16.決着
「久しぶりだなぁリレオン、お前とやり合うなんてよ」
獰猛な笑みを浮かべながらバーパスが背負っていた斧を両手に持つ。
バーパスは大型の武器を得意とする肉体派の戦士だ。以前は大剣を、今では巨大な戦斧を両手に持っている。
恵まれた体格と鍛え抜かれた筋肉から繰り出される一撃は、熊でさえも仕留めるほどの威力を誇る。
「お前の剣の腕はよく知ってるよ、田舎には似つかわしくない腕前だった。お前みたいなのを天才って言うんだろうな……【貴公剣士】メルキュースとだっていい勝負かもしれない。事実、俺はお前に10年前は負けっぱなしだったからな」
確かに10年前は俺ばかりが勝っていた。
ただあのときは模擬戦で、今回は──決闘だ。
「だが10年経てばいろいろなことが変わる。お前が廃棄ダンジョンで燻ってる間、俺はずっと上位ダンジョンで戦ってきた。お前とは経験値が違う」
「……そうかもな」
「しかも今の俺には魔斧【赤黒き戦慄】がある。こいつがあれば負けることはない! いくぞ──《赫き高揚》!」
バーパスの合言葉に呼応し、魔斧が赤黒いオーラを放ち始める。
同時にメリッ、モリッと音を立ててバーパスの全身の筋肉が盛り上がっていく。
「ちっ、全身強化系の〝武威″かよ。お前と相性抜群じゃないか」
「余裕ぶってる暇はないぞリレオン!」
──ゴォゥンッ!
信じられない速度で繰り出された魔斧が俺の命を刈り取る勢いで迫る。何とか魔剣を前に出して軌道を逸らすが、強烈なパワーで吹き飛ばされそうになる。
とんでもない威力だな、もし魔剣じゃなかったら折られていたかもしれない。速さと力を兼ね備えた恐ろしい一撃だった。
「ほう、これを防ぐか! 衰えちゃいないようだなリレオン!」
「相変わらずの馬鹿力だな、腕がもげるかと思ったぜ」
「だがまだ始まったばかりだ、もっと楽しませてくれよ!」
獰猛な笑みを浮かべたバーパスから、斧が嵐のように繰り出される。
俺の魔剣【如意在剣】にはエネミーの硬さを無視する〝武威″が備わってるが、さすがに相手が魔斧だと機能しないようだ。
まああれだけ重量のある攻撃を受けても刃こぼれ一つしないだけでも大したもんだが……もしかして不壊の〝武威″もついてるのか? ただ今はのんびり考えている暇はない。
「どうした? 前みたいに風のような疾さで切り込んでこいよ、【疾剣】のリレオンさんよっ!」
「うるせえ【剛刃】バーパス!」
10年前は力任せの一撃必殺的な攻撃が多かった。だから速度で圧倒することで勝つことができていた。
だが今は魔斧の〝武威″で速度も身につけている。当時とは比べものにならないくらい強くなっている。
俺はバーパスに勝てるのか?
『この3人で冒険するのはすっごく楽しいなぁ!』
『ああ、俺たちは最強だ! なあリレオン?』
幻視──あの頃の日常が不意に脳裏に蘇る。
もうあの日々に戻ることは二度とない。
「そんなもんかよリレオン! 手を抜いてるのか!? それともお前の実力はその程度なのかっ!?」
「……」
「だとしたら消えろ! 村へ帰れ! お前程度の探索者なんていくらでもいる!」
「──断る」
「断るだぁ!? 巫山戯るなよ! お前がその程度の実力しかないくせに残ったら、またミーティアみたいな犠牲者を産むんだろうがっ! お前は──いざとなったらそこにいるアカリもまた見殺しにするつもりかっ!?」
「そんなことは絶対にしないっ! アカリは俺が守る!」
「出来なかったくせに何を言ってるんだっ! お前がそんなんだから──ミーティアを見殺しにしたんろうがよっ!」
ガツッ!
最高に強烈な一撃が見舞われ、魔斧が額を掠める。
わずかに滲んできた血をぐいと袖で拭う。
「もう二度と……あんなことは起こさない」
「出来るわけないだろう、敗走したときから何も変わってないお前がよっ!」
「出来るっ!」
俺は初めて反撃に出た。魔剣を手に鋭く斬り込み、刃がバーパスの頬を掠める。
「あの頃とは違う。俺だって──鍛え続けてきたんだ!」
あれから俺は対【原色の悪夢】戦を想定して、廃棄ダンジョンのエネミーと戦い続けてきた。
不規則に動くあの触手を想定して、短中長距離での戦闘能力を磨き続けてきた。
培ってきた経験を見せつけるように、バーパスに連続攻撃を仕掛ける。
足、腕、上から、横から、斜めから、正面から。
多彩な剣撃を繰り出し、バーパスを追い詰めていく。
「くそっ! やはり撃ち合いは不利か、だったらこれで終わらせるっ! ──《緋爆斧撃》」
「っ!?」
この〝武威″はまずいっ!?
直感的に危機を感じ、俺は逆にバーパスと距離を詰めると、ギリギリのところでバーパスの放った一撃を躱す。
──背後で爆発音。
どうやら爆破系の〝武威″だったみたいだ。受け止めていたらひとたまりもなかったな。
だがリスクを冒した甲斐はあった。距離を詰めたことで、隙だらけのバーパスの胸元に飛び込むことに成功したのだ。
「うぉおおぉっ!」
鋭く剣を振り上げ、斧を遠くへと弾き飛ばす。
そのまま剣先をバーパスに突きつけた。
「……これで決着だな?」
「てめぇ……手を抜いてやがったな! それだけの力を持ちながら、なぜミーティアを助けられなかった!」
「……」
「ああリレオン、言わなくても分かるぞ。お前は俺を助けるために全力を尽くしたんだろうさ! だが──なぜミーティアを置いてきた!」
「……」
「俺はなぁ、ミーティアを見殺しにしてまで助かりたいと思ってなかったんだよっ!!」
激情を発露したバーパスが左手で俺の剣を掴み、右手で殴りかかってくる。
あんな筋肉で殴られたらひとたまりもない。俺は体を捻りながらなんとか拳を躱す。だが魔剣が手を離れ、俺も素手になってしまった。
「なぜ俺を捨てなかった!? 俺なんて捨ててミーティアを助ければよかったんだ!!」
今度は殴り合いが始まる。
剣術では俺の方が腕が上だが、さすがに肉体職場だと不利だ。ステップを踏んで躱しながら拳をバーパスに打ち込む。
「俺にはよぉ、ミーティアみたいな魔法もない! お前ほど優れた剣士じゃない! 俺みたいな平凡な男こそが、あそこで犠牲になるべきだったんだよっ!」
「……」
「俺は特別になんてなれねぇ! だけどミーティアは違った。あいつは……本当に特別なやつだった」
「……そうだな」
「いいかリレオン。凡人がなぁ、いくら頑張ったところでどうにもならねえんだよ! 俺がいい例だ、見てみろ俺を! 汚ねえババアのケツ舐めてなんとか魔剣を借りて、かろうじて上位ダンジョンにしがみついてるだけなんだよっ!」
「そんなことない」
「ふざけんなふざけんなふざけんなふざけんな!俺にはなぁ、もう希望に溢れた未来なんてないんだよっ! 俺なんかより……あいつの未来を選ぶべきだったんだよっ!」
再び襲いかかってくるバーパス。
『行って、リレオン──ふたりとも生きて──』
蘇るミーティアの言葉。
ああ、お前の言うとおりさバーパス。
俺なんかの命よりミーティアの命の方が大事だった。
俺だってミーティアを助けたかった。
だけど──叶わなかった。
だから、せめてミーティアの最期の願いを守るためにも──俺は、俺たちは──。
「バーパス、俺たちには未来がある! あいつのためにも……俺たちは生きていかなきゃならないんだよっ!」
──ゴツッ!
歯を食いしばりながらカウンター気味に繰り出した右の拳が、バーパスの顎に綺麗にヒットする。
巨体をグラリと揺らし──バーパスがそのまま膝をつく。
「ちくしょう……なんで、なんであいつの未来が失われなきゃならなかったんだよ……」
「俺の勝ちだ、バーパス」
「ちくしょう、ちくしょう……」
こんなに虚しい勝利は、人生で初めてだった。
「殺せ……俺を殺せリレオン。ミーティアのいない未来なんて、これ以上生きていても……もう仕方ないんだ……」
「ダメだ、生きろ。俺が勝ったのだから言うことを聞け」
長い付き合いだから分かる。たとえここで見逃しても、バーパスはどこかに消えるだろう。
俺たちの関係はこれで終わりだ。
完全に終わってしまったのだ。
ミーティア、ごめん。俺は──。
パチーン。
突如響き渡る破裂音。頬に伝わる鈍い痛み。
……パチーン。
呆然としている間にまた同じ音がする。今度はバーパスが殴られた音だ。
殴ったのは──。
「……お主たちは、ほんっとうに愚かだのう」
呆れたようなアカリの声が、俺たちの耳に届いた。