11.リレオンの目的
「ははっ、今日も楽しかったな!」
上機嫌のアカリを抱えながらの帰宅。こいつ酒臭いな、どんだけ飲んだんだ?
「アカリはよく回収屋の奴らと絡んでるよな」
「ああ、あやつらは妾のダンジョンにやってくる可愛い奴らだからな」
こいつの〝妾はダンジョンだ〃って設定、まだ生きてるのか。
もう一緒に上位ダンジョンにアタックして3ヶ月になるというのに、いまだにボロを出さない。
そもそもアカリの親はどうしてるんだろうか。心配してないのだろうか……。
「アカリ、あいつらの相手をするのもほどほどにしとけよ。回収屋は下品だから何されるかわからんぞ」
「ははっ、リレオンも元々その一人だったではないか」
「まあそうだが……」
「それとも何か、リレオンは妾に劣情を抱いておるのか?」
「んなっ!?」
頼むから、チラチラとスカートの中を見せようとするのはやめてくれ。
「なあリレオン、男とはこういうのに欲情するものじゃないのか?」
「アカリ、洒落にならんから俺以外には絶対にするなよ?」
「なんだ、嫉妬しておるのか? ふむ、それが嫉妬という感情なのか」
「違うわっ! 保護者的な観点で危ないって言ってるんだよ!」
「リレオン、お主は固いのう……受付嬢の誘いを断ったのもそのせいか?」
「なっ!? おまっ、話聞いてたのかよ!?」
「どうしてだリレオン、なぜそこまで禁欲的に生きている?」
「別に禁欲的なわけじゃねえよ」
俺にだって凡人並みに性欲だってある。
ただ──。
「俺は身持ちが固いんだよ」
「身持ちが固い、とはなんだ?」
「誰でもかれでも抱いたりしないってことだよ!」
くそっ、こっちは変な言葉を覚えさせないように気を遣ってるんだから多少は遠慮しろよ。
「ふむ。よく分からないが、妾に魅力が足りないということか?」
「いや、そういうわけじゃねえよ!」
「ほう、では妾はそれなりに魅力的だということか? ならばなぜリレオンは妾に欲情しない?」
「ちょ、言い方っ!」
「ああなるほど、リレオンは我慢しているのだな。水臭いぞリレオン、だったら素直にそう言ってくれれば良いではないか。お主なら多少は融通するぞ?」
「やめろっ!」
マジで勘弁してくれよ……。
「別にアカリは魅力的じゃないわけじゃないが……その、女性にはみだりに手を出すもんじゃないんだよ」
『リレオン、女の子は壊れやすいんだからね? ちゃんと大切にしなきゃメッ! だよ? 約束だからね? あ、ちなみにあたしも女の子だからさ、あははっ』
蘇るあいつの声。
少なくとも俺は、あいつとの約束を守らなきゃならないんだ。
「なんだ、妾に気を遣ってるのか。まあそういうことなら許してやろう、ははっ!」
はーっ、頼むからこれ以上追求しないでくれよ。
「アカリには感謝してるんだぜ、おかげで俺はここまで来ることができた」
「ふむ、ではそろそろ妾にも教えてくれていいのではないか?」
「教える? 何を?」
「リレオンはどこを目指しているのかについて」
ああ、確かにまだ話してなかったな。
こいつになら──話してもいいんだろうな。
「俺が目指しているのは──上位ダンジョンの〝レベル4〃だ」
「なぜリレオンはレベル4を目指しているのだ?」
「レベル4にいるユニークエネミー【原色の悪夢】を倒すためだ」
──【原色の悪夢】。
ダンジョンに存在する影敵は基本的には黒い。まさに影のような存在だ。
だがこの【原色の悪夢】だけは違う。
こいつには──色がついているのだ。
「ほう、色付きのエネミーか。それは珍しいな、実に興味深いではないか」
「ああ。だがこいつがとんでもなく凶悪でな」
出会った探索者は、そのほとんどが殺されている。
そのあまりの致死率の高さから、【原色の悪夢】が出没するレベル4が立ち入り禁止になる程だ。
「リレオンはなぜその【原色の悪夢】とやらを倒したいのだ?」
「仲間が──【原色の悪夢】に殺されたんだ」
今から10年前、俺たちは向かうところ敵なしだった。
怖いもの知らずの無鉄砲さで、上位ダンジョンをどんどん駆け抜けていった。
そんなとき、遭遇してしまった。
レベル4、冷たい空気の通路の先で──生命の全てを冒涜するような姿をした【原色の悪夢】に。
「なるほど、リレオンが【原色の悪夢】に挑もうとしているのは──敵討ちか?」
「そんな上等なもんじゃないよ」
俺に、あいつの敵討ちをする資格なんてない。
だけど、今のままじゃ前に進めない気がしている。
だから俺は、【原色の悪夢】に挑む。
「ダンジョンで唯一色のついたエネミー、リレオンの敵。【原色の悪夢】か、実に面白いな。妾も付き合うとしよう」
「なっ!? バカなことを言うなっ! とてつもなく危険なやつなんだぞっ!」
「ははっ、なんと言おうと妾はもう決めた。我らは『天差す光芒』のチームではないか。リレオンの目的は妾の目的、共に行こうではないか」
アカリは高らかにそう宣言すると、パタリとベッドに倒れ込み、そのまま寝てしまった。
「くぅ……くぅ……」
「こいつ、ったく……」
シーツをアカリに掛けながら、俺は呟く。
言い出すとアカリは聞かないからな。まあそのうち諦めてくれるだろう。そもそもレベル4への立ち入りは禁止されている。
もし俺が奴に挑むとしたら、そのときは──。
◆◇
「そうか、それでお前はリレオンから金をもらって引き返してきたわけか」
「は、はい……バーパスさん」
街中にある居酒屋。リレオンから金をもらった少年は、申し訳なさそうに下を向いていた。
彼の前に座って一人酒を飲むのは──【悪食】バーパス。
不愉快そうに串焼き肉を噛むと、少年に小銭を渡す。
「えっ!? こ、これは……」
「悪くない判断だぞ、カイル。あいつのいう通り金は大事だ、プライドなんてクソの役にも立たない」
「オレ、も、もらっていいんですか?」
「もちろんだとも、お前は良い情報をくれたからな。その金とリレオンにもらった金で、しっかりと母親孝行するんだぞ」
「はいっ、ありがとうございます! バーパスさん」
嬉しそうに立ち去っていくカイル少年。その後ろ姿を眺めながら、バーパスはチッと舌打ちをする。
「ふん、リレオンのやつめ……。こいつは一度、俺が確かめてやらなきゃいかんな」
しばらくは一人で酒を飲んでいたバーパスであったが、やがて大きくため息を吐くと席を立つ。
──あそこに戻りたくない。だがいつまでも逃げているわけにはいかない。
店主に代金を払うと、大きく息を吐きながら店を出る。
とぼとぼと歩いて向かった先は──貴族街の一角。
その中でも特に大きな屋敷の前に立つ。
「はぁ……クソッ、俺はいつまでこんなことをやってるんだ」
独り言を呟くと、正門を通り過ぎて屋敷の裏へと廻る。
使用人用の裏口をノックすると、中から執事らしき人物が出てきて戸を開ける。
「貴様かバーパス。何しに来た」
「いつもと同じですよ、ガーベラ様の様子を伺いに来たんでさ」
「ふん……入れ」
バーパスは己に向けられる蔑みの視線を無視し、屋敷の中へと足を踏み入れる。
──いつもそうだ。ここにいるやつらは俺のことを見下している。
それもそうだ、何せ俺は──。
「ガーベラ様はいつもの部屋でお待ちだ」
「ありがとうございます」
無表情のまま頭を下げたバーパスは、案内された扉をノックする。
「あーらバーパス、遅かったわね」
「遅くなりました。今日もガーベラ様からお借りしている魔斧のおかげで、生きて戻ることができました。ありがとうございます」
「うふふ、あなたが無事で良かったわ。でもまた酒を飲んできたの? たまにはシラフでいらっしゃい」
「申し訳ありません、ダンジョンに潜ったあとはどうしても気を紛らわしたくて……」
「いいのよ。さあこっちに来てバーパス。あなたや【貴公剣士】メルキュースたちチーム『栄光への挑戦者』の英雄譚を教えてちょうだい。……あたしの胸の中で、ね」
「はい、ガーベラ様……」
そしてバーパスの姿は──薄紫色の煙漂う部屋の中へと消えていった。