27.なんちゃって貴族
ここから第四章になります!
結局、ヴァルザードルフ伯爵は本当に【王国宝守隊】を引退した。
まあ仕方ないだろう、彼は大きな禁忌を犯したのだからな。
でも彼の罪のおかげでアカリと出会うことができた俺としては、あまり罪を問うつもりもない。
アカリについては──分からないことはたくさんある。
彼女がダンジョンであることもそう、今後どうなっていくのかもだ。
「分からない、時が来れば分かるようになるかもしれんな」
などと言い放ち、本人は語るつもりもなさそうだ。
……いや、こいつはウソはつかないんだったか。なら本当にわからないんだろうな。
だがそれでもいい。
アカリは俺にとって大切な〝家族″であることは変わらないんだから。
◆
「おいおい、何だよこの部屋は……」
今や俺の居場所となった来客用の部屋に入ってきたバーパスが、キョロキョロと見渡しながら唖然とした声を上げる。
「すごいだろ? まるでお貴族様の一員になったみたいだぜ」
「まあ俺も貴族邸にはお呼ばれするから分かるがよ、しょせんは子爵家だもんな。伯爵ともなると調度からなにまで最高級なんじゃないのか」
「まったくだ、汚れた服装で入るのが憚られるぜ。まあ我らがパトロン様は服まで融通してくれるから苦労はしないんだがな」
俺はヴァルザードルフ伯爵から贈られた服を見せびらかす。
庶民の俺を慮ってくれたのか、シンプルな白いシャツに黒いズボンなのだが、手触りから色合いまで別格だ。
「髭も剃って髪も後ろで束ねて……まるでどこかの貴族の次男坊みたいじゃねえか」
「まったく皮肉がすぎるぜ、勘弁してくれよ」
さすがに居候してる身では酒をガバガバ飲むのも気が引けるので、ティーカップに高そうな蒸留酒を注いでバーパスと杯を合わせる。
「ティーカップで乾杯とか、呑んだ気がしねぇぜ」
「まったくだ、なんちゃって貴族はやはり中身までは高尚になれないらしい」
「だが……見ず知らずの俺までヴァルザードルフ伯爵の恩恵を得ることが出来た。感謝しかねぇな」
「そうだな」
実はバーパス、先日伯爵に会わせた際に色々と便宜を図ってもらっていたのだ。
『君がバーパス君かね、リレオン殿とアカリ殿から話は聞いてるよ。非常に優秀で強く、友誼にも厚い探索者だとね』
『ああ、いや、その……ありがとうございやす』
『本当は君のことを支援したいのだが……君の今のパトロンはライラローズ子爵のガーベラ殿であろう?』
『は、はぁ……そうでございます、お恥ずかしながら』
『君の了解も得ずに誠に恐縮なのだが、勝手に手を回させてもらった。もう少し時間はかかるが──君はじきにフリーになれるだろう』
『えっ?』
『報復が恐ろしいかい? なぁに、こう見えて儂は〝伯爵″だ。子爵如きは歯牙にも留めんよ。それにもう──怖いものも恐れるものもない人生であるからな』
『は、はぁ…すいません、ありがとうございます。マジか……』
以降、バーパスは格段に自由度が上がっていたのだ。
「どういう訳か、あのババアの呼び出しも減ってよぉ。ありがたいことに、もうすぐ自由になれそうだぜ。だがよリレオン、何がどうやったら──こうなるんだ? もともと伯爵とは面識も無かったんだろう?」
「なんでもアカリが、駆け落ちして行方不明になった娘に似てるから応援したいんだとさ」
「はぁー、たいしたもんだなぁ」
バタン。
なんの前触れもなく部屋の扉が開き──華やかな黄色のドレスを着たアカリが飛び込んでくる。
「見ろリレオン、伯爵が妾にこのような服を貢いできたぞ! おおバーパスも来てたのか」
「おおー、すごく可愛いじゃないか。良かったな」
「ひえー、アカリちゃん可愛くなったもんだなぁ」
きちんと着飾られたアカリは、驚くほどの美少女になっていた。
もしアーデルハイド嬢が生きていれば、このようになっていたのだろうな。
「パトロンとは素晴らしいものだな。まだ別の色のドレスもあるらしいから、着替えてくるぞ」
「ああ、行ってらっしゃい」
慌ただしくアカリが出て行く様子を二人で眺めながら、俺たちは失笑を漏らした。
「おいおい、伯爵様はアカリちゃんのこと溺愛じゃねえかよ」
「まったくだよ……ところでバーパス、『栄光への挑戦者』の活動はいまどうなってるんだ?」
「どうもこうも休止中さ、なにせメルキュースの旦那が【王国守宝隊】を引き継ぐんだからな」
ヴァルザードルフ伯爵は家督をメルキュースに継ぐ予定らしい。
元々婿入りを打診していた時点で予定していたそうだが、今回正式に改めて依頼したそうだ。
つまりいずれメルキュースが次代のヴァルザードルフ伯爵になるわけである。
今の伯爵様は家督を譲ったあとも俺たちのパトロンをしてくれるそうなので、正直ヴァルザードルフ家がどうなろうと知ったこっちゃない。
「上手くやりゃ、お前が家督を継げたんじゃないか?」
「勘弁してくれよ、柄じゃないぜ」
「でもよ、あの様子だと伯爵様はアカリちゃんのことを相当気に入ってるだろう? 結婚しちまえばワンチャンあるんじゃないか?」
「け、結婚!?」
アカリと結婚だって?
そんなこと考えたこともなかったよ。
「まあいいさ、でも俺は──その時を楽しみにしてるぜ」
まったく、余計なお世話ってやつだぜ。
◆
そうそう、俺は最近カイルを鍛え始めた。
逃げ回るカイルをバーパスに捕まえてもらって、伯爵邸まで連れて来てもらい、庭で鍛え始めたのだ。
「あんだよ、鍛えるなんて回りくどいことしなくてもオレと一緒に廃棄ダンジョンに潜ってくれればいいじゃねえかよ!」
「ダメだな、俺のチームはアカリだけだ。自力で鍛えろ」
そもそも俺におんぶに抱っこじゃ、いつまで経っても成長しないからな。
カイルはセンスがあるし、鍛えた方が今後のためになるだろう。
「くそっ、その腰に差した魔剣でさっさと稼いでおこぼれをオレにくれればいいじゃないか」
「自分で稼がなきゃ意味ないだろ? まあ、もし俺に何かあったらこの魔剣をくれてやるさ」
「早くくたばれ、ばーか!」
「そうは行くか」
木製の剣を互いに持って撃ち合う。
カイルは誰からも剣術を習ってないというのに、俺の剣を必死になって防いでいる。
たいしたもんだ、やはり目がいいな。鍛えれば間違いなくモノになるだろう。
「はぁ、はぁ……この化け物め……なんて剣の腕をしてやがるんだ。まるで当たる気がしねぇ……」
「ははっ、俺くらいの奴なんてその辺にゴロゴロしてるだろうさ」
「ゴロゴロしていてたまるかよっ!」
それこそバーパスのところの【貴公剣士】メルキュースなんて、別名【剣聖】なんて言われてるくらいだ。ヴァルザードルフ伯爵の後を継いで【王国宝守隊】のトップに立つことに異論が出ないほどの剣の腕と聞く。
「メルキュースなんかに比べたら、俺なんて片手で捻るような存在だろうさ」
「お前……変わったな」
「そうか?」
「ああ、なんか上手く言えないが……棘がなくなったな」
だとしたらそれは──アカリのおかげだろうな。
本人には絶対に言わないけどな。
「ほれ、そんなことよりも続きをするぞ! 今のままじゃ廃棄ダンジョンの最奥までも行けないぜ?」
「ぐへぇ、勘弁してくれよ……」
最初は文句ばかりのカイルだったが、この調子で一月近く毎日鍛えていたら、あまり文句も言わなくなってきた。
「ハッ! シッ!」
「よし、その調子だ。エネミーは背後からも来るぞ!」
「おうよっ!」
「……なあバーパスよ、あやつらは何が楽しくて笑いながら撃ち合っておるのだ?」
「アカリちゃんよ、あいつらは脳筋なのさ。強くなるのが楽しくて仕方ないんだよ」
「そういうものなのかのぅ、変な奴らだ」
こうして俺たちは、紆余曲折ながらも充実した日々を順調に過ごしていた。
そしてこんな日々はしばらく続くものだと思っていた。
──【原色の悪夢】が、上位ダンジョンのレベル3に出現したという情報を聞くまでは。




