21.来訪者
『栄光への挑戦者』は5人で構成されたチームだ。【貴公剣士】メルキュースを筆頭に重戦士の【悪食】バーパスが前衛を務め、他に偵察役、荷物持ち、魔法使いの後衛3人がいた。
ちなみにバーパス以外の3人は全員女性。しかも──。
「ねぇメルキュース、今度あたしと新しく出来たカフェに行こうよー」「なによ、メルキュースはうちと雑貨屋に行くんだから!」「二人ともやめろ、メルキュースが困ってるではないか。残念だが彼は私と本屋に行くのだよ、ふふふ」
「はいはい、わかったから3人とも落ち着け。わざわざ煽るなよ」
いつものようにメルキュースを巡って言い争いをする三人娘を宥めるのがバーパスの仕事であった。
「黙れ筋肉ダルマ」「ばーかばーか」「自分がモテないからと僻むなバーパス」
「くっ……こんなときだけ結託しやがって。いいから大人しくしとけよ」
散々言われながらも三人娘を引き剥がしたところで、澄まし顔のメルキュースが軽く手を挙げる。
「いつもすまないな、バーパス」
「良いってことよ。ところで……なぁメルキュースの旦那よ、あんたも大概罪な男だなぁ」
「罪? 私が? まあこの恵まれた才能と美貌を持って生まれたことが罪といえば罪だが」
「いやいやそうじゃなくてよ、風の噂で聞いたぜ? 例の高額捜索依頼の貴族令嬢、あんたの元婚約者だったんだろ? なんでもあんたから婚約破棄したらしいな、モテる男は罪深いなぁ 」
いつもであればバーパスが振った軽口に自意識過剰気味な返答をするメルキュースであったが……なぜかすぐに返事をしない。
「どうしたぁ、メルキュースの旦那」
「……いや、その噂は少し真実と異なる」
「ん?」
「私は婚約破棄などしていない。婚約を破棄してきたのは──先方の家のほうなんだ」
「……えっ?」
そう語るメルキュースの表情は、珍しく──真剣なものだった。
◇
俺は──〝家族″に縁が薄かった。
だからこそ家族というものに憧れがあった。アカリにとっても実家に帰ったほうが幸せかなんじゃないかと思っていた。いや、思い込んでいた。
だが……もう無理強いするのはやめた。
アカリが良いなら、今のままでもいいじゃないか。そう考えるようになったんだ。
完全に吹っ切れた。だからもう実家のことを聞くのもやめた。
俺たち『天差す光芒』は、チームとして──引き続き上位ダンジョンで上を目指すのだ。
「リレオン、お前は悪いやつだな」
上位ダンジョンでの探索が終わり、いつものように一人で受付に向かっていると──俺に声をかけてくる存在がいた。
「お前は……あのときの少年」
「オレの名前はカイルだ」
「そうかカイル、お母さんは元気か?」
「善人ぶるんじゃねえよっ!」
想像を超える強い反発。
俺、そんなにこいつに恨まれるようなことをしたかね?
「なんだよ、どうしたってんだ? 前にお前の誘いを断ったのは悪かったって、一度謝ったじゃねえか」
「なんでお前だけ……」
「ん?」
「なんでお前だけ恵まれてるんだよ!」
は? 俺が恵まれてる?
「あんたはこれまで、廃棄ダンジョンに君臨する最高の剣士だった。ただそれはあくまで──〝廃棄ダンジョン″という底辺の世界での話だ」
「まあ……そうだな。無駄に長く廃棄ダンジョンに潜ってたからな」
「それがどういう幸運か、あんたは魔剣を手に入れた。所詮は下の世界だけの目立つ存在だと思ってた。なのにあんたは──今のところ成功を収めていやがる」
「まあ……そうなのかもな」
「なんでなんだ、あんたはオレは見捨てたくせに……可愛い女の子はちゃんと世話して、バーパスとは勝手に仲直りして……自分だけが一人で駆け上がりやがってよ!」
なんだよそれ、前に廃棄ダンジョンの同行を拒んだ逆恨みかよ。
「だから悪かったって、そう僻むなよ。そうだ、詫び代わりにこの金で母親に美味いものでも──」
「おまえの施しなんてもう受けねぇよ! だいたい今更善人ぶるな! 俺は知ってる、お前の──都合の悪いものは切り捨て、自分の気に入ったものだけを引き込む性根の悪さをな!」
「うっ……」
蘇る──ミーティアとの最期。
胸の奥にチクリと痛みが走る。
「だけどな、神はそんなお前の悪事を見逃さない! おまえの悪事はすぐに露見する、絶対になっ! ふふふ……覚えてろよッ!」
「おい、それはどういう──ちょ、待てよ!」
だがカイル少年はそのまま走り去ってしまった。
まったく……困ったもんだな。
だがどうにも彼のことを恨む気にもなれない。
カイルの姿がなんとなく──以前の俺に似ていたから。
アカリと出会う前の俺は──陰鬱で人との関係を断ち、排他的な日々を過ごしていた。
まるで周りの全てが敵のように見え、警戒していたあの頃。
今の俺は──そう、確かに恵まれている。
恵まれているせいで、もしかしたら過去の自分を忘れかけていたのかもしれない。
カイル少年はそんな俺に『お前の本質を忘れるな!』と強く訴えかけてきているようだった。
◆
その日の夜──。
アカリはいつものように回収屋連中と呑んだくれてすやすやと眠っていた。
俺は夜半に訪ねてきたバーパスと軽く酒を酌み交わす。
「へぇ……カイルの奴がお前にそんなことを言ったのか」
「ああ、なんか図星を突かれた気分でな」
「カイルも一人で病気の母親を支えて苦労してるからな。まあ今度俺からも言っておくよ」
「ああ、頼むぜ」
そもそもバーパスがカイルをけしかけてきたのが始まりなんだからな。
「あー悪かったよ。ところで話は変わるが、ちょっと面白い話を仕入れてきたんだ」
「面白い話?」
「ああ、メルキュースの旦那から聞いた話なんだが──」
──トントン。
話を中断させるかのように、ドアがノックされる音が聞こえてきた。
おいおい誰だ、こんな夜半に。
「はいよ、誰だい?」
「夜分に急な来訪失礼する。私は〝ヴァルザードルフ伯爵″の使いで来たものだ」
──は?
俺はバーパスと思わず目を合わせる。
〝ヴァルザードルフ伯爵″といえば、例のアーデルハイド嬢の探索願いを出していた貴族の名前じゃないか。
そいつの使いがうちに来たってことは──。
「我が主人ヴァルザードルフ伯爵より、こちらに居られるリレオン殿に話があって参った。扉を開けてもらえるだろうか。できれば──手荒なことはしたくないので」
どうやら事態は、俺が思っていたよりも急に──しかも劇的に動き出したようだった。