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17.愚か者

 それまで決闘を見守っていたアカリにいきなり殴られ、俺とバーパスは言葉を失っていた。


「お主らは本当に愚かだのう」


 心底呆れた声でアカリは言う。


「こんなに惨めで無様な戦いは初めて見たぞ。なんだこれは」

「いや、アカリ、その……」

「言い訳するなリレオン、この愚か者め。なぜ手を抜く・・・・? お主は魔剣の〝武威″すら使っていなかったではないか」


 ぐっ……確かにそうだ。俺は最初から最後まで【如意在剣(フリーダムコンクエスト)】の〝武威″を使うつもりがなかった。


「お主もだバーパス。最初から致命的な攻撃を行っていなかったであろう。そのくせに殺すだの殺せだの……なんと愚かなのだ」


 ぐうの音も出ない。バーパスも反論なく俯いている。


「なによりも愚かなのは、お主たちがお互いに全く本当のことを言わない・・・・・・・・・・ことだ」


 本当のことを──。


「だからお主たちはすれ違うのであろうが。なぜ本当のこと・・・・・を言わない? バーパスよ、お主はずっとリレオンを諭していた。村に帰れ、探索者を辞めろとな。それはリレオンを心配していた・・・・・・からじゃないのか?」

「ぐっ、そ、それは……」

「違わないであろう、であればなぜまっすぐにそう言わないのだ?」

「いや、男としてそんなことを言うのは……」

「男だの女だのは関係ないであろうが!そんなことを言っておるから拗れるんだろうがこの愚か者めっ!」


 意気消沈して俯いてしまうバーパス。

 やりこめられるあいつの姿を久しぶりに見たぞ。


「何を他人事みたいな顔をしてるリレオン、お主もだぞ!」

「えっ!?」

「リレオンはなぜ隠し事を・・・・・・している? なぜ本当のことを言わない?」


 うわ、こいつ土足で踏み込んで来るか?


「それは……」

「何を隠してるか知らないが、バーパスはミーティアの・・・・・・最期が・・・知りたい・・・・のだろう? だったらなぜちゃんと教えない?」

「そ、そうだ! なぜ言わないんだ!」

「お主は黙っておれ、バーパス」

「は、はい……」


 うわ、バーパスが借りてきた虎みたいになっちまったぞ。


「何を苦笑いしておる、お主も同罪だぞリレオン! そもそもこのすれ違いは、リレオンがちゃんと全てを伝えないからであろうが! お主がちゃんと言わないからこそバーパスはお主を疑うような言動をしていたのではないのか?」

「それは……」

「そうだそうだ!」


 ギロリとアカリに睨まれ、サッと目を逸らすバーパス。


「リレオンよ、お主は何かやましいことでもあるのか? あるならそれも含めて包み隠さず言うべきであろう? それがチームというものではないのか? なのにお主は本当のことを言わずに隠して、勝手に落ち込んで、挙句下手な殴り合いをして……結局は本当のことを言うのが怖くて逃げてるだけであろうがこの愚か者め!」


 ぐうの音も出ない。

 全部アカリの言う通りだ。


「なんだ、言えない理由が何かあるのか?」

「……」


 ある。

 言えば──。

 もし言ってしまえば──。


「もしかしてバーパスが傷つくとでと思ってるのか? 愚か者め、それこそ判断するのはバーパス本人であろうがっ!」


 ……そうか、たしかにそうだな。

 全部アカリの言う通りだ。

 俺が勝手に判断して隠すことなんかじゃない。


「アカリの言う通りだリレオン! 俺に話せ! ミーティアの最期を。俺は──全部受け止める」

「だそうだ。さあリレオン、バーパスに話すがいい。これまで言わずにいたことを」


 俺は最初から、全部話せばよかったのかもしれないな。

 憑き物が落ちたかのように俺は頷く。


「わかった──話すよ」


 俺がずっと心に封印していた、10年前のあのときのことを。



 ◇



『バーパス!?』


 弾き飛ばされたバーパス。だが無事を確認することもできない。

 なぜなら──目の前に【原色の悪夢】が迫っていたから。

 両手は腹を貫通する大怪我を負ったミーティアを抱えていて、到底逃げられそうもない。

 死ぬ。俺たちは全滅する。


 だが──【原色の悪夢】は襲いかかって来なかった。

 なぜだ?

 理由はすぐに分かった。ギョロギョロと動く巨大な複数の瞳は、俺たちの姿を捉えていない。どうやらこいつの目はあまりよく見えていないようだった。

 【原色の悪夢】は──音で敵を探すエネミーなのか。


『ミーティア、苦しいだろうが息を潜めろ。こいつは音で敵を探している』

『はぁ……はぁ……』


 バーパスは完全に意識を失っているから、静かにしていればやり過ごせるかもしれない。

 この時初めて、生きることに淡い期待が湧く。


 だが──【原色の悪夢】は立ち去ろうとしない。

 まるで俺たちが居ることを確信しているみたいに、触手を揺らしながら辺りを探っている。俺たちのことが薄らと見えているのかもしれない。

 ミーティアの腹からはどくどくと血が流れて止まる気配もない。内臓を痛めているのであろう、このままではミーティアが死んでしまう。


 ──もうこれ以上は待てない。俺は決断した。

 やるなら俺が【原色の悪夢】を引き受けるしか無い。

 ミーティアは動けそうも無いし、バーパスは気を失っている。だけど俺がこいつを遠くに引き離せば、二人は逃げることができるかもしれない。

 ミーティアに残された時間は少ない。手遅れかもしれないが、迷ってる暇はない。

 覚悟を決めて歩み出そうとした時──。


『待って……リレオン』


 ミーティアが──立ち上がった。


『なっ!? ミーティア』

『はぁ……はぁ……ここでサヨナラだよ、リレオン』

『おま!? な、何を言ってる!?』

『本当は分かってるんでしょう? あたしは助からないって。致命傷を負ってるって』


 ……その通りだ。本当は気づいていた。

 出血量、貫いた場所。導き出されるのは致命的な内臓の損傷。

 たとえこの場を逃げたとしても、ミーティアはおそらく……助からないだろう。


『ミーティア、お前……囮になるつもりか!?』

『そうよ、それが最善の策……ゲホッ』


 俺たちの存在に気づいた【原色の悪夢】の触手が、喜ぶように一気にうねる。

 だがミーティアが《爆破》の魔法をヤツの背後に放った。

 爆発音でヤツは動きを止め、一気に何もない背後へ攻撃を仕掛ける。やはり音で敵を判別しているようだ。


『あたしが引き付けている間にバーパスを抱えて逃げて、リレオン。あまり時間はないわ』

『嫌だ、嫌だミーティア、俺は──』


 不意に、重ねられる唇。

 俺とミーティアの、最初で最後のキス。


『行って、リレオン──ふたりとも生きて──』


 そして俺は──。


 ◇


「ミーティアに強く促され、俺はお前を抱えてダンジョンを脱した。三度までは爆発音が聞こえたが、そのあとは──何も聞こえなくなった」

「嘘だろう……そんな、ミーティアは……」

「ミーティアは自分が助からないことを知っていた。俺が囮になろうとしていることも気付いていた。あいつがあの場で一番冷静だった。俺たちが助かる最善で唯一の手を考え、そして実行したんだ」

「だったらなんで、なんでそのことを俺に言ってくれなかったんだよっ!!」

「俺がミーティアを置き去りにして逃げたのは事実だからだよ!!!」


 俺は血を吐くように絶叫する。


「あの瞬間、俺は──ミーティアの言っていることが正しいと思った! 思ってしまったんだっ!!」

「……」

「そんな奴に言い訳をすることなんて許されないと思ってた! 全ての評価は甘んじて受けようと思ってた! だって事実だからだ!!」

「リレオン……」

「だがバーパス、お前は違う。意識を失ってただけだ。お前は見捨ててない。見捨てたのは──この俺だ! 俺なんだよっ!」

「バッ、馬鹿野郎ッ!! だったらあのとき意識を失った俺こそが責められるべきだろうが!!」

「不意打ちを喰らえば誰だってやられるさ。むしろ生きてたお前はすごいよバーパス。卑下する必要はない」

「それはお前も同じだろうがッ!!」


 俺の胸ぐらを掴むバーパス。

 奴は泣いていた。大の男が号泣していた。


「……一人で抱え込むなよ、ばかやろう……」

「すまなかったバーパス。俺が間違っていた……」

「わかったよ、わかったから……もう泣くなリレオン」


 俺が──泣いている?

 頬に手を触れると、じっとりと湿っていた。

 ミーティアを失った日から、泣くことはなかった。

 とっくに枯れ果てたと思っていたのに……。


「なるほどリレオンは──バーパスが先に気絶したことを気に病むと思って黙っていたのか。実に分かりにくい奴だな」


 アカリ、こいつ……マジで雰囲気台無しだな。


「バーパスはバーパスで、廃棄ダンジョンで燻ってるくらいなら田舎に帰るようリレオンを諭していた、と。結局はお互いがお互いのことを思って行動していたわけか。ほーら、口にしたら簡単なことではないか」


 まったく、軽く言ってくれるぜ。

 だがその通りだ。アカリのおかげで話す決心がついたし、話して良かった。

 10年前だったらバーパスの心が壊れていたかもしれない。だが今だからこそ彼も自分を責めずにミーティアの行動を受け入れることが出来たのだろう。

 キッカケをくれたアカリには感謝だな。


「ありがとうアカリ、お前のおかげだ」

「そうであろう。妾に感謝するがいい」

「ほんとだぜ、ありがとうなアカリさんよ」


 バーパスは涙を拭って立ち上がると、落ちていた魔剣を拾って手渡してくる。


「前よりも強くなったな、リレオン」

「ああ、お前もなバーパス」

「【原色の悪夢】を倒すために鍛え続けていたのか。お前は大した奴だな。俺なんかとは大違いだ」

「お前は自分を卑下するが、そんなことはない。お前は生きるために手を尽くした。それはミーティアの望みだった。お前は俺なんかよりよっぽど立派だよ、バーパス」


 俺が右手を差し出すと、バーパスが握り返してくる。

 10年ぶりの──握手だった。


「なあリレオン、アカリは良い子だな? 可愛いし、気も強くてしっかり者だ。あの子には手を出さないのか? 見た感じかなり懐いてるみたいだが……貴族令嬢だから遠慮してるのか?」

「何を言うかよ、アカリは10も年下の子だぞ? それに俺は──」


 言い淀んで、気持ちを改める。

 もうバーパスに隠し事はやめよう。


「その、なんだ……機能しない・・・・・んだよ」

「ん? 何がだ?」

「……男性としての機能・・・・・・・・が、だよ」

「ぶはっ!?」


 そう、俺は──ミーティアを失った日から女性の前でまったく機能しなく・・・・・なってしまったのだ。

 とっておきの秘密で、これまで誰にも言わず黙っていたんだが……まあバーパスになら話してもいいだろう。


「なんちゅうか、それはそれで難儀だな。だから俺みたいに貴族のババアに身売りしなかったのか」

「元々やる気はないが、やれと言われても無理だっただろうな」

「お前も苦労したんだなぁ……仕方ない、そういうことならミーティアとキスしたことも許してやろう」

「なんでお前に許されなきゃならないんだよ」

「ははっ……お前の勝ちだよリレオン。あーあ、俺はミーティアにも振られてたんだなぁ」


 ──そんなことはないよ、バーパス。

 本当は・・・お前の勝ち・・・・・さ。

 俺はミーティアと最後に交わした言葉を思い出す──。


『行って、リレオン──ふたりとも生きて──』

『嫌だ、嫌だよミーティア、俺はお前が──』

『あのねリレオン、あたし……バーパスが好きなんだ』

『えっ!?』

『好きな人が死ぬのは耐えられないの。だから──バーパスをお願い、あなたにしか頼めないのよ。これは──あたしとあなただけの秘密だよ?』


 ミーティアの本当の最後の願い。

 それは──愛するバーパスの命を救うことだったんだ。


 もしバーパスがこのことを知ったら、それこそ生きていけなかっただろう。

 だから俺は、このことを一生隠し続けると心に決めていた。


 それが──初恋相手に振られた男の最後の抵抗なのかもしれないな。



 〜 第二章 完 〜

お読みいただきありがとうございます!

ここまでが第二章、起承転結の〝承“の部分になります。


次からは第3章──〝転“の部分に入ります。

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本当の想いを伝え合い、絆を取り戻す2人。リレオン、そっちにも後遺症があったのですね。
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