20.家族
以前アカリに冗談で〝婚約者″の話をしたことあるが、まさか本当に婚約解消された令嬢だとはなぁ……。
いや、でもまだ本人と確定したわけじゃない。
とはいえ行方不明になった貴族令嬢なんてゴロゴロいるわけがない。
なんだかんだ考えながらも、俺の中では『アーデルハイド 』イコール『アカリ』でほぼ確定していた。
俺の中で出来上がった筋書きはこんな感じだ。
アカリ、いやアーデルハイドはメルキュースと婚約していた。
ところがメルキュースは探索者として大成功を収めた。しかも『貴公剣士』の二つ名がつくほどのイケメンだ。
女にはモテモテ。貴族の三男だから婿候補として引く手数多となったことだろう。
そうすると、一見ガリガリで見栄えのしないアーデルハイドとの婚約が嫌になって、難癖でもつけて婚約を破棄した。
ところが破棄された方のアーデルハイドは諦めきれず、元婚約者と会うため、もしくは復讐なり趣旨返しをするために自分も探索者になろうと思った。
だが貴族令嬢は簡単には探索者になれない。
だから回収屋として廃棄ダンジョンに入ったところで俺を見つけ、実家から持ち出してきた魔剣で仲間に引き込み、無事上位ダンジョンに潜ることができた……と。
一見、よく出来たストーリーだなと我ながら思う。
何も知らなければこの通りなんじゃないかとも思う。
ただ──矛盾点もいくつかある。
まず、どうにもアカリの性格に合わない。
あのアカリが、元婚約者に会いたい? いやーないわ。復讐ならあり得るけど、今のところメルキュースに興味や関心を持ってる気配もないしな。
もしかして探索者稼業が楽しくなって当初の目的を忘れてしまったとか? それならありえそうだが……。
他にも、アカリは痩せていても美しかった。あれほどの美少女が婚約者だったら男なら大喜びだろう。
色々と考察してみて思うのは、細かいところは違うのかもしれないが、大筋でのストーリーは合ってるような気がする。
あとは本人に確認するしかないわけだが──。
問題は、どうやって本人に確認するかなんだよなぁ。
「おい、ボサッとするなリレオン。後ろから来てるぞ」
「おわっ!?」
いかんいかん、上級ダンジョンのレベル3に居るというのに余計なことばかり考えていた。
ここでの油断は命取りだ、素早く目の前のエネミーを魔剣を振って片付ける。
とりあえずアカリのことは戻ってから考えるとしよう。
「なあアカリ、今夜時間貰えるか?」
「なんだ、別に構わんが……」
「いい酒と美味い飯を用意するよ」
「おお、今日は気前が良いではないか!」
急にご機嫌となるアカリ。
こいつは変な事ばかり言うが、悪い奴じゃない。むしろ良いやつだ。
アカリがいなければ今の俺が無かったと言っても過言ではない。
俺に出来ることは──アカリのために最大限できることをやるだけなのだ。
◆
その日の夜。
いつもの屋台とは違う店で少し豪華な食事と酒を購入し、家に持ち帰って二人だけのちょっとしたパーティを開いた。
「ははっ、素晴らしいぞリレオン。今日は何かの祝いか?」
「記念日じゃないと良い飯は食っちゃいかんのか?」
「そんな事ない、毎日でも構わないぞ! いや、毎日だとありがたみが無くなるな……うーむ、悩ましいところだ」
真剣に悩むアカリの様子は実に可愛らしい。
だが今日の目的はお祝いでも何でもない。アカリに聞くべきことを聞くのだ。
「なぁ、アカリ……」
「ん、なんだ?」
「いや、何でもない」
聞けない。
聞きにくいったらありゃしない。
酒の力でも借りれば聞けるかと思ったが、無邪気に喜ぶアカリを見てると余計聞きづらくなってしまう。
「アカリは、その……寂しくはないのか?」
「寂しい? むしろ毎日楽しく過ごしてるぞ」
「そ、そうだな。じゃあ以前は楽しくなかったのか?」
「以前か。以前は楽しくは──なかったかな。妾はずっと一人であった」
ずっと一人……やはり実家では何か訳ありなんだろうか。
「家族──そうだ、家族はどうだ? 家族がいれば別に寂しくないだろう?」
俺はさりげなさを装って鋭く突っ込んでみる。
だがアカリの返事は──。
「なあリレオン、〝家族″とは──なんなのだ?」
真剣に『分からない』といった表情で俺に尋ねてくる。
家族か──改めて聞かれると何て答えていいのか難しい。
少し悩んで、俺は思いついたことを口にする。
「家族、っていうのはだなぁ……一緒のところに住んだり、飯を一緒に食ったり、一緒に寝たりする関係じゃないかな」
「だったら妾たちは家族ではないか」
たしかに、その通りだ。
自分の言語化能力の低さに我ながら呆れてしまう。
「そもそもリレオンの家族はどうなのだ?」
「俺か、俺の家族は──」
俺は──田舎の村で生まれ育った。
父親と母親はいたが、成人前に流行病で死んだ。
他に身内もろくにいなかったから、バーパスとミーティアが兄弟みたいなもんだったのかもしれない。
だけど、ミーティアが死んでバーパスとは疎遠になって──身内と呼べるものからはずっと疎遠になっていた。
「いないな。もう死んでしまった」
「じゃあリレオンは寂しいのか?」
「いや、寂しくはない」
即答できる。
なぜなら──俺にはアカリがいたから。
アカリと出会ったこの4ヶ月は、本当に充実した日々だった。
アカリに腹が立つことや振り回されることも多かったが、それでも楽しかった。
間違いなく俺はこいつに──親愛の情を抱いていた。
もちろん恋愛とは違う。たぶん身内に抱くようなものなのだと思う。
「では問題ないではないか。妾も寂しくはないぞ」
「いや、そうじゃないんだ。家族はまた違った関係があるんだ──そう、家族とは血が繋がってるんだ」
「血?」
そう、家族と他人の決定的な違いは──血の繋がり。
こればっかりはどうしようもならない。
「血の繋がりというのは重要だ。血縁には血縁にしかないものがあるんだ。だから──」
「なんだ、その程度のことか」
「え、その程度って?」
「血が繋がってることが大事なのであろう?」
「あ、ああ。そうだが……」
「じゃあこうすればいい」
アカリは俺のそばに寄ってくると、手を取り──指に噛み付いてくる。
「いたっ! お前、なにを」
「かぷっ」
今度は自分の指を噛むアカリ。
何をするのかと思うと──血が滲む俺の指に、アカリは自分の血が流れる指を重ねた。
「さあ、これで妾とリレオンは血が繋がったぞ。妾たちは──〝家族″だ」
重なり合う、血が滲む指。
「こんなの、〝家族″じゃ──」
言いかけて、俺は口を閉ざす。
血の繋がりなんてものは……もしかしてこの程度のものなのか。
だとしたら俺たちは──。
「家族、なのかな」
「違うのか?」
「……分からない。アカリは本当の家族に会いたくないのか?」
「何を言う? 私の〝家族″はお前だけだ」
アカリの何気ない行動が、言葉が。
俺の乾き切って荒んだ心に深く染み込んでいった。
俺は──。
「どうした? なぜ黙っている、リレオン」
言えない、何も口に出せない。
口にしたら──涙がこぼれ落ちてしまいそうだったから。
そうか、アカリは俺に──とうに失ってしまったはずの〝家族″を取り戻してくれたんだな。
「ありがとう……アカリ」
「そんなに妾と家族になれたことが嬉しいのか? ははっ、今日は妾たちが〝家族″になった記念日だな」
こいつ、すぐに調子に乗るやつだな。
「まったく、アカリは遠慮なしだな」
「お互い遠慮など必要ないであろう。なにせ妾たちは〝家族″なのだからな」
「そう……なのかもしれないな」
俺はアカリに悟られないように目尻をぐいと拭き取ると、照れ隠しに──カップに注いだ酒を一気に飲み干したんだ。




