだ?


「お嬢様、どうして黙ってるんだ?」

「ない」

「え、無い?」

「名はない」


 名前が無いってなんだよ。


「あー、もしかして言えないってことか? 俺みたいな怪しいやつには名乗りたくないと?」


 もしくは家出かなんかして言いたくないとか。


「そうではない。わらわには──まだ・・名前が無いのだ」

「名前が無いって……もしかしてお嬢様は記憶が無いのかい?」

「だから違うと言っておろう! そもそもわらわは貴族のお嬢様などではない!」


 いやいや、そんな綺麗なドレスを着てるんだから誰が見ても貴族令嬢だろうよ。


「じゃあ聞くが、お嬢様はいったい何者なんだい?」

「よくぞ聞いた! わらわは──聞いて驚くなよ?」


 いや、いまさら何を聞いたって驚かないから、もったいぶらずにさっさと言ってくれ。


わらわはな──リレオンが言う〝廃棄ダンジョン・・・・・・・“だ」

「は?」


 ……こいつ、何言ってんだ?


「くくく、驚いたか? 驚いて言葉が出ないか?」


 いや、さすがに意味不明すぎて反応できんわ。

 なんだよダンジョンって。ダンジョンが人格を持って生まれてきたってのか?

 そんなわけあるかよ。どこからどう見てもただの貴族令嬢だろうが。


 参ったなぁ。もしかして俺は〝不思議ちゃん“を拾っちまったのか?

 ……いや違うな。こいつ、俺のことを警戒してるんだ。まともに素性を明かす気が無いんだろう。

 そりゃそうか。こんなに怪しいやつに誰だって簡単に素性を明かしたりはしない。仕方ない、調子を合わせてやるとするか。


「いやー驚いたよ。それじゃあお嬢様はダンジョンの精か何かなんですかね」

「ぜんっぜん分かってないな。わらわはあのダンジョンそのものだと言っておるだろう。リレオンは本当に愚かだな」


 くそー、こいつ腹立つなぁ。


「なるほど、これは大変失礼しました。では──ダンジョンであられるお嬢様の年齢はおいくつくらいで?」

「仕方ない、愚かなるリレオンに特別に教えてやろう。この身体が生まれてから──おおよそ18年くらい経っているかな」


 いや、年齢言ってる時点でダンジョンじゃないじゃねえか。廃棄ダンジョンは有史から存在してるんだぜ?

 それにしてもこいつ18歳かぁ……って、18!?


「あんた成人してるのかよっ!? てっきり13〜4歳くらいかと思ったぞ!」


 あ、いかん。思わず素が出ちまった。だって俺の10歳下には見えないんだもん。

 それに18といえば──あの時のあいつ・・・・・・・と同じ歳になるな。

 あいつに比べて貴族令嬢こいつがまるで子供にしか見えないのは、俺が歳を取ったからなのか、それとも──過去が色褪せるほどの時を過ごしたからなのか。


「……臭いぞ」

「え、臭い? そういやダンジョン出てから風呂入ってなかったしな。ちょっと俺、汗臭いかな」


 なにげに女の子に言われると傷つく言葉ナンバーワンじゃないかな。面と向かって言われると、さすがに凹む。


「違う。それだ」

「ん? 弁当?」

「そう、それ」


 さっき屋台で買ってきたパンとスープを取り出すと、くぅぅぅっと可愛らしい音が聞こえた。


「ああ、腹が減ってたのか」

「妾のために手に入れてきたのであろう? はよう寄越せ」

「お嬢様のお口に庶民のメシが合うかは分かりませんが……」

「つべこべ言わずに、さっさと寄越せ」

「はいはい、わかったよ」


 とりあえず簡易容器に入ったスープをその辺にあった皿に移し、パンを手渡す。

 だが少女は、パンを手に持ったまま口に運ぼうとしない。


「お嬢様、食べないのか?」


 下賎な食べ物はお貴族様の口にはやっぱり合わないか。


「……わからぬ」

「わからない? 庶民の食い物は見たことないって?」

「違う。食べ方が──分からぬのだ。妾は食事をしたことがないからな」

「はい?」


 おいおい。このお嬢様は飯もメイドに食わせてもらってたのかよ。


「じゃあ……俺が食べさせようか?」


 冗談半分、皮肉半分で言ったつもりが、意外にもあっさりと頷く。


「うむ、そうするのだ」

「マジかよ……えーっと、わかったよ、わかりましたよお嬢様。だからそんなに睨むなよ」


 仕方なくパンをちぎって口元に運ぶと、少女は小さな口を開ける。気分は雛鳥に餌をやる親鳥だ。


「むぐむぐ」

「お嬢様、お味はいかがですかい?」

「これが……食事か」


 ええ、これが庶民の食事ですよ。

 続けてスープをスプーンですくって口に運ぶ。


「ほら、あーんしてくれお嬢様」

「あーん?」

「口を開けるんだよ」


 再び開かれた口。綺麗な歯並び、白い歯。これだけ整ってたら間違いなく貴族令嬢に違いない。……なんてことを考えて雑念を追い払いながら、口にスープを運び入れる。


「むぐむぐ」

「ここのスープは美味いだろう? 俺のお気に入りなんだ」

「もぐもぐ」

「おい、スプーンごと食うなよ!」

「ゲホッ」


 ぐえっ!

 こいつ、いきなり咳き込みやがって。食べかすが飛んできたじゃないか。


「慌てて食わなくても飯は逃げないよ。落ち着いて水を飲むんだ」

「……水?」

「おいおい、そこからかよ」


 思わず素で突っ込んでしまうのはもう仕方ないよな。

 水差しからコップに水を注いで渡すと、少し戸惑いながらも受け取る。


「こいつの飲み方もわかんないのですか? ぐびーっと飲めばいいんだよ、ぐびーっと」

「ぐびー?」

「こうだよ、こう」


 俺が飲んでみせると、真似してグビグビとカップの水を飲み始めた。


「おいおい、口から水が溢れてるぜ」


 赤ちゃんかよ。


「ごくごく」

「……お嬢様はまさか何でも全部メイドにやらせてたのか?」


 貴族の生活なんて俺は知らないが、皆こんなもんなのかね。


「メイド? なんだそれは」

「お手伝いをする人のことだよ」

「ではリレオン、お主がそうではないか」

「いや、食事くらいは自分で取れよ」

「む、そういうものなのか。仕方ないのう」


 少女は渋々スプーンとパンを手に取り、食べ始める。

 スプーンを握りしめて食べる様子はまるで幼児だ。

 ……それにしてもガツガツと美味そうに食うな。


「これが食事か……初めて食べたが、とても……そう、美味いな。身体が喜んでいる」


 そりゃあ上品な貴族様は、こんな下賎な飯は食わないだろうな。

 見た目はイマイチだが、濃い味付けやコッテリとした味わいは下町ならではだ。下々の食事が口に合ったようでなによりだよ。


 それにしてもこいつの食いっぷりは気持ちいいな。見てるこっちも腹が減るぞ。

 スプーンは一個しか無いから、パンを直接スープに浸して食おう。


「ほう、そういう食べ方もあるのか」


 いや、そこまで真似しなくても。

 小綺麗な女の子が俺の真似をしてスープにパンを浸しながら食う姿はなかなかシュールだ。


「真似されると、さすがに食い方に気を使うな」

「……?」

「いや、なんでもない。気にせず食ってくれ」


 スプーンやフォークを買わなきゃいかんな。変なクセを覚えて、あとで親にバレて怒られて報酬減らされても嫌だしな。


「なぁお嬢様。名前も無いと呼びにくいから、俺が名前をつけてもいいかい?」

「おぬしが妾の名を?」

「そんな深刻なもんに捉えないでくれ、仮だよ仮」


 嫌なら本名を教えてくれないかな。


「ふむ……それもまあ一興か。良かろうリレオン、妾を名付けるが良い」


 さて、なんて名付けようか。

 思い浮かぶのは──彼女と最初に出会ったときのこと。

 薄暗いダンジョン。ランタンに反射して輝く彼女の黄金色の髪。

 突如現れた、暗闇を照らす〝灯り″。

 そうだな、であれば──。


「……『アカリ』、っていうのはどうだ?」

「アカリ?」

「ああ、暗闇に灯る光のことを指す言葉だ」

「光か……なるほど、ダンジョンから出てきた妾に相応しい名だな。よかろうリレオン、妾は今日からアカリだ」


 良かった、気に入ってくれたみたいだ。


「よろしく頼むよ、アカリお嬢様」

「ああ、よろしくなリレオン」


 じっと俺の目を見つめながら名を呼ばれるて、思わずドキリとする。

 吸い込まれそうな、金色の瞳。

 ゆっくりと瞬き、そのまま──閉じられる。


「え?」


 コテン、ベッドへと倒れこむアカリ。


「は? どうした──って寝てんのかよ」


 聞こえてくる、規則正しい寝息。

 こいつ、よっぽど腹減ってたんだなぁ。


「ったく……一つしかないベッドで寝やがって。俺はどこで寝ればいいんだよ」


 まったく、とんだ一日だったな。

 悪態をつきながらも、俺はぐっすりと眠るアカリにシーツをかける。

 仕方ない、今日は床で眠るとしよう。

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