1.独剣のリレオン
久しぶりに新連載を開始しました!
少しダークな感じのお話しですが、楽しんで読んでいただけると嬉しいです、よろしくお願いします!
「【独剣】のリレオンさん! 俺と一緒に──ダンジョンに潜ってもらえませんかっ!?」
必死な表情で俺に縋り付いてくる少年。
……なんだこいつ。初めて見るやつだな。
「あなたが〝廃棄ダンジョン″の回収屋で最も剣の腕が立つ方だと聞いています。だから……お願いします!」
歳の頃は15歳くらいか。
多少は動けるのかも知れないが、こいつを連れて行く義理もメリットもない。答えは当然決まっている。
「嫌だね。俺一人でも十分稼げているのに、なんで素人同然のガキとダンジョンに潜らないといけないんだ? 稼ぎが減るだけだろうが」
「でも……リレオンさんなら守ってくれるんじゃないかって……」
誰だ、こいつに俺のことを吹き込んだやつは。
周りをジロリと見回すが、誰も俺と目を合わせない。ふん、どうせ役所の係員あたりに何か言われたんだろう。
もっとも、いつも一人で行動するせいで【独剣】なんて皮肉な二つ名がついた俺に、まともな知り合いなんて居るはずがない。独剣の独は孤独の独なんだよ。
「そんな……俺は、俺は、家にいる寝たきりの母親の薬代を稼がなきゃいけないのに……」
「だったらなおさらダンジョンなんて底辺なところには潜らず、真っ当に働くんだな。さあとっとと帰れ、ここはガキの遊び場じゃねえ。命のやり取りをする場所だ」
打ちひしがれ、膝をつく少年。
やれやれ、実に面倒だ。あとは役所がどうにかしてくれ。
「……やっぱりこうなったか。だから言ったろう、【独剣】は誰とも組まないって」
「ケチだよなぁ、少しくらい手を貸してやってもいいのに」
「あいつが手を貸すのはダンジョンの遺体回収くらいだろ。あれだって報酬が出るからだしな。そうでもなきゃあの偏屈は動かないよ」
「剣の腕は立つが、頑固で偏屈で排他的。故についた二つ名が【独剣】だもんな。もうちょっと愛想がありゃ貴族からもお声がかかるかもしれないのにな」
ふん、なんとでも言うがいい。
俺は俺の理由でダンジョンに潜ってる。
まったく、無駄な時間を過ごした。気を取り直して、さっさとダンジョンに潜ろうかね。
俺は気を取り直すと、泣いて悔しがる少年を振り返ることなく──いつもの廃棄ダンジョンへと向かったんだ。
◆
〝廃棄ダンジョン″には独特の匂いが染み付いてる。
なんというか、ゴミの匂いだ。
かくいう俺もダンジョン内にゴミを捨てては、たまにダンジョンが吐き出す〝魔法道具″を回収する底辺の存在── 『回収屋』の一人だ。
「おっ、お出ましか……ってまた〝首無し小鬼″かよ」
通路の前方からのっそりと現れた三体の〝影敵″は、残念ながら最弱級だ。
俺は舌打ちしながら無造作に近寄ると、独自に改造した両手長剣の刀身の根本を持ち、斜め上から斬り下げる。
小剣の長さの刃で一番手前の〝首無し小鬼″を斜め上から真っ二つにすると、続けて握り手に素早く持ち替えて長剣となった愛剣で二体目を斬り上げる。
最後の一体はもう一度リカッソを握っての〝突き″だ。
胸の真ん中を突くと、もともと真っ黒だったエネミーは黒いモヤとなって霧散した。
あっという間にエネミーを撃破しても満足感はない。
役所で声をかけてきた少年あたりだと下手すると命を落とす相手ではあるが、俺にとっては剣の練習にすらならない。
だが大事なのはこのあとだ。
消滅したエネミーの後に残ったものは──。
「おっ、やっとドロップしたか! ……って、なんだよこれ。バナナの皮じゃないか! 誰だよ生ゴミをダンジョンに捨てやがったのは!」
なんだよ魔力を帯びたバナナの皮って!
悪態をつきながらも、とりあえず拾っておく。これでも一応ダンジョンのドロップ品──〝魔法道具″なのだから。
もしかすると使い道もあるかもしれない……んなわけないか。
「くそっ、大外れにも程があるぜ。あー最悪だ、今日はマジで無駄働きだった。さっさと仕事を終わらせて、酒飲んで寝よう」
俺は曲がったり欠けたりした数本のナイフをリュックから取り出すと、一本ずつダンジョンの床に置いていく。
「さあて……君たちはちゃんと魔法道具になって〝還って″くるんだぞ。ダンジョンに呑まれるんじゃないぞ」
しばらく眺めていると、ナイフはゆっくりと床に溶け込むように染み込んでゆく。
──よし、ちゃんとダンジョンに喰われたな。
こうしてダンジョンに喰われたゴミは、低確率で魔法道具となってエネミーが落とす。
だから俺たち回収屋は〝廃棄ダンジョン″にゴミを捨て、エネミーを倒すのだ。
多くの奴らは、魔法道具を回収して生計を立てるために。
そして俺は──〝魔剣″を手に入れるために。
魔剣が欲しい。
魔剣を手に入れたい。
魔剣さえ手に入れば、俺は──。
だけど、魔法道具になって還ってくるのはごく稀だ。
ぶっちゃけここの〝還元率″はすこぶる悪く、体感的には1万個のゴミのうち1つが還ってくれば良い方じゃないだろうか。
ほとんどのゴミがダンジョンに呑まれて消えてしまう。
おそらく俺が今食わした数本のナイフも還ってくることはないだろう。
それでも、もしこのナイフが〝魔剣″となって還ってくれば──。
だから俺は、僅かな可能性を信じてダンジョンに武器を食わせ続ける。
ダンジョンの最奥で捨てれば還元率が高まる気がして──わざわざこんなところまでやってきたのだ。
「それにしても今日は〝影敵″の出没が少ないな。マジで商売上がったりだぞ」
このままでは蓄えが減っていくばかりだ。いつになったら魔剣を買うことができるのやら……ん?
「……あれ? こんなところに路があったかな?」
ふと気付く、違和感。
ろくにマッピングもしてない俺だが、毎日潜っていればだいたいの構造は覚えている。
そうだ、俺はこの路を知らない。
首を傾げながら路に足を踏み入れると、臭気が消え清浄な空気が鼻腔に飛び込んでくる。
……なんだ、ここは。
ゾクリと背筋に緊張が走る。
路の奥を照らそうと手に持つランタンを前にかざすと、何やら金色に輝くものがキラリと反射した。
「うおっ!? もしかして黄金か!?」
ダンジョン内に光るものは存在しない。エネミーだって黒い塊だ。
あるとすればそれは──ふいにダンジョンから排出された〝異質排出物″だ。
もしこれが黄金のイレギュラーだったりしたら大当たりだ。俺の魔剣購入資金も一気に貯まるってなもんだ。
今日は良い日だ、豪勢にエールをおかわりしようかな。
喜び勇んで駆け寄ってみると──。
「……ちっ、なんてこったい」
俺の予想は外れた。
黄金じゃなかった。
金色に光って見えたのは──金色の髪だった。
「最悪だな……大はずれだ」
ちくしょう、人間じゃねーか。
見なきゃよかった。
どうせダンジョン内で野垂れ死んだ、どこかの誰かだろう。
俺たち回収屋には、暗黙の了解がある。
それは──ダンジョン内で死体を見つけたら必ず回収しなきゃならないってことだ。
理由もハッキリしている。ダンジョンに死体が喰われると、その死体が死霊となって地上に湧き出てくると云われているからだ。
もちろん俺は死霊なんて見たこともないし、御伽話みたいなもんだと思ってる。
だけど俺たち回収屋にとって、ダンジョン内に死体を遺棄したり放置したりすることが最大の禁忌であることには変わりない。
だからもし回収屋がダンジョンでエネミーに殺されたりした場合、その遺体を発見したやつが地上まで運ばなければならないんだ。
「最奥から運び出すなんて重労働だぞ。勘弁してくれよ……」
だが待てよ、回収屋に金髪なんていたか?
俺たちは薄汚れた奴らばかりだ。ランタンの光に反射するような金髪のやつなんて……記憶にない。
まあ考えていても仕方ない。とりあえず死んでいるか確認するためにランタンの明かりを近づけてみる。
おや、これは──。
「女? しかもこれは……」
煌びやかに櫛の通ったサラサラの髪。
見るからに上等な絹で織られた、まるで舞踏会にでも出るような綺麗なドレス。
透き通るような白い肌。
装備の類は一切見当たらない。明らかに丸腰。かなり若い女──いや少女じゃないか。
ああ違う。絶対に違う。
彼女は回収屋なんかじゃない。
「なんだよ、これ……どう見たって〝貴族のご令嬢″じゃないか」
なんで貴族の令嬢が、ゴミしか捨てられてない廃棄ダンジョンの最奥でおっ死んでるんだ?
意味がわからない、誘拐でもされて殺されたのか?
でもパッと見る限り、致命傷は見当たらない。
であれば毒か、もしくは魔法か──。
確認しようとして、ふいに──死体と目が合った。
「えっ?」
なんで死体と目が合うんだよ?
というか、こいつ──。
「お、おい、生きてるのかっ!?」
マジか、生きてるのか。
俺の呼び声に、僅かに視線を向ける少女。
その唇が開こうとして──叶わずに、そのまま瞳を閉じてしまう。どうやら意識を失ったようだ。
「ああ、マジかよ……」
まさか、生きてるとは……。
なんで生きた貴族令嬢がこんなジャンクダンジョンの最奥にいるんだ?
どう考えても訳ありだろう。それも超弩級の。
だけど、貴族令嬢か──こいつは金の匂いがするな。
「仕方ねぇなぁ……」
このまま放置していたら、本当に死んでしまうかもしれない。
逆に上手いことどうにかしたら、何か良い金蔓になるかもしれない。
ピンチは、逆転してチャンスになることもあるっていうしな。
俺は回収屋としての義務と、それを上回る打算的な下心から──少女を背負い、ダンジョンから脱出することにした。