14.ミーティア
「こいつはなぁ……仲間を見捨ててダンジョンから逃げ出したんだよ」
ああ……言われてしまった。
やはりバーパスに言われると心を抉るものがある。
だけど──これは俺が受け入れなければならない事実だ。
「ほう、リレオンが仲間を見捨てたと。それはどういう経緯なのだ?」
「やっぱり気になるかいアカリさんよ。なぁリレオン、俺の口からくっちゃべっちまっていいのか?」
「ああ……好きにしろ」
「じゃあお話ししようかね。今から10年前の──ある若者たちの愚かで無謀な挑戦と、彼らに襲いかかった悲劇的な結末についてな」
俺がずっと心の奥にしまい込んで思い出さないようにしていた──バーパスによる絶望と悔恨の昔話が始まった。
◇
「俺とリレオン、それにミーティアの3人は、同郷の幼馴染だった」
10年前、俺たちは若かった。先が見えぬゆえに輝いて見える未来があった。無限の可能性に満ち溢れていた。
だから閉鎖的な村を飛び出して、人生賭けてみることにした。
なぜなら俺たちにはあいつ──ミーティアの存在があったから。
「俺たち3人で作ったチームが『駆け上る未来』。《魔装》の魔法が使えたミーティアを中心とした、怖いもの知らずの集団さ」
ミーティアは、数万人に一人と言われる〝貴族以外の魔法使い“だった。
しかも《魔装》の魔法を使える稀有な存在。
彼女がいれば、高価な魔剣など必要なかった。
田舎者で貧乏な俺たちでも、上位ダンジョンに挑むことができた。
「ミーティアは最高にいいヤツだった。《魔装》使いの女性なんて、本来なら下位貴族から花嫁候補として声がかかるくらいの逸材だ。だけどあいつは俺たちを選んだ」
『だって気心が知れたあんたたちと冒険するほうが楽しいじゃん! 知らない貴族の形だけの花嫁になるなんて、あたしごめんだわっ!』
ミーティアの少し強気な横顔が、俺の脳裏に蘇る──。
「俺たちは無謀で無策で無茶だった。だがそれが功を奏して、上位ダンジョンでかなりの成功を収めた」
『あたしの《魔装》すごいでしょ? そりゃお貴族様の本物の魔法には叶わないかもしれないけどさ』
『そんなことねえよ! ミーティアがいれば俺たちゃ金持ちになれるさ! だよな、リレオン?』
『ああ、そうだな……俺たちは最高のチームだ!』
ミーティアの《魔装》は、田舎者の俺たちのボロい中古の剣を〝魔剣“に変えた。
エネミーを毎回苦戦しながらも駆逐し、それなりの財産を手に入れた。
「俺たちは調子に乗ってたんだろうな……そんな時だ、あいつに出会っちまったのは」
忘れもしない、あの日。
俺たちは──〝悪夢“に遭った。
「あの日、俺たちはレベル4に挑んでいた。当時はまだレベル4まで解放されてて悪くない稼ぎがあったんだ。ただその日はミーティアの魔力も尽きかけていたから、そろそろ帰ろうと相談していた──そのときだ」
最初は──臭いだった。
すえた臭い。複数の獣が混じったような、不快な悪臭。
次に視界に捕らえたのは──あらゆる生命を冒涜したような醜悪な外見。
複数の生命体が合わさったような気色悪い容姿に、何本も蠢く短長入り交ぜた触手。
そして──赤、青、黄色といったペンキを塗りたくったような、異様な色彩。
「俺たちの前に──【原色の悪夢】が現れた。まさに悪夢が現実に現れたかのような姿だった」
のちに知ったが、それが──【原色の悪夢】が初めて確認された瞬間だった。
「あまりに異様な姿に、俺たちは初動が遅れた。その隙に──やつの攻撃が繰り出された」
──スグムッ。『うぅっ!』
いまだに耳に残る音。耳に残る声。
【原色の悪夢】の触手が──。
ミーティアの腹を貫いていた。
「ミーティアが一瞬で深手を負った。マズいと思った、なにせミーティアは俺たちにとっての生命線だ。俺はすぐに触手を両断した」
『リレオン、ミーティアをすぐに救助しろっ! 助けるんだっ!』
あのとき目の前の光景に呆然としていた俺は、バーパスの声で正気に戻った。
慌てて抱え込んだミーティアだが、すぐに口から血を吐く。
『ミーティア! しっかりしろっ、ミーティア!』
『リレオン……ごほっ』
まずい、一刻も早く治療院にいかなければ。
考えたくはない、だけどこの傷は……。
「傍目にもミーティアは内臓をやられてた。かなり酷い傷だった。俺は激しく動揺した。その隙に──今度は【原色の悪夢】の触手が俺に襲いかかってきた。俺はなんとか剣で受けたものの、弾かれて──意識を失った」
『がふっ!?』
俺がミーティアを抱えているうちに、バーパスが弾き飛ばされた。
彼の鍛えられた巨体が、まるでおもちゃのように飛ばされたのだ。
ダンジョンの壁に叩きつけられ、そのまま崩れ落ちるバーパス。完全に意識を失っている。
腕の中では血を吐くミーティア。
後方には、意識を失って倒れたバーパス。
キチギチキチギチ……。
目の前に迫る、触手を持つ不愉快な存在──【原色の悪夢】。
このままでは、全員死ぬ。
俺は、俺は、どうすれば──。
「絶体絶命の状況だ。アカリさんよ、そこでリレオンはどうしたと思う?」
「勿体ぶらずにさっさと言え」
「ああ、教えてやるよ。リレオンはな、意識を失った俺を抱えてダンジョンを脱出したんだ──半死半生のミーティアをダンジョンに置き去りにしてな」
俺は──意識を失ったパーパスを背負って上位ダンジョンから脱出した。
あの時の俺に選べた、唯一の方法だった。
「なあリレオン、貴様は──半死半生のミーティアを囮にして逃げてきたんだ! 俺たちの希望を! 可愛かったミーティアを! 貴様は、貴様は──ッ!!」
俺はバーパスに胸ぐらを掴まれる。
抵抗はしない。いや、できなかった。
「何か言い逃れはあるか? リレオン」
「……ない」
「チッ!!」
盛大に舌打ちしながら、バーパスは投げるように掴んだ手を離す。バランスを崩した俺は、その場に尻をついた。
「……その後、情報を聞いた騎士団が【原色の悪夢】を討伐するためにレベル4に侵入して──30人の騎士のうち18名が殺されるという壊滅的な打撃を受けた。かろうじて騎士たちの遺体は回収されたが、ミーティアの遺体は……回収されることはなかった。その後レベル4は封印され、今に至る──」
「……」
「知ってるかいアカリさんよ、ダンジョンで死体を放棄することは大罪だ。俺たちのチーム『駆け上る未来』はその大罪を犯した。たとえ相手が突如発生した【原色の悪夢】であろうと関係ない。問答無用で俺たちは多大なペナルティを受けることになった」
受けたペナルティは──チーム『駆け上る未来』として稼いだ全額を超える罰金。さらには俺は5年間の、バーパスは3年間の上位ダンジョンへの出入り禁止。
目に見えないペナルティもあった──探索者や回収者たちからの〝違反者“としてのレッテルだ。
俺たちは、完全に落伍者となった。
「俺が再び上位ダンジョンへ戻ってきたのは7年後だ。這い上がるまでは地獄のような日々だった。まあそれは……今も大して変わらんのかもしれんがな」
「……」
「わかったかいアカリさんよ? この男は──リレオンは、平気で仲間を囮にして逃げるようなヤツだ。そんなヤツと組んでたって、いつ捨てられらか分からんぜ? 」
「なかなか興味深い話だな」
「だから改めて聞こう。リレオンとのチームは解散して、俺のチームに来ないか?」
バーパスが右手をアカリに向けて差し出す。
アカリの返事は──。
「断る。妾の答えは変わらん」
迷うことなくキッパリと、アカリはそう答えた。
◆
「なっ!? どうしてだ?」
エールのジャッキをテーブルに叩きつけながら、バーパスがアカリに食いつく。
「だから言っておるであろう? 妾はリレオンとチームを組んでおる。お主の話を聞いたところで変えるつもりはない」
「仲間を見捨てるようなヤツだぞ!?」
「命の危機だったのだろう? 誰だってその選択をするのではないか?」
「ミーティアが、こいつのせいでミーティアが……」
「人は生きてこそ、死んでは全てが台無しだ。人は決して生き返らない」
アカリはいつものように表情ひとつ変えずに話し続ける。
「そもそもお主はリレオンのおかげで今ここにいるのであろう、バーパスとやら。リレオンが他のなによりもお前の命を優先したからこそ、お主は生きておるのであろう? であれば感謝こそすれ、恨み言を言う理由などないのではないか?」
「うぐっ!? お、俺は……俺は、ミーティアを犠牲にしてまで生き残ろうとは思わなかったんだっ!!」
「それこそ知らぬことだ。生きているからこそ、今のお主があるのであろう? であれば今を精一杯生きることが大事なのではないか?」
「チッ、小娘……貴様……!」
「もうやめろバーパス」
たまりかねた俺が止めに入る。
「やめる!?巫山戯るなっ!!」
「周りも見てる、これ以上は酒場で話すような内容じゃない」
「ここで!? ああ、そうか。そうだなリレオン」
バーパスは血走った目で俺を睨みつける。
「じゃあよ、場所と日を改めようじゃないか」
「場所と日を?」
「ああ、そうだとも。決闘だ──俺と決闘しろリレオン! 俺は貴様を──ぜったいに、一生許さない」