接触
警備人形の一撃をオオモリは自らの警棒で受け止める。
パァン!と乾いた音がして火花が散った。
「ッ!」
手に凄まじい衝撃を受け、オオモリは思わず警棒を落とした。
「電流です!触れると気絶します!気をつけて!」
ユーリが叫んだ。
「先に言ってくださいよ」
オオモリは軽口を叩いて苦笑いをする。
落としてしまった警棒は金属性だが、握りの部分に滑り止めの布を巻いていた為、幾分は衝撃が軽減されたのだろう。まだ右腕はジンジン痺れているが、動かせないこともない。
警備人形は電撃棒を牽制のようにユラユラ揺すりながら、ジリジリとオオモリに詰め寄る。
「下がってください!」
カンダが叫んだ。
と、同時にオオモリがバックステップをする。
パンッパンッパンッ
続けて銃声がする。
カンダが拳銃を放ったのだ。
全弾命中。さほどのダメージは無いようだが、そのスキにオオモリは警棒を拾うことが出来た。
「いい物持ってるじゃないですか!助かります!でも、もう撃たないでくださいね!」
オオモリが視線を警備人形に合わせたまま、努めて笑顔を作って言った。
「思ったより外皮が硬くて貫通しないので跳弾になるようです。でも助かりました。ありがとうございます!」
理解が追い付いていないカンダに対して、ソウタが意味を補足した。そう言いながら彼は腰のベルトを抜く。
「皮って絶縁体ですよね?」
理科が苦手な彼は念の為カンダに確認した。
「はい」
「ありがとうございます!」
ソウタは金属製のバックルを外し、ベルトを警棒の握りに巻き付けた。
「増援は無いようですので!加勢します!」
「頼む。ただし、あくまで三人の安全優先で」
「よし!」
言うやいなや、ソウタは警棒の一撃を打ち込んだ。
キィーン!
警備人形が受け止め、高い音が響く。
火花が散る。だが手に衝撃は来ない。
「大丈夫なようです!」
ソウタが叫んだ。
彼は盾を外し、警棒を両手持ちしている。
「上は任せてください!」
「よし!」
ソウタのリードの元、オオモリも駆け寄る。彼も盾を外し警棒を両手持ちしていた。盾は金属製の為、不意の感電を防ぐ為と、もう一つ狙いがあった。
キィン!キィーン!
ソウタの打ち込みはワザと警備人形の右手に握られた電撃棒を狙っている。
それに対してオオモリは小刻みに左手に対して小手を打ち込む。彼の警棒は絶縁処理をしていないので、大振りは出来ない。牽制しつつタイミングを計っていた。
「はっ!」
ソウタが渾身の一撃を振るった。
もちろん電撃棒を狙ったものだ。
たまらず大きくはじかれる。
「せいや!」
タイミングを合わせたオオモリが警備人形の膝に一撃を加える。
腰の入った両手持ちのフルスイングである。
外皮の樹脂は思った以上に打撃を吸収し、防弾性能もある。狙うなら骨組み、機械部分が露出した関節、特に膝だろうと狙いすましていたのだ。
警備人形の体重は、打ち合った時の感触でだいたい分かる。おそらく80~100kg
人形はその重さで人と同じぐらい滑らか、かつ、素早い動きをしていた。ならば、弱点も体重のある人と同じはずだ。体重を支えつつ精巧な動きをする膝は、不意の衝撃に非常に弱い。
バランスを崩した警備ロボは前のめりに倒れ、両手をついた。
「受け身もとるのか。大したものだな」
オオモリが言った。
「でもその高性能が命取りだね」
ソウタの手には警備人形が落とした電撃棒が握られている。
パパパッ!
ソウタが電撃棒を、露出した金属の腰椎に当てると激しい火花が散り、人形は動かなくなった。
5人は警備人形を遠巻きに囲んでしばらく様子を見る。
動く気配はない。
常に回っていたファンも完全に止まっている。
ソウタが足で小突いて見たが反応が無い。
「大丈夫なようですね」
カンダが警備人形に近づき、何かの処置をした。
「バッテリーらしきプラグを外しておきました。念の為外せるプラグは全て外しておきます。さすがにもう動かないでしょう」
遠巻きに様子を見ながら細部も観察していたようで、非常に手際が良い。
「こんな武器を使うのに自身は絶縁処理が甘いとは、なんてチグハグな作りなんだろう」
シンバも興味深げに人形をチェックしていた。
「すごいな。ここのスイッチで電撃有無が切り替わるみたいです」
ソウタが電撃棒をいじっている。何かスイッチを入れる度にバチッと音がする。
「これ、持って行きましょうか?こんなのが他にいるかもしれないし」
『こんなの』とは倒れている警備人形のことだ。
「そうだな。もう一本ないか探してみるか」
そう言ってオオモリが受付カウンターを探しに行こうとした時、それまで考えこんでいたユーリが口を開いた。
「撤収しましょう」
全員が無言でユーリに注目する。
「新たな危険があれば、その都度調査の続行を検討する。そういう取り決めでしたね」
「確かに」
「さすがにこれは危険すぎます。また、分からないことが多い。出直すのが賢明です」
他の4人は一旦沈黙した。それがユーリの提案に対する賛成が満場一致ではないことを示している。
「これぐらいなら、また出てきても何とかなりますよ。1回経験したので」
ソウタが言った。
「次も一体とは限らないでしょ?これを複数相手にするのは困難だと思います」
「そりゃそうですが」
ソウタは言葉に詰まった。
「せっかく入れたんだし、もう少し先まで入って写真だけでも撮って行ってはどうでしょう?」
カンダが言った。
「そうですね。一旦は危機は回避できたので、次に何かあるまで様子を見ては?」
シンバが同意した。ユーリを含めて彼ら三人はおそらく研究職だ。これほどの遺跡と遺物を目の前にしたら、どうしても心が動くのだろう。
「『何かあってから』を繰り返すなら、何も対策を立てないのと同じことです。危機管理は『何かある前に』やるべきです。何かあった際に身を挺してくれるのは、オオモリさんとソウタさんであることをお忘れなく」
ユーリの意志は固いようだった。洞窟の出口でネズミの大群と遭遇した時も、不審な形で墜落したドローンを発見した時も、結局オオモリに引率を委ねてしまった。その結果、警備会社とはいえ民間人の二人を、あってはいけない危険にさらしてしまう。
(これは自分の責任であり、過失だ)
ユーリは噛みしめていた。
教会が抹消した技術に対抗する術は本来、民間人は持ち合わせていない。彼らは優秀が故に対処してしまったが、このような危険に民間人を晒してはいけないのだ。
「ここまで来て残念な気もしますがね。まぁ我々は依頼を受けている身なので、ユーリさんの決断は尊重しますよ。ご配慮ありがとうございます」
オオモリが言った。
沈黙のままそれぞれ頷いており、今度は誰も異論はないようだ。
そう思った時・・・
「それは困るな。もう少し時間をくれませんか?」
その場にいる誰でもない声がした。
声の主は警備人形だった。