23.父娘の再会
なぜ……驚いている?
ヴァルザードルフ伯爵の反応に違和感を覚える。
「いや、すまない。その剣は使い続けていい。むしろ貰ってくれて構わない」
「え、いいんですか?」
「あ、ああ……もちろんだとも」
そう答える伯爵の手は震えていた。
そういえばアカリの話をしている間、伯爵は黙りっぱなしだった。久しぶりに聞いた言葉がなんとも歯切れが悪い回答だったのだが……まあ関係ない。貰えるのであれば貰っておこう。これで気兼ねなく【如意在剣】を使えるぞ。
ああ、そうだ。大事なことを伝えなければ。
「あの俺、アカリ……いやお嬢様にはなんの手も出してないんで」
「あ、ああ、君のことは信頼しておるよ」
出た、ここでも信頼。
なぜ簡単に俺のことを信用できる? 俺はどちらかといえばダンジョンの禁忌を犯した存在として忌避されてるくらいなのに。
懐が深いだけじゃない、何か別の理由を感じる。
「すまぬ、儂としてはもう少し色々と聞きたいこともあるが……今宵は急であったし、リレオンくんも疲れておるだろう。ともかく今日は休んでくれたまえ、部屋は用意させている。明日アーデルハイドが起きたところで、また色々と話をさせてもらえないかな」
「え、ええ。それでよければ……わかりました」
どうやら今日はお開きみたいだ。
伯爵もかなり疲れてるみたいだし、お言葉に甘えて泊まらせてもらうとするかね。
◆
執事に案内されたのは、先ほどまで待機していた来客用の部屋。
高そうな家具、高そうな花瓶、高そうな絵……おそらく俺の人生でこんなに豪華な部屋に泊まることは今後ないだろう。
うちのベッドの3倍くらい大きくて立派なベッドで横になり、ぼんやりと天井を眺める。
「伯爵の反応、あれはなんだったんだ?」
ヴァルザードルフ伯爵の反応は──明らかにおかしかった。
あれが久しぶりに娘に会った父親が取る態度なのだろうか。
「でも、やっぱり家族なんだよなぁ……」
多少の疑問は残るものの、彼がアカリの父親であることの確信は持てた。なにせ──顔が似ているのだ。伯爵の面影が、アカリにははっきりとある。
家族は、血縁は大事だ。
父親としての反応が鈍かったのも、急にアカリが見つかったからどう接していいか分からなくなっているだけなのかもしれない。
一度は無理して会わせなくていいかとも考えたが、伯爵に会ってみると、やはり家族は一緒にいる方がいいのではないかと思ってしまった。
やはりアカリは、このままこの家にいた方がいいのか──。
いずれにせよ明日、アカリと話そう。
アカリが目覚めれば色々なことが分かるようになるだろうさ。
◆
──翌朝。
どーん、という爆発音で目を覚ます。
慌てて来賓部屋から飛び出し、音のした方──〝アーデルハイド″の部屋へと向かう。
「アカリ、可愛らしい格好で何してる」
「おおリレオンか。なんだか寝ていた場所と違う場所で目覚めたから、驚いて暴れてしまったぞ」
でかい音は、可愛いフリフリのナイトウェアを着たアカリが屋敷の扉をぶち破った音だった。
ったく、いきなり暴れなくていいのに。メイドさんたちがビビって震えながらしゃがみ込んでるぞ。
「暴れなくても普通に呼んでくれれば来たのに」
「ここはどこだ? なぜ妾はここにいる?」
「何回も起こしたけど起きなかったのは誰だ?」
「む、むぅ……」
俺の冷たい視線を受け、すぐに大人しくなるアカリ。
周りのメイドさんたちよ、尊敬の眼差しを向けられても俺だって本気で暴れるこいつを抑えられる自信は無いからな?
「ここはお前の家だろう、覚えてないのか?」
「妾の家?」
「ああ、お前の父親であり【王国宝守隊】の隊長を務めるヴァルザードルフ伯爵の邸宅だ」
「【王国宝守隊】……なんだそれは?」
「何言ってんだ、上位ダンジョンに宝物を喰わせる尊いお仕事じゃないか。ようはアカリの父親はダンジョンの専門家で、おまえさんの奇妙な技の数々は親父さんから教わったのだろう?」
俺の言葉にしばらく考え込むアカリ。
なにを──考え込む?
「ふぅん……そういうことか」
なんだ、この反応は。
伯爵と似たような奇妙な反応。
親子で似なくてもいいのによ。
ちょうどヴァルザードルフ伯爵もやってきた。
感動の、父娘再会の場面だ。
「アーデルハイド……」
震える手を伸ばす伯爵。
だがアカリは無言で両腕を組んだまま、なんの反応も示さない。
「……皆のもの、下がっていてくれ」
ヴァルザードルフ伯爵が声をかけ、駆けつけた騎士やメイドたちが下がっていく。
俺も気を利かせて下がろうかと思ってたら、アカリから「リレオンは残っておれ」と言われてしまった。伯爵も反対では無いらしい。
なんだよ、親子水入らずを邪魔するほど俺は野暮じゃないぞ? それともやっぱりいきなり二人きりは恥ずかしいのかな。
仕方ない、俺が間を持ってやるか。
「どうしたアカリ、照れてるのか?」
「リレオン、こいつは誰だ?」
「おいおい、なにすっとぼけてるんだ? まさかこの人のことを知らないなんて言わないだろうな」
お前は父親の顔も忘れたのかよ。
だが──アカリは心底呆れた表情で俺に言い放つ。
「何を言っておる。妾はこやつのことを──まったく知らないぞ」
「は?」
なんだって?
「アカリ、お前……自分の父親の顔も忘れたのか?」
「父親? はぁん、なるほどね」
なにやら意味ありげに呟くと、伯爵へと近寄っていく。
「お前がそうなのか」
「……アーデルハイド」
「違う。妾はアカリ、アーデルハイドではない。そのことはお主が一番よく分かっているであろう?」
「……」
とても、父娘のものとは思えない異質な会話。
異変を感じた俺は慌ててアカリに声をかける。
「おいアカリ、どうしたんだ!?」
「リレオン、この者はなんという名だ?」
「え、ヴァルザードルフ伯爵だが……どういうことだよ!?」
「ヴァルザードルフ伯爵とやら、お主は分かっておったんだろう? 分かっていて……やったのであろう?」
「……」
「それが、この結果だ」
「うぅぅ……あぁぁ……」
呻くように、言葉にならない言葉を発する伯爵。
だめだ、これは明らかにおかしい。
「お前なに言ってる!? 伯爵が何をしたって言うんだよっ!!」
「それは妾の口から言う話ではないな」
感情のこもらない声で、アカリは氷のような冷たい視線を伯爵に向ける。
「ヴァルザードルフ伯爵よ、自分の口で話すがいい。己がやったことを」
「ひとつ、教えてくれ……アーデルハイドは、娘は……」
「妾がこうしてここに居ることが、その答えだ」
「では、では、おおぅ……ううぅ……」
なぜかボロボロと涙を流し、そのままアカリ足元に崩れ落ちるヴァルザードルフ伯爵。
なんだ、何が起こってるんだ?
ただ一つだけわかることがある。
どうやら俺だけが置いてけぼりだってことだ。
──どれくらい時間が経っただろうか、落ち着きを取り戻したヴァルザードルフ伯爵が立ち上がり、ハンカチで涙を拭く。
言葉をかけれない、かける言葉もない。ただ伯爵が何か口にするのを待つ。
しばらく沈黙したあと──ヴァルザードルフ伯爵はようやくその重い口を開いた。
「これは──儂の罪だ」




