15.決闘
この場を収めるために決闘を承諾すると、バーパスは俺を睨みつけながら店を後にした。詳しくは語らなかったが、彼には夜に帰らなければいけない理由と場所があるようだった。
「明日の朝、あそこに来い。俺たち『駆け上る未来』が大切にしていたあの場所だ」
陰鬱な気分でバーパスの言葉を思い出す。
俺たちの決裂は明らかだった。一度生じた亀裂は、二度と戻ることは無いのだ。
「リレオン、その……すまなかったな」
「どうしたアカリ。らしくないな、謝るなんて」
俺の記憶ではアカリが謝るなんて初めてだ。こいつが気を使うくらい俺は落ち込んで見えるのだろうか。
「気にするな、別にお前のせいなんかじゃないよ」
バーパスとはいずれ決着をつける必要があった。
むしろもっと早くこうしていれば10年も拗れる必要はなかったのかもしれない。
「俺たちにはきっかけが必要だった。それがたまたま今回だったというだけさ」
「そうか……むう、やはり酒を飲むと高揚しすぎるのが欠点だな」
「おぉい、おまえさんは酒癖悪いって気づいてたんかーい」
「なにを言う! 妾は酒癖が悪くなどない! ただちょっと……その、楽しくなってしまうだけだ」
「それが酒癖が悪いって言うんだよ」
「むぅ……少しだけ酒は控えるとしよう。少しだけ、な」
アカリのおかげで少し気が紛れた。
俺は気を取り直してアカリに問いかける。
「なあアカリ、なぜ俺とチームを続けてくれるんだ? バーパスの言ってたことはほぼ全て事実だ。俺は──過去に大きな過ちを犯した」
「しつこいヤツだな。だから言っておるであろう、それがどうしたとな」
「……アカリは変わってるよな」
「褒め言葉として受け取っておこう。それより決闘はどうするのだ?」
どうするもなにも、やるしかないだろうな。
口じゃなくて──決闘というのが俺たちらしい。
結局俺たちは、最後までちゃんと言葉を交わすことができなかったな。
「わざと負けるつもりか?」
「そんな気はさらさらないよ。俺はアカリとレベル4を目指すんだからな」
「なら良い。ひとつ聞くが──ミーティアとやらは可愛い娘だったのか?」
「ミーティアか? うーん、別に可愛いということはなかったかな。普通の村娘だったよ、あんまり化粧っ気も無かったし」
「妾とどちらが可愛かった?」
「そんなのアカリの方が可愛いに決まってるだろう」
「では受付のダフネと比べたらどうだ?」
「ダフネも美人だけどアカリは別格だな。だからミーティアは平凡な村娘なんだよ」
『あははっ、あたしたちは無敵のチームだよ! 最高の未来に進んでいこうね!』
不意に蘇る、ミーティアの声。
10年も経てば色褪せてきていた。思い出すこともずいぶんと減っていた。
それでも時々──思い出しては俺の心を強く抉る。
「リレオンはミーティアのことが好きだったのか?」
答えは明確だ。
──好きだ。
──好きだった。
──大好きだった。
ミーティアのあどけない笑顔が。
怒った時の膨れた顔が。
喜んだ時の可愛らしい仕草が。
気がついた時から、俺はミーティアに恋に落ちていたんだ。
「ああ……そうだよ」
「相思相愛だったのか?」
「いや……俺の片思いさ」
たぶんバーパスも俺と同じだったのだろう。俺たちは二人ともミーティアが大好きだったんだ。
今では歩む道が違うけど、それだけは──あの頃から確信している。
「今でも忘れられないのか?」
忘れられない。絶対に忘れることなんてできない。
別に金持ちになりたかったわけじゃ無い。
剣士としての頂点を目指していたわけじゃ無い。
俺が本当に欲しかったのは──ミーティアの輝く笑顔。
『やっぱりあたしたちは最高だねっ! ねぇリレオン、バーパス?』
俺はミーティアのために背伸びをしていた。ミーティアの笑顔が見たくて、どんな困難も乗り越えようとしていた。
「そうかもな、忘れられないのかもな」
「……すごいな、ミーティアというのは」
「え?」
予想外のアカリの言葉に俺は顔を上げる。
「なにせ居なくなってから10年以上もリレオンの心を捉えているのであろう? 大したものではないか」
「まぁ……そうかもな」
「ふむ、妾も見習わなければならないな」
見習う?
「ではリレオンよ、今度は妾を好きになるといい」
「えっ!?」
こいつ、何を言い出すんだ?
「妾はミーティアよりも可愛いのであろう? であれば妾はリレオンの心を10年以上捉えて当然ではないか」
「はあ?」
「案ずるなリレオン、妾は死なぬ。だから安心して好きになるが良い。10年でも、それ以上でもな」
「……」
これは……アカリなりの慰めなのだろうか。
なかなか強烈な慰めだが、意外にも俺の心は少しだけ軽くなっていた。
「ありがとうよ、アカリ」
「気にするな、妾とリレオンの仲だ。ははっ」
アカリは大笑いすると、そのままベッドに倒れ込んで──寝息を立て始める。
「ったく、こいつは……仕方ないなぁ」
アカリに振り回される今の日々も、そんなに悪いものじゃないな。
◆
翌日、バーパスとの決闘の場にアカリと向かう。
「リレオン、ちゃんと眠れたのか?」
「ああ、バッチリだぜ」
嘘だ。本当はほとんど寝れなかった。気がつくと窓の外が白くなっていたくらいだ。
早朝の街は道行く人も少なかったものの、道の反対側から全身鎧を着た騎士集団が大きな荷物を背負いながらやってくる。
「なんだあれは?」
「あれは──【王国宝守隊】だな。上位ダンジョンで吐き出させる魔法道具を沈めに行く部隊だ。俺たちが手にしている魔法道具は彼らがダンジョンに落としているのさ」
たしかリーダーは伯爵家の当主だったはずだ。国王の宝を預かるんだから、それくらいの格が必要なんだろう。
「朝早くからご苦労なことだな」
「まあ俺たちには無縁の相手だ」
騎士に決闘が見つかるとやっかいだ。なるべく近寄らないようにして約束の地に向かう。
──定められた場所は、王都を見渡せる高台にあった。森が少し切り開かれており、ちょっとした広場のようになった場所だ。ここに来るのは10年ぶりだ。あの頃からほとんど景色は変わっていないように見える。
決闘の場にバーパスは既に立っていた。
「逃げずに来たなリレオン」
「ああ、来たよ」
ここは──俺たち『栄光への挑戦者』が、かつて息抜きをしていた場所だ。
寝っ転がったり、バーパスと模擬戦をしたり、弁当を食べたり……たくさんの思い出がある。ありすぎて、あの日から一度も来れなかった場所だ。
「勝負は相手が負けを認めるまで。死んでも恨みっこなしだ、いいな?」
「ああ」
「俺が勝ったら貴様は回収屋を引退しろ」
「ああわかった。だが俺が勝ったら──俺の言うことを聞いてもらう」
「いいだろう、じゃあ──死闘るかっ!」
今の俺たちの姿を見たら、ミーティアはどう思うだろうか。
怒るかな? それとも呆れるかな?
……まあどちらでもいい。
俺たちはもう──お互い止まることができないところまで来ているのだから。
俺はハッと小さく息を吐くと、魔剣を抜刀したんだ。