Plus aucune couleurの裏腹
起きて、着替えて、キョンシーのように職場に向かう少女は、今日も死んだ目をしていた。向かいの行動機械が出た黒い煙も責めてきて、日照り雲も嗤ってくる。
並木に潜む蝉の鳴き声は、角笛のように、唯一少女を前に進ませる触媒となっている。
半年前だったら、少女がこう歩きながら、キツツキが木の表見代理でもしていたのかという空想でもできるのだろう。だが、今の少女は、もっぱら頭からっぽの殻に近い。
少女は、まっすぐに歩いても、目線が散らばって四散している。でも、この始まりもない相手のいない間違い探しゲームは収穫はある。わずかに慰めになることといえるのか、ラングラード川を越える橋のフェンスに釣竿をかけている変質者がいた。
「ボンジュール?」
少女は、思わず声をかけた。
「ボンジュール、マドモワゼル」
「何をしていますの?」
「ご覧の通り、釣りですよ」
地元の人間にとって、ラングラード川のみなもとはともかく、中流・下流で釣りしたり、水遊びをしたりことは、すでに頭のおかしいサインとなっている。だが、面識のない相手にいきなりこんなこと言ったら、マナー違反となる。
「何を餌としているのかしら?」
「スパヌとチー・ハウのあれ、何だっけ…」
わけわかんないのに、少女にいえない気持ちが強くなってきた。バイト先で作られた人が食べると想定された商品が、釣りの餌となって、ラングラード川に投下されたことを不満と思ったのか。バイト2日目でも、店への帰属意識が生じたのか、わからない。
「大事な食糧を川に捨てる行為、辞めてもらえるのかしら?」
「なんで?」
「不気味だから」
「僕の自由でしょ?」
「その自由は自然状態においてのみ存在し、ひとたび人間が社会状態に入ると、自然の自由はほとんど保たれず、社会状態を取り除くことはできません。人間は生まれながらにして自由ですが、常に鎖につながれているとも言えます」
「魔王の遺物、本物だったか」
男がため息をつきながら、片付け始めた。
「魔王の遺物?」
「先日、借りた部屋のクローゼットから落ちてきた水晶玉に指示されたんだ。ここでこうやって釣りしたら、救世主が説教しながら寄せてくるんだ。あ、言い遅れたのね、僕、ヴァンサン・レグヴァン。救世主さん」
「レアン・マーシャンだわ。貴教会には堅く加入しません。でも、宗教の勧誘なら、斬新的ですわ」
眉をてひそめてごてごてしている少女だが、彼女の見える世界の彩度が上がった。




