8 見失ってはいけないこと。
今日はセバスと過ごせる。
表向きは買い物が目的で、わたしにとってはデートのような気持ちだ。
ゲームでは回想シーンでチラッとしか拝めないセバスが隣に居る、なんのご褒美でしょう。
今日の服は一番お気に入りのブラウスにスカート。背伸びしすぎず子供っぽすぎないものを選んだ。
セバスは護衛も兼ねているので、燕尾服にナイフを忍ばせ一歩後ろを歩いている。
スマホを持っていたら横顔を連写機能で撮影しているわ。
サポートしてくれたオーちゃんへのお土産を買って、街を散策する。
ゲームでは背景イラストだけど、現実になれば人が行き交う。
手を繋いで歩く親子が微笑ましい。
貴族は日本で例えるなら、市長や知事だ。選挙が無いだけで都市の管理責任者。
この学園がある都市の候がまっとうに運営しているから、みんな平和に暮らしている。
迎えの馬車に乗る前に、セバスにお礼を言う。
「セバス、今日はついてきてくれてありがとう」
セバスはわたしに手を貸しながら、優しい微笑みを浮かべて答える。
「お嬢様が望むのなら、お供いたします。しかし、最近はご学友の方々とのお時間を少なくされているようですね。お嬢様には同じ年頃の友人との時間も大切にしていただきたいと存じます。学友といられる時間は二年しかないのですよ」
わたしの気持ちに気づいた上で、遠回しに、自分に時間を使うなと言っている。
セバスの言葉はわたしの胸に刺さる。
ゲームイベントを回避したいとか、セバスルートに入りたいとか、そういう考え方をすることそのものが失礼だった。
みんな、意思を持ってここで生きている。
シナリオ通り、ゲームのプロフィールを持って与えられたプログラム通りに動くわけではない。
わたしは、そんな当たり前のことを見失っていた。
「セバス……」
セバスは穏やかに首を振り、静かに説得を続けます。
「お嬢様、ご友人との経験はお嬢様の成長にとって欠かせないものです。わたしとの時間も大事に思ってくださることは光栄ですが、今は学友との絆を深めることに力を注がれる時期かと」
セバスの言葉に優しさと真心を感じる。
なんでこんなにいい男なの。
こんなこと言われたら、ますます好きになるじゃない。
「わかったわ。学校のみんなと過ごす時間も大切にする。でも、食堂でセバスのお茶を飲む時間を楽しむくらいは許してほしいわ」
セバスは穏やかに微笑んで「もちろんでございます」と答えた。