10.新進気鋭
ここから第二章になります!
その日、役所の〝廃棄ダンジョン受付″近くでは回収屋たちが噂話をしていた。
話題の中心は──とある新進気鋭の探索者チームだ。
「おい、聞いたか? 【独剣】のやつとうとうレベル3に到達したらしいぜ」
「ああ、すげえ可愛い金髪の子連れてるよな。もはや【独剣】じゃなくて【羨望剣】だよな」
「あの子、貴族令嬢らしいぞ。【独剣】は雇われて護衛してるんだってさ」
「最近身なりも良くなってきたしな、かなり稼いでるんだろうよ」
「あいつ上手いことやったよなー、貴族のお嬢様を捕まえてよ。ババアを掴んだバーパスとは大違いだな……っと、来たぜ。リレオンの大将がよ」
役所に入ってきたのは、整えた身なりで長髪を後ろで結んだ顔に傷がある男と、まばゆいばかりの金髪をポニーテールにした美少女。
彼らは──新進気鋭の探索者チーム『天差す光芒』のリレオンとアカリだ。
◆
よし、今日もかなり稼いだな。
アカリとチーム『天差す光芒』を結成して、上位ダンジョンに潜り始めて3ヶ月が経過していた。
俺たちは──絶好調だった。
廃棄ダンジョンで磨き抜いた俺の剣術は、上位ダンジョンでも通用した。
エネミーを苦にすることなく、最初のひと月でレベル1から昇格した。毎回無傷で大量の魔法道具を持ち込んでいたのだから当然だろう。
この2ヶ月はレベル2で稼いだ。
エネミーも多彩になり、武器持ちの“大鬼“タイプや団体で挑んでくる〝小鬼部隊“タイプ、鎧を装備したような形状の〝全身鎧“タイプなど様々な姿をしたエネミーが俺たちに襲いかかってきた。
俺はその全てを問題なく切り伏せた。
基本的には黒い影の見た目をしたエネミーだが、不思議なことに硬さには差異がある。
だが俺の愛剣となった【如意在剣】の前では等しく無力だった。
俺の思う通りに刀身が伸び縮みし、硬軟無関係に切り裂く。
俺は──思い描く最強の剣を手に入れたのだ。
この剣があれば、俺はどこまでも登れる。
そう自惚れてしまうほどの魔剣だった。
だが待てよ。俺は自制する。
調子に乗った若者の末路など、身に染みて知っている。
決して奢ることなく、今この手にあるものをもう二度と手放さないように。
役所の扉を開け中に入ると、回収品受付の女性にいつものように魔法道具が入った袋を渡す。
「リレオンさん、レベル3に昇格しても『天差す光芒』の成果は素晴らしいですね」
「ああ、ありがとうよ」
今では素直にお礼の言葉も口に出るようになった。
日々の生活にゆとりが出来たからなのか、それとも──別の何かの影響なのか。
自分で言うのもなんだが、以前の自分はありえ無かったな。態度も悪いし性格も捻くれてたし……。
「あの……リレオンさんは変わられましたね?」
「え、そ、そうかな?」
「ええ、なんだかその、しっかりなさったと思います」
「それはどうもありがとう。その──お名前は」
「あの、あたし、ダフネと言います」
今までの俺なら、役所の係員の名前なんて興味すらなかった。
こういうところが〝変わった“のだろうか。
「ダフネか、これからも変われるようにがんばるよ」
「あの、リレオンさん。もしよかったら今度食事でもしながら、どう変わったかをお聞きできれば──」
「がははっ!アカリちゃん、絶好調だな!」「おう、それでこそ我ら回収屋の女神だ!」「今日も流石の戦果だぜ!」
「ふははっ、妾の手にかかればお手のものだ。お前たち、っと妾を褒め称えるがいい」
背後でやかましい声が聞こえる。
ったく、またアカリのやつ調子に乗って騒いでるな。
「すまないダフネ、連れが騒がしくしてるみたいだ。また明日査定結果は受け取りに来るよ」
「あっ……はい、分かりました」
悪いなダフネ、俺なんかに近づいてもろくなこと無いからさ。
さて、俺の甘酸っぱい時間を潰してくれた〝お嬢様“を迎えに行くかね。
──アカリはこの3ヶ月でずいぶん変わった。
まるでこの世界に初めて生まれ落ちたかのように、よく食べ、よく飲み、よく愉しんだ。食い物なんて身体のどこに入るのかと思ったくらいだ。
そのおかげか、ガリガリだった身体はふっくらとしてきて、魅力的で魅惑的な体つきになってきている。
元々綺麗だった金髪は光り輝くように眩く、誰もが振り向くレベルの美少女となった。
もう拾った頃の面影なんてない。
傲慢にも思える性格も、回収屋の男たちにはバカ受けした。
見ての通り、今ではかなりの人気者だ。【回収屋の女神】なんて二つ名まで拝命している。いったいあいつどこを目指してるんだか。
かく言う俺も身なりも綺麗になり、金を稼いで生活にゆとりが生まれたからか──心がささくれ立つことも少なくなった。
こんなにもメンタルが落ち着いて前に向いているのは本当に久しぶりだった。
これもアカリのおかげだろうか。
彼女と出会わなければ、俺はどうなっていたのだろうか。
俺は──幸運なのかもしれないな。
「おいアカリ、そろそろ帰る──ん?」
ふいに鋭い視線を感じ目を向ける。
俺を睨みつけていたのは──あのとき邪険に扱った少年だった。
だが俺の視線に気づくと、サッと身を翻す。
「おい、待てよ!」
慌てて追いかける。なかなかすばしっこいやつだな。
しばらく走ってようやく捕まえる。
「なんだよ! 離せよクソヤロー!」
「まあ待てよ、少し話をしないか」
「貴様なんかと話すことはない! オレを見捨てて女に媚びへつらうお前を!」
「ああ、まあ、その、なんだ……あの時はすまなかったな」
俺が素直に頭を下げると、少年は身じろぎをやめた。
「あの時の俺は、心にゆとりがなかった。もっと伝わるように話すべきだった。傷つけたのなら……すまなかった」
「なにお前一人で気持ちよくなってるんだよ! いまさら善人ぶるなよ!」
「母親は、元気になったのか?」
「なるわけねえだろ!」
「だったらこんなところで俺の相手なんてしてなくて、母親のそばにいるといい」
大切な人とな別れなんて、いつ来るかわからないからな。
「これはその……あのときの失礼の詫びだ。とっておいてけれ」
俺は少しの金を少年に握らせる。
「な、なんだよこれは! オレの事バカにしてるのかっ!?」
「バカになんてしてないさ。施しと感じて悔しがるのも自由だ。だけどな、プライドよりも大切なものがあるだろう? その金があれば何ができる? そのこととちゃんと向き合え。プライドなんて──クソの役にも立たない」
そのことは、俺の人生が証明している。
「クソっ! クソっ!」
「悔しければ這い上がれ、チャンスを逃すな」
自分に言い聞かせるように伝える。
「じゃあな、少年」
「くたばっちまえ! リレオンめ!」
いつか──こいつにも伝わる日が来るんだろうか。