12.好事多魔
上位ダンジョンのレベル3に出没するエネミーは、これまで以上に集団で襲いかかってくる。
少なくとも3体、多い時には7〜8体の〝大鬼″型や〝騎士″型が出現するのだ。
だが今の俺のとっては実に都合の良い敵だった。
「アカリ、何体来てるかわかるか?」
「前方から4、後方から3だな」
「了解」
アカリの索敵能力は極めて優秀だ。
俺はなんとなく来る気配がわかる程度だが、アカリは具体的な数まで間違えることなく当ててくる。
一人で戦闘を行っている俺がこれまでほぼ無傷で来られたのは、このアカリの索敵能力に寄るところが大きい。
「リレオン、暴れてこい」
「ああ、まかせとけっ!」
俺は今や身体にしっかりと馴染んだ魔剣【如意在剣】を握り締める。
「まずはお前だっ! ──《短剣化》」
最寄りのエネミーに近接すると、俺のコマンドに応じて魔剣が刀身を短くする。
小回りがきく刃で、素早くエネミーの首元を切り裂く。
「次だっ! ──《長剣化》」
続けて1メリル程度まで刀身が伸びた魔剣を振り、横に薙いで2体を同時に真っ二つにする。
だがその隙に、残りの4体が一気に俺の周りを囲い込む。逃げ道は──無い。
だが俺は焦らない、なぜならこの手に魔剣【如意在剣】が在るから。
「まとめて消えろっ! ──《大剣化》」
刀身が一気に2メリルまで伸び、俺を取り囲んだエネミーを4体まとめて横に切り裂く。
下手な探索者なら殺されても仕方ないレベル3のエネミーも、寄せ付けることもなく屠ることができた。完勝と言っていいだろう。
「ふぅ……」
「ははっ、やるではないか。最短記録を更新したかもしれないぞ?」
「アカリの【如意在剣】のおかげさ。こいつは凄い」
実際、俺の快進撃の要因は魔剣【如意在剣】にある。
この魔剣には大きく二つの〝武威″があった。
一つはエネミーの硬さを無視して刃が通る〝武威″。
エネミーには個体ごとに固さの違いがあった。廃棄ダンジョンに出てくるエネミーであればほとんど問題ないくらい柔らかかったものの、上位ダンジョンになると桁違いに固くなるのだ。特に〝騎士″タイプなんかはガチで金属鎧を着ているくらい固かった。
ところが俺の魔剣は、この固さをほぼ無視する。騎士型だろうが何だろうが、同等に刃が通りやすいのだ。
おかげでたった一振りで4体同時両断なんて荒技が使えたりもする。
そしてもう一つの〝武威″が──刃が自在に伸縮すること。
ただ毎回長さを調整しながら剣を振るのは非効率だったので、あらかじめ三つの長さを規定しておくことにしていた。
短剣化・長剣化・大剣化。
この三つを使いこなすことで、極めて迅速にエネミーを屠ることが可能となった。
まさに魔剣様々なわけだ。こんなにすごい〝武威″を持つなんて、かなりの名剣に違いない。
「俺だけの力ではここまで来れなかっただろうよ」
「謙遜するなリレオン、お主は強い」
「ありがとうよ、アカリにそう言ってもらえると嬉しいぜ」
確かに、身体のキレも抜群だった。思い通りに動き、迅速にエネミーを屠ることができていた。10年前にレベル3で苦戦していたのが嘘みたいだ。
俺はもしかしたら、探索者としての最盛期を迎えているのかもしれない。
「だがのんびりしている暇はないぞ、リレオン。ほれ、そこらに魔法道具が転がってるではないか。それに向こうからは新たなエネミーが近寄ってきておるぞ。あれは──〝騎士″型だな」
「おお、任せてくれ!」
俺は愛剣となった魔剣【如意在剣】を握り締めると、エネミーのいる方へと駆け出していった。
◆
「リレオン、今回の報酬額は昨日の分と合わせて23万ペルになります」
「ありがとうダフネ、悪くない稼ぎだ」
「凄いですよ、これだけの魔法道具を持ち帰るなんて……既存の探索者の中でもトップクラスです」
役所の受付で、ダフネが報酬を渡しながら賞賛してくれる。まあ俺が10年廃棄ダンジョンで蓄えてた貯蓄額をたった1日で稼いでるわけだからな。
確か──10年前にチームで潜ってる時の1日の稼ぎは5万ペルくらいだった。今は平均10万を超えてるから、ずいぶんと稼いでいると言えるだろう。
「ほう、もしかして『栄光への挑戦者』をも上回ってたりするのか?」
「いえ、そこまでは……あ、でも一人当たりの金額で考えると、ダントツで一番ですね」
たしかに、だいたいの探索者たちは5〜6人でチームを組んで行動する。その点、俺たちはたった二人だ。
「役所では快進撃を続けるリレオンたちを高く評価しています。いずれ詳しくヒアリングをさせていただきたいと思っていますが、取り急ぎはリレオンと個別にお話しできればと──」
「あれ? アカリは?」
あいつ、いつのまにか消えてやがる。
精算が終わるまで待ってろって言ったのに……また酒場か?
「すまないダフネ、連れがまたどっかに行っちまった。ちょっと探してくるぜ、また明日よろしく」
「あっ、リレオン……また明日」
ったく、勝手にフラフラどこかに行く癖はやめてもらえんかね。
◇
「ははっ、今日は実に気分が良いな」
面倒な役所での手続きをリレオンに丸投げしたアカリは、近くの酒場でひとりエールを飲んでいた。
今日はいつもの回収屋たちはいない。たまには一人で酒を味わいたいと思ったのだ。
「やはり酒は素晴らしいな、身に染みる」
成人したばかりの美しい女性がたった一人でエールをあおる姿は周囲の目を引く。だがアカリは気にするそぶりもなく、店員におかわりのエールを要求する。
2杯目のエールがテーブルに置かれ、口につけようとしたとき──。
「あんたがアカリか?」
アカリの前に、筋肉隆々とした一人の探索者が立っていた。
「妾は一人で酒を愉しんでいるというのに、不躾なやつだな……お主は誰だ?」
「俺か? 俺の名はバーパス、チーム『栄光への挑戦者』の一員だ」
「ほう、では同業者なのだな。それで、妾に何の用だ?」
「いや、ちょっとあんたとは一度話してみたいと思ってな。アカリさんよ、あんた──」
バーパスはアカリの向かいの席に座ると、両肘をテーブルに置きながらこう告げる。
「リレオンと別れて、うちのチームに入らないか?」