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24.アーデルハイド

「伯爵の……罪?」


 分からない、何を言ってるのか分からない。

 だがヴァルザードルフ伯爵は全てを悟ったかのように……落ち着いた表情で語り始めた。


「儂は娘を──アーデルハイドを愛していた。妻がアーデルハイドを産んでから産後の肥立が悪く亡くなってからは、溺愛したと言っても過言ではないだろう」


 語られるのは、伯爵と娘の過去。


「アーデルハイドは生まれた時から体が弱かった。医師の見立てでは、内臓に不具合があったらしい。あらゆる手を使って薬や治療を施したが、良くなることはなかった」

「あんたの娘は……病弱だったのか?」

「そうだ。アーデルハイドはほとんど外出・・・・・・することも・・・・・できなかった・・・・・・。それほどに身体が弱かったのだ。医師は10歳まで生きられないだろうと言っていたが──18まで生きることは・・・・・・できた・・・


 思い浮かぶのは、出会った時のアカリのこと。

 彼女はガリガリに痩せ細って・・・・・いた。

 最初は虐待でもされていると思っていた。だが真相は──病によるものだったのだ。

 だとすると、今のアカリは……。


「儂は、なんとかアーデルハイドに生きて欲しかった。婚約者を見つけて、生きる希望を与えたりした。アーデルハイドは……【貴公剣士】メルキュース殿のことを応援しておってな。無理を言って婚約までこぎつけた」

「ああ、メルキュースとの婚約は伯爵側からの働きかけだったのか」

「うむ、メルキュース殿とは婿入りの話が進んでいた。彼には儂の【王国宝守隊】の業務を引き継いで貰おうと思っていた。……アーデルハイドが元気であれば・・・・・・


 アカリは今、元気になって目の前にいる。

 だが伯爵の言い方は──。

 伯爵にとって、アカリは・・・・アーデルハイド(・・・・・・・)ではない・・・・かのようだ。


「だが……18の誕生日を迎えようとしたある日のこと、アーデルハイドの容態は急変した・・・・・・・

「えっ?」

「医者には18まだ生きていることが奇跡だと言われた。儂は奇跡なんかどうでもいい、とにかく生き続けてほしいと願っていた。だが──願いは・・・叶わなかった・・・・・・


 叶わなかった?

 じゃあ、それは……。


「ま、まさか……あんたの娘は……」

「あれは、4ヶ月前の嵐の日だった。アーデルハイドは……静かに息を引き取った・・・・・・・んだ」


 な……なんだって?

 アーデルハイドは……死んだ?

 じゃあ、じゃあ、ここにいるのは──。


「どういうことだ、アカリは──」

「儂は現実を受け入れることが出来なかった。アーデルハイドは死んでなどいない、あの子の死を……到底受け入れられなかった。そんなとき──あることを思い出した」


 伯爵が病んだ目のまま微笑む。

 何を──思い出したんだ?


「儂は【王国宝守隊】の隊長だ、ダンジョンのことは誰よりもよく知っている。ゆえに──【廃棄ダンジョン】に過去にあった、ある大事件・・・・・のことを思い出した」

「どんな──事件なんだ?」

「かつて廃棄ダンジョンから──死者が蘇った・・・・・・ことがある・・・・・、というものだ」

「ばっ!?」


 バカなっ、そんなの伝承だろ!?

 いや……ある。回収屋や探索者に課せられた義務。

『死者は必ずダンジョンから出さなければならない。死者が蘇って街を襲うから』

 まさか──。


「あの伝承は……実際に起こったこと・・・・・・・・・なのか!?」

「そうだ。君たち市井には正しく伝わってないかもしれないが……限られたものだけが読むことが出来る王国の歴史書に、明確に書かれている」

「な……なんだって」

「今から246年前、王国歴1238年に実際に発生したのだよ。廃棄ダンジョンから──死者が溢れ出るという大事件がな」

「ふん、くだらん。そんなもの残滓が漏れ出た・・・・・・・だけであろう」


 ここで初めてアカリが口を挟む。

 なぜお前が、そんなことを言う……?


「そうだな、その通りだ。歴史書に記されていたことは──当時【恵みのダンジョン】と呼ばれていたダンジョンから一気に死者たちが溢れたこと。死者たちによって王都が壊滅的な打撃を受けたこと。3日のうちに死者たちが消え去ったこと。その後──当該ダンジョンの魔法道具の排出率が著しく下がり【廃棄】扱いとなったことだ」

「じゃあ、あの……【廃棄ダンジョン】は……」


 実際に死者が溢れ出て、その後〝廃棄ダンジョン″になったのか。


「だから王国は、その時の教訓を後世に伝え──同様の事態の再発防止のため、ダンジョン内に死者を放置することを禁忌タヴーとした」


 そうだったのか……。

 じゃあ……伯爵がやったことは──。

 伯爵の罪とは──。

 まさか──。


「伯爵、あんたまさか──」

「そのとおりだ」

「禁忌を……犯したのか?」

「ああ、そうだ」


 なんてことを、なんてことを。

 この伯爵は……。


「儂は娘の死が受け入れられなかった。だから藁にもすがる気持ちで──アーデルハイドの亡骸を抱えて……〝廃棄ダンジョン″へと潜った」

「あんたは、あんたは──娘の遺体を・・・・・廃棄ダンジョンに・・・・・・・・遺棄した・・・・のかよっ!!」


 俺は思わず伯爵の胸ぐらを掴んでいた。

 それは人として、絶対にやっちゃいけないことだ。

 なんてことを。

 なんてことをするんだ。


 だが伯爵は──泣いていた。

 大の大人が、大粒の涙を零しながら泣いていたのだ。


「儂は、儂は、どんなことがあっても娘に生きていて欲しかった! それがたとえ、禁忌を犯すことになろうとな! 儂は、儂は、アーデルハイドを愛していたのだ! アーデルハイドがいない人生など考えられないのだ! おおぅ、おおぅ……」


 俺は……何も言えなくなった。

 伯爵の娘への愛情は本物だ。


 彼は大罪を犯した。

 だが本当に生き返るのだとしたら……果たして俺も素通りすることができるだろうか。

 ミーティアが生き返るとしたら。

 俺の人生そのものを賭けてでも、ミーティアが生き返るとするならば……。

 俺も同じ手を使わないと言い切れるだろうか。


 気がついたら、俺は伯爵を掴んでいた手を離していた。

 崩れ落ちる伯爵は、まだ言葉を続ける。


「……精一杯着飾ったアーデルハイドを、儂は廃棄ダンジョンへと連れて行った。入口の兵士は儂が一言言うとすんなり通してくれた。ダンジョンの最奥の地で優しく寝かせると──しばらくして、ゆっくりとダンジョンへと沈んでいった。そう、道具をダンジョンに沈める時のように……」

「……」

「その場でしばらく待ってみたが、なんの変化もなかった。仕方なく儂は館へと戻った。周りのものたちも娘が居なくなったことに気づいていた。儂は──療養のために田舎へと移り住んだと伝えた」


 伯爵は、それからの日々をどうやって過ごしたのか……。


「メルキュース殿には、娘の容体が悪化したため結婚は不可能になったと伝えた。彼には──申し訳ないことをした」


 婚約は、メルキュースから断ったわけじゃなかったのか。


「儂はまるで白昼夢の中にいるような日々を過ごしていた。ふとした拍子に廃棄ダンジョンからアーデルハイドが戻ってくるのではないか、と思うようになっていた。そこで儂は──捜索依頼を出すことにした」

「それが、あの依頼か」

「正直、見つかるとは思ってなかった。儂はアーデルハイドが居なくなったことを受け入れたくなかっただけかもしれない。だが──こうして、そなたたちはやってきた」


 じぁあ、だとしたら……。

 アカリは……。


 アカリは一体、何者なのだ・・・・・


 アカリに視線を向けると、彼女は──。


「……この、大愚か者め」


 腕を組んだまま──怒った表情で、そう口にしたんだ。

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