25.アカリの正体
「大愚か者め……」
アカリが本気で怒ってるのを見たのは初めてかもしれない。いや、あれは怒ってるというよりも──叱ってる?
「お主か、この身体を廃棄ダンジョンに捨てたのは」
「す、捨ててなどはいない! 儂は、娘に蘇って欲しくて──」
「愚か者、死者が蘇るわけないであろうが」
ピシャリとアカリに断言され、ヴァルザードルフ伯爵は押し黙ってしまう。
「人とはなんと愚かな生き物なのか。なぜ叶いもしないことを無闇に信じてしまうのか」
「おおぅ……うぅぅ……」
「そのようなことをするから、妾にいろいろなものが混じるのだ」
アカリはまるで幼児を諭すような哀れみの目を伯爵に向ける。
「……だが一つ、お主に感謝をすることがある。この身体を妾に捧げたことだ」
「おおぅ……ではあなたは……儂の娘の姿をしたあなたは……」
俺も耐えられなくなって、アカリに問いかける。
「アカリ──お前は一体なんなのだ?」
「妾か? だから何度も言っておるであろう、妾は──〝ダンジョン″だ」
「おい、お前この期に及んで──」
煙に巻いて誤魔化そうとしているのか?
そう言いかけて、ようやく自分の過ちに気付く。
──いや、こいつは真実アーデルハイドではなかった。
じゃあアカリが言ってることは──。
「……もしかして本当、なのか?」
「妾は一度もお主に嘘などついておらん」
アカリは一貫して自分を〝ダンジョン″だと言い続けていた。
それは──本当だったというのか。
「妾は、お主らが〝廃棄ダンジョン″と呼ぶそのものだ」
ダンジョンが、人になるものなのか。
信じられない、いや真実なのだろう。
だが廃棄ダンジョンそのものと言われても──どうにもピンとこない。
俺と同じ疑問を持ったのか、伯爵がアカリに尋ねる。
「すまないアカリ殿、儂にもわかるように教えてもらえるだろうか。あなたがダンジョンというのは──」
「文字通りの意味だ。そうだな、お主らに分かりやすく言うならば──妾は〝ダンジョンの意思″と言ったところであろうか」
ダンジョンに意思? そんなものが……あるのか?
そもそもダンジョンは有史以来存在している。
じゃあアカリは──。
「で、ではアカリ殿は──廃棄ダンジョンとしての全ての記憶や魔法道具などを持ち合わせた存在、というとなのだろうか?」
「いや、そういうわけではないな。妾に誕生の記憶はない。妾の意識はずっと希薄だった。何の意識も持たず──永くそこに在るだけだった」
少し遠い目をするアカリ。
寂しいのか、それとも──懐かしいのか。
「しかし最近、妾に異変が起こった。理由は分からない。気がつくと妾は──己の〝意思″のようなものを持ち始めていた」
「最近、なのですか」
「うむ、とはいっても所詮はダンジョンだ。今のように全てを把握して意識しているというよりも、ぼんやりとダンジョン内を観察しているような状況であったな。それでも──人に興味を持つには十分であった」
「人に……」
「人の姿を見るうち、妾も人のように動いてみたいと思うようになった。だがダンジョンは、人を作ったり蘇らせることはできない。そんなとき──この少女の身体がダンジョン内に置かれた」
ヴァルザードルフ伯爵がアーデルハイドの遺体をダンジョンに安置したことだな。
「生命活動は停止しておるものの五体満足な素体と触れ合ったのは、妾が意識を持ってから初めてだった。だから妾はこの身体に入ってみようと試みた。やってみると──意外にもあっさりとできた。それが偶然なのか相性なのか、はたまた鮮度の問題かはわからない。だが結果として上手くできたのだ」
アーデルハイドの身体に〝ダンジョン″としての〝意思″が入り込み──〝アカリ″という存在が生まれた。
「あとはリレオンの知る通りだな。故に妾は今ここにいる。ヴァルザードルフ伯爵よ。それが──妾という存在だ」
「アカリ、俺も一つ聞いていいか?」
「なんだリレオン、改まって。別に聞いても良いぞ」
「アカリは──なんのために人になったんだ?」
「何のため……難しい質問だな」
真剣に分からないようで、腕を組んで頭を傾げるアカリ。
「そうだな……強いて言うなら〝興味″だろうか。ただ本当の理由は分からぬ」
「分かんないのかよ」
「妾は己のことをそれほど分かっているわけではないのだ。ただ──不意に理由が分かることもある。閃きのように頭に答えが降りてくるのだ。今の時点ではっきりと分かることは……ひとつだな」
「それはなんだ?」
「お主らが〝廃棄ダンジョン″と呼んでいるあの場所は──もはや抜け殻だ。そう遠くないうちに完全に消滅してしまうであろう。何せその本体とも呼べる妾がこうしてここに居るわけだからな」
おいおい、廃棄ダンジョンは消えちまうのかよ!
「ダンジョンが消えるって……そんときアカリはどうなるのさ!?」
「今は分からんな。なったときに初めて分かるかもしれないし、答えが突然閃くかもしれない。そのときまでは──妾はリレオンとチーム『天差す光芒』を満喫するつもりだ」
それまで黙って話を聞いていたヴァルザードルフ伯爵が、顔を上げてアカリを優しい瞳で見つめる。
「ひとつ──アカリ殿に尋ねたい」
「なんだ?」
「ダンジョンとは──すべてアカリ殿のように意思を持つものなのですかな?」
「妾が偶発的に生まれた存在なのか、はたまた当たり前の存在なのか──正直、他のダンジョンのことはわからん。ダンジョンはそれぞれ個別の環境によって全く異なるものだからな」
説明は終わった、とばかりにアカリが両手をパンと打つ。
「さあ、これが今の妾に話せることの全てだ。どうだ、ヴァルザードルフ伯爵、妾に恨み言でもあるか?」
挑発的な表情を浮かべるアカリ。
対するヴァルザードルフ伯爵は──。
「儂は……」
「身体を返せと言っても返さんぞ? もうお主が放棄したものだからな。恨もうが憎もうが自分の勝手──」
「アカリ殿に、心の底から感謝しております」
晴れやかな表情で口にしたのは、感謝の言葉。
「娘はもう、永遠に失われたものと思っておりました。ですがこうして──儂の前に姿を現してくれた。しかも、元気であったらこうであろうという、夢にまで見た健康的な姿で」
伯爵の目に浮かぶのは──涙。
「儂は全てを賭けて娘を愛した。その娘の命は失われてしまったことを──たった今、完全に受け入れました。アカリ殿には感謝の気持ちしかない。ありがとう、儂は……あなたのおかげで夢を見ることができた」
「……礼には及ばんよ」
「アカリ殿にひとつ、お願いがあります」
「なんだ? 可能なことならば受け入れようではないか」
「一度だけ……抱きしめさせてもらえないだろうか」
あっ、これはアカリなら絶対断るだろうな。
ところが意外にもアカリは──。
「よかろう、だが一度だけだぞ?」
ヴァルザードルフ伯爵の願いを受け入れたのだ。
「おおぅ……アーデルハイド……あぁぁ、ぅぅうぅ……」
大粒の涙を流し、号泣しながら──ぎこちなくアカリを抱きしめる伯爵。
俺はただ黙って──〝父娘″の最期の抱擁を眺めていたんだ。




