2.かつての仲間
抱えた少女は、予想よりかなり軽かった。
歳の頃は10代半ば……いや前半くらいだろうか。えらく痩せているな。こいつ、ちゃんと飯食ってるのか?
虐待か? もしくはダンジョンに放置された?
……いやそれはないか。素人の俺が見てもかなり上等なドレスを着ているし、きっと両親に愛されていたんだろう。
あと可能性としては誘拐か──いやそれはないか、廃棄ダンジョン最奥に放置した理由が謎すぎる。
では力試しでダンジョンに潜って、魔力が尽きて倒れたのか……。
それにしては服装が綺麗に整いすぎてる。まるで舞踏会から抜け出してきたかのようだ。
そもそも役所だってバカじゃないから、ドレスを着た女の子に廃棄ダンジョンへの許可なんて出すはずがない。
では迷子? もっとありえない。さすがに入口の兵士が気付くはずだ。
謎の少女──だがまあどんな理由であれ、こいつが目を覚ませば大体の事情は分かるだろう。
その時にはたんまりとお礼を貰いたいものだ。
少女を背負って一歩踏み出したところで、ふと足を止める。
ちょっと待てよ、このまま出るのは不味くないか?
今の俺の見た目は汚らしく、髪もボサボサ髭はボーボー。
そんな俺が、ドレスを着た金髪の貴族令嬢を抱えてダンジョンから出たらどうなるか──ダメだな、どこからどう見ても誘拐犯にしか見えない。俺は間違いなく捕まっちまう。
とりあえず少女をマントで覆い、フードで完全に金髪を隠したら……よし、隠蔽工作は完璧だ。いや別に俺は犯罪者じゃないけどな。
マントに包んだ少女を背負ったまま、かなりの時間歩いて──やっとの思いで廃棄ダンジョンの入口へと到着する。
幸いにもエネミーは出て来なかった。さすがに今は出てほしくなかったから助かったよ。
「ようリレオン、背負ってるのは……また〝迷子″を回収してきたのか?」
「ああ、まったくだ。ついてない」
ダンジョンの入口を警備している顔馴染みの兵士から声をかけられ、適当に返事を返す。ちなみに〝迷子″はダンジョン内にあった死体の隠語だ。
「教会にでも持って行っとけよ、お国からゴミ処理料として最低限の報酬は出るだろうさ」
「ああ、その金で酒でも飲んだらこいつも浮かばれるだろうな」
「違いない。ほら、〝迷子″の回収確認書だ」
書類を受け取ろうとして、背負った貴族令嬢の金色の髪がフードから僅かに零れ落ちる。
まずい、見られたか?
「……綺麗な金髪の奴だな、まあ死んじまったら綺麗も何も無いがな」
「〝迷子″の顔を確認するかい、兵士さんよ。ただしエネミーに齧られて見れたもんじゃないぜ?」
「いや、いらんよ。誰がダンジョンで死のうが何の興味もないからな。さぁ行った行った、俺は忙しいんだ」
欠伸しながら言うセリフじゃないな。若いくせにやる気がないことで。
でもこいつが適当な仕事をするやつで良かった。もし確認されたら面倒なことになったかもしれない。
「なぁ、ところで……見慣れない妙なやつがダンジョンに入ったりしてないか?」
「妙なやつ? この廃棄ダンジョンに潜るやつなんて、妙なやつしかいないさ」
「確かにそうだな、邪魔したよ」
どうやらこの兵士は、少女がダンジョンに入る様子を見ていないようだ。もし見ていたら絶対に今みたいな返事にはならないだろう。
しかし、やっぱりこの子はモグリか……いよいよ訳ありっぽいな。
考え事をしながら歩いているうちに、やっとこさ俺の家に辿りついた。といっても借家のボロ家だ。
「ふーっ、さすがに疲れたぜ」
とりあえず一つしかないベッドに少女を寝かせる。
俺の汚いベッドにドレスを着た貴族令嬢が寝てるなんて、もはや違和感しかない。
少女は深く眠ったまま、目覚める気配はない。
この様子なら、しばらく放置していても問題ないだろう。仮に目を覚まされたとしても盗まれるようなもんは無いし、逃げたら逃げたでどうでもいい。
とりあえず疲れたし腹減った。
役所の廃棄ダンジョン管理窓口に顔を出すついでに、馴染みの屋台で晩飯でも買うとするかね。
街の大通りにある王国役所、その一角にある〝ダンジョン管理窓口“は今日も混み合っていた。
俺と似たり寄ったりの身なりの彼らは、俺と同じ『廃棄ダンジョン』の回収屋だ。
口々に「最近エネミーの出現率が下がってないか?」「ああ、このままじゃおまんまの食い上げだよ」「いよいよ完全廃棄か? 国には新しいダンジョンを開放してほしいものだぜ」などと世知辛い話をしている。
普段ならば彼らに混ざって情報収集することもあるが、今日は目もくれずに馴染みの受付嬢──と呼ぶには少し年増の女性係員に少額のチップを渡しながら探りをいれる。
「よう、姉さん。なんか廃棄ダンジョンに面白い話はないか?」
「ないね、最近はめっきりエネミーからのドロップが減ってるって噂だよ」
「やっぱりか。俺なんか丸一日潜ってエネミーからのドロップは一個だけさ。まるで稼ぎにならない」
「さすがの【独剣】でもそんなもんかい。いよいよあそこのダンジョンも完全廃棄になっちまうのかもねぇ」
魔法道具を排出しなくなったダンジョンなんて、トイレ以下だ。何の価値も生み出さない。
しかし受付嬢の様子からして──やっぱりあの貴族令嬢の情報は無さそうだ。
「ところでさ、ダンジョンドロップで『バナナの皮』が出たんだが……買い取ってもらえるか?」
「うちは生ゴミは買い取らないよ。さっさとゴミ箱に捨ててきな」
ちぇっ、やっぱり買取不可か。マジで今日の収穫はあの貴族令嬢以外ゼロだぜ。
これ以上は時間の無駄だ。さっさと飯でも買って帰ろうと役所の出口に向かうと──明らかに身なりが異なる5人組が入ってきた。
「おおっ、探索者チーム『栄光への挑戦者』じゃないか」
「先頭のイケメンが、リーダーの【貴公剣士】メルキュースか。なんでも高位貴族の子弟でかなり高ランクの魔剣を持ってるらしいぜ」
「後ろにいるのは、成り上がりの熟女喰い……じゃなくて【悪食】のバーパスか」
「シッ! その二つ名はやめとけ、バーパスに殺されるぞ」
くそっ、会いたくないやつに会ったな。
キラキラ笑顔の貴公剣士メルキュースの横をすり抜け、視線も合わさずに立ち去ろうとしたものの、バーパスにガッチリと肩を掴まれる。
「まだこんなところにいるのかリレオン。相変わらずだな」
「ああバーパス。お前は元気そうだな」
俺は腕を振り解いて立ち去ろうとするが、バーパスが前に立ち塞がる。こいつ、良いガタイしてるな。昔から体格は良かったが、今は鍛え上げているからか筋肉がはち切れんばかりだ。
「そう邪険にするなよ。お前はいつまでこんなところで燻ってんのか? 元パーティメンバーとして心配してるんだよ」
「ああそうかい」
「多少剣の腕が立とうが、〝魔剣“がなけりゃ無意味だからな。その点……ほら、見てみろ。これが俺の持つ魔斧だ」
バーパスは自慢げに背負っている巨大な斧を親指で指す。
ふん。お前さんが自慢するその魔斧だって、50超えの年増未亡人貴族に取り入って、やっとこさ借りてるだけのくせに。
「一方のお前は魔剣を持っていない。つまり今のお前は──俺以下ってことだ。わかってるか、リレオン?」
「……そうかもな」
「いつまでも高いプライドを捨てきれないから、お前は今も底辺を燻ってるんだ。俺みたいに要領よく立ち回って魔剣を手に入れるんだな。そうしなきゃいつまで経っても上位ダンジョンには潜れず、廃棄ダンジョン漁りの回収屋のままだぞ?」
「そうだな」
「もしくは違う生きる道を探せ。お前、せっかく俺が紹介してやったガキの同行を断ったらしいな」
あのときのガキ……こいつの差金かよ。
「指導者の道ってのもあるんだぜ? お前は剣の腕だけは確かだからな。それが嫌なら──」
「バーパス、そこで何をしているんだい。我々は急いでいるんだ。あまり回収屋の方に迷惑をかけるんじゃないぞ」
「あっ、メルキュースの旦那。失礼しました、すぐ行きます! ……リレオン、覚悟がないならさっさと田舎に帰れ。中途半端に覚悟も無いヤツにここでウロウロされても不愉快でしかないからな」
「……ああ」
「フン、返事も不愉快な奴だ。じゃあな」
……ふーっ、やっと行ってくれたか。
毎回あいつに嫌味を言われるのも疲れるぜ。
でもバーパスも今じゃ上位ダンジョンでも深部に挑む探索者チーム『栄光への挑戦者』のパーティメンバーだからな。
稼ぎもかなり良いんだろう。10年前に比べて身なりも整い小綺麗にしている。
あいつに比べて俺は──見るも無惨な汚らしい身なり、未だ底辺のままだ。
悔しいが、全てバーパスの言う通りだ。
あいつはプライドを捨てて年増未亡人貴族に媚びることで上へと駆け上り、一方で俺は今もまだこの場所にしがみついている。
俺は──あの頃から何も成長できてないのかもしれないな。
苛立ちに似た気持ちを抱いたまま、馴染みの屋台で夕食を買い帰路に着く。
このときの俺は、バーパスとのやりとりで頭がいっぱいになっていた。
だから、帰宅して扉を開けた瞬間──驚いてしまったんだ。
ベッドから身を起こしてこちらを見つめる、黄金色の髪の〝天使“の存在に。