入館交渉
ファンの音は受付カウンターの中から発せられている。
勢い良く回ったファンが次第に落ち着いてくると、警備人形が一歩前に踏み出した。
「□□□□□□□□□□?」
警備人形は何かを話した。
「やはり古代語か」
オオモリがつぶやく。
「英語で喋るガよろしいですか?」
明かにオオモリの声を受けた返答が返って来た。
「ああ、お願いします」
咄嗟にオオモリが答える。
『英語』は現在の共通語のベースとなった古代語だと言う程度の知識はあったからだ。
「本日はどのようなご用件デいらっしゃいましたですか?」
警備人形の言葉はややクセはあるが、訛りの一種程度に感じられ、その場にいる全員聞き取ることが出来た。
そして、質問の意味が全員理解できた故に互いに顔を見合わせた。
『人』がいる場合は素直に交渉しようという計画は立てていたが、この場合は想定していなかった。1000年前の機械に対して素直に話して通じるとも思えない。また1000年前なら世界政府が出来る前だ。教会の権威も使えない。
「ワタシ、違う言語デしゃべるですか?」
警備員が聞き返す。
「いや、大丈夫です。すみません。スティールワスプのオオモリと申します。巡回警備と害獣駆除で伺いました」
咄嗟にオオモリが答える。沈黙は怪しさしか生まないので、これは条件反射のようなものだ。まずは、本当では無いが嘘でもないようなことを言ってみた。
「アポイントはお取りしてルですか?」
「取ってると聞いているのですが、入っていないですか?」
デタラメである。しかし、彼の経験上、こう言うと飛び込み入館の手続き方法を教えてくれる場合がある。
「少々お待ちお願いしまス」
警備人形がそう言うとまたファンの音が響き渡る。
「無いでス」
「まいったな。ネズミの被害が酷いから至急何とかして欲しいと言われて来たのですが・・・何か当日入館の手続きは取れませんか?必要な書類記入等あればここでしますが」
あくまで堂々と答える。こういう対人用のノウハウが機械に通用するかどうかは疑問だが、今はこれしかやり方が思いつかなかった。
「少々お待ちお願いしまス」
再びファンが回る。
「それでは、ここに御社名とご住所、入館されル全員分のお名前ヲご記入です」
警備人形がそう言ってペンのようなものを手渡すと、手前のカウンターテーブルが光って、記入欄が出来た。
「ここに書けばいいのですか?」
オオモリが確認する。
「はい。後ほど入館前に手荷物検査ヲさせていただくです。ご了承お願いでス」
「分かりました」
手荷物検査・・・厄介ではあるがこういう施設に出入りする人間は多いはず。一人一人厳密にやってたら時間が足りないので形だけの場合も多い。オオモリはそれに賭けて堂々と受けることにした。
答える度にユーリを見るが軽く頷いている。異論はない、というより、判断が出来ないのだろう。
オオモリは一瞬悩んだが、現在の会社の住所をそのまま書いた。当然1000年前には存在しない会社だし、地名も違っているだろう。
しかし、中途半端な知識で古代の地名を書いてボロが出るよりはいい。突っ込まれたらしらばっくれて出直すだけだ。
そもそも、日々多数入館するはずの業者の住所は、その場では詳細に確認しないだろうと、これもやはり賭だった。
記入中、警備人形は無言でじっと見守っている。
オオモリは会社情報と自分の名前を記入し終わったら、後はペンを回してそれぞれに記入してもらった。
「それでは入館登録します。少々お待ちください」
全員の記入が終わるとまた警備人形のファンが回った。
「一つ質問があります」
警備人形が言った。
オオモリとソウタは嫌な予感がした。
(何か変だ。さっきまでと何か様子が違う)
次の言葉でその違いの正体が分かった。
「そちらのお二人は名前と制服からスティールワスプ社であることの認証は取れました。しかし、そちらの三名様は教会の方ですよね?申告に虚偽があります」
警備人形の言葉遣いが古代の『英語』ではなく現代の共通語になっている。違和感の正体はこれだった。
「教会とスティールワスプ社を知ってるの?千年前のコンピュータが?!」
ユーリが思わず叫んだ。
「やはり教会の方ですね。意図的な隠ぺいと断定します。不審な侵入と認定します。規定により確保します」
一層大きなファンの音と共に警備人形はジャンプしてカウンターに飛び乗った。
目算ではかなりの体重がありそうだが、恐るべき跳躍力である。
「警告も無しにいきなり実力行使ですか!昔は物騒なんですね!」
オオモリは身構えつつ、ユーリに向かって叫んだ。
「そんなはずはありません!何が何だか?!」
ユーリは混乱しつつも答える。
「確保します」
警備人形が同じ口調で繰り返した。
「話し合いの余地無さそうなんで壊しますよ!いいですね?」
「はい!お願いします!」
「了解!ソウタ!三人の安全を!」
「よし!」
「確保します」
警備人形はカウンターから飛び降りた。
片手には見たことのない形の警棒が握られている。おそらくカウンターの裏に設置されていたものだろう。よく訓練されている。いや、機械だから当たり前か。
そんなこと考えつつ、オオモリは臨戦態勢を取った。
「確保します」
警備人形はオオモリに向かって警棒を振り上げた。