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9 シナリオにない道を生きていく

 セバスに諭された翌週。

 わたしは少し緊張しながら教室に入った。

 これまでは「攻略キャラと接触しないように、キャラエンドを避けないと」とばかり考えていた。

 自分のことばかり考えていた。

 男子たちにも、今の両親にも、申し訳ない。



「やあシュウさん、エンさん。おはよう。今日も元気そうで何よりだ。いい休日を過ごせたかい?」



 オーちゃんと席についてすぐ、ネガとワンが声をかけてくる。


「おはようございます。ネガくんとワンくんも元気そうで良かったわ」

「え、あ、ああ」


 曖昧に笑うだけだったわたしが挨拶を返したから、二人とも意外そうな顔をする。

 本当に、ごめんなさい。こんなにいい人たちなのに冷たくして。




 午前中の授業が終わり、オーちゃんと二人で昼食を取るつもりで食堂に向かっていたけれど、ふと足を止めた。

 ワンたちが集まってランチをしているのが目に入った。


 少し迷ったけれど、深呼吸をしてから勇気を出して、彼らのテーブルに向かってみた。


「ねえ、一緒に食事をとってもいいかしら?」



 ワンは一瞬驚いた顔をして、それからにっこり笑って返事をしてくれた。


「もちろん。二人もここに座りなよ」


 わたしはほっとして席に着いた。

 みんなと一緒に食事をしながら、今日の授業も大変だったねと労い合う。

 これまで自分が勝手に距離を置いていたことが、恥ずかしい。


 気づけば、わたしは自然と笑顔になっていた。


 放課後、わたしはみんなと図書室で勉強する。

 以前なら一人で黙々と勉強していたけれど、みんなと一緒に問題を解いたり、分からないところを教え合ったりするのが楽しい。


「うーん。この魔法式はどれを応用すればよかったねかしら?」


 わたしは苦戦していると、隣にいたネガがすぐに助けてくれた。


「ここはこうやるんだよ。マージョ先生が前回の授業で話していた魔法陣を使って……」

「うん、うん。ありがとう。すごくわかりやすいわ!」




 いつの間にか、恋愛イベントのことなんてすっかり頭から抜け落ちていた。

 シナリオを気にしてばかりいたらきっと彼らの本当の姿を見落としてしまう。

 


 そうしてただのクラスメートとして接して、一年が過ぎていた。



 すっかり学園生活にも慣れ、二年生になった休日のある日。

 学友と出かける約束がないから、久しぶりに食堂でのんびりと、セバスがいれてくれた紅茶を飲んで過ごす。

 

「一年前セバスに忠告されたのが懐かしいわ。みんなと毎日走り回って、目まぐるしく過ぎていく」

 

 セバスは優しく微笑んで、


「それで良いのです、シュウお嬢様。学友との時間を大切にすることで、得られたものは大きいでしょう」と言う。


「ええ。オーちゃんが案外おっちょこちょいだったり、ワンが怖がりだったり、他人行儀なままだったら見られない側面を知ることができたわ」



 本来、使用人が主に意見すると、“主君の娘に対してなんて無礼なことを!”と言われかねない。

 クビになるかもしれないのに、きちんとわたしの至らないところを叱ってくれたセバスには、感謝してもしきれない。


 一年、みんなと学友として過ごした上で、わたしの気持ちはさらに揺るぎないものになっている。

 空になったティーカップをテーブルに置いて、わたしはセバスを見上げる。


「ねぇセバス。あなたは結婚しないの? もうずいぶんと長い間、我が家に仕えてくれているでしょう。想う人の一人くらいいてもおかしくないわよね」


 セバスは何度か目を瞬かせ、微かに笑う。



「……もう27年前になります。一介の執事にすぎないこの命を大切にしてくれる方がいました。その方とわたくしめは、生きる世界が違う。本来なら言葉を交わすこともなく、終わるはずでした」


 27年前、生きる世界が違う……。

 もしかしたらセバスが想った相手はどこかの令嬢で、セバスは庶民だから、叶わぬまま終わったのかもしれない。


 いくら主でも、聞いてはいけないところに踏み込んでしまった。


 セバスはなおも続ける。


「不思議なことに、その方とは別の形で再び見えました。今度は、言葉を交わせる場所に。それだけで満足なのですよ。だから、ご当主様にすすめられても、結婚相手を探そうと考えることはありませんでした」

「満足なの?」

「ええ。創造神に必要とされなかったわたくしめを、必要としてくださってありがとうございますと、伝えることができるだけで幸せでございます」

 


 とても悲しいことを言う。

 40年もコーナー家のために力を尽くしてくれて、他の使用人たちにも頼りにされているのに。

 


「たとえ神が必要としないと言ったとしても、わたしにはセバスが必要よ。セバスがいてくれて、とても嬉しいの。こうして、言葉を交わせるだけで嬉しいのよ」

「はい。貴女様が必要としてくださるから、セバスはここにいるのです」


 わたしが身を乗り出して言うと、セバスは恭しく頭を垂れる。

 

 

「この命尽きるまで、お仕えいたします」



 騎士が姫に永遠の忠誠を誓うような、そんな重みのある言葉をセバスからもらえるなんて予想していなかった。

 日本にいたわたしが、異なる世界のセバスとこうして言葉を交わせるだけで奇跡。




「ありがとうセバス。わたしは幸せ者だわ」




 卒業するまであと一年。

 卒業式が終わったら、セバスに気持ちを伝えてみよう。


 今を生きているから、ゲームの設定で決められた選択肢以外の言葉を……自分の意志で言葉を紡げるんだから。




 END





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― 新着の感想 ―
とても素敵なお話でした! オジサマ好きなので夢中で完読。 続きが読みたくてたまりません!
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