1000年前の警備員
改めて探索を継続するにあたり、休憩を兼ねて軽いミーティングを行うことにした。ミーティングと言っても適当な木陰に荷物を降ろし、飲み物を取りながら立ち話をする形だ。
「とにかく入れそうな場所を探さないとですよね。しかし建物がデカいのでどうしたものか」
口火を切ったのはオオモリだ。
「手分けはしない方がいいですよね?安全面を考えると」
ソウタが意見を乗せる。分かり切ったことではあるが、指差し確認の意味と、場を温めて意見出しやすくする意味での発言だ。
「ですね。ネズミの他にも建物が無人ではない可能性も出てきたので」
ユーリが返す。
「そう。ネズミは出入りしているわけですよね。ならば、ネズミを探して追跡するというのはどうでしょう?」
オオモリが尋ねた。
「それも一つの案ですね。一応発信機もあるので、ネズミを1匹生け捕りにしたら発信機を付けて追跡することもできます」
カンダが見解を述べた。
「そんなことが出来るんですね!しかし生け捕りか・・・簡単では無いですね。罠を仕掛ければ可能かもしれませんが、時間がかかりそうです」
ソウタが素直な感想を述べる。あまりネガティブなことは言いたくないのだが、この意見が採用された場合、実際に生け捕りを試みるのはオオモリとソウタになる。だからここは現実的な回答すべきと判断したからだ。
「ですね。それは最後の手段かと。ネズミの通り道を人間が通れるとも限らないので。一番は食料は三日分しかないので、あまりそこに時間をかけたくありません」
シンバも見解を述べる。洞窟に馬車は入れないので、洞窟手前で馬車は帰している。それぞれのバックパックで持てる分しか荷物は持ち運んでいないのだ。
「まぁ、最悪食料は私とソウタがその辺で確保しますよ。最大1週間程度は大丈夫だと思います。皆さんの都合が良ければですが」
オオモリが言う。
「ありがとうございます。助かります」
ユーリが礼を言った。
「とりあえず、1回ぐるっと回ってみません?正面が閉まってただけじゃないですか。案外簡単に入れる入口はある気がするんです。元々ここってショッピングセンターなんですよね?」
議論が膠着しそうなタイミングでソウタが口を開いた。
「はい。何かアテがるのでしょうか?」
ユーリが興味を示した。
「アテってほどじゃないんですが、商業施設なら搬入口とか従業員通用口があると思うんです。そこって、基本的には警備員や作業員がいるから部外者は入りづらいですが、建物の構造自体は入る所がいっぱいあったりするんですよね。こんな荒れた建物が、搬入口や通用口までしっかり施錠されてるとも思いにくいんですよ」
「確かにな」
オオモリが反応する。彼もソウタも警備をする側の経験もあれば、貴重品等の警備の為に営業時間外に従業員通用口から出入りする経験も豊富だった。
「懸念事項は、ユーリさんの推測の通り建物の警備が生きているのであれば、そこで警備員や作業員がいる可能性もあるが・・・」
「そこは堂々と話せばいいんじゃないですか?ネズミの調査で来たと。別にやましいことは無いし、教会の後ろ盾もあるので、相当な反社会勢力じゃなければ、表向きは無下には出来ないはずです。丁重に断られたら、素直に引き返してその旨を教会に報告するのがいいんじゃないでしょうか?」
「素直に帰してくれるかな?」
オオモリが懸念を述べる。内心は彼はソウタの案に載っているが、これは作戦に穴が無いかの確認作業だ。
「そこは私が交渉します」
ユーリが言った。
「実際、私たちの位置情報は逐一協会は把握しています。そして、非常時には教会に対して連絡する手段もあります。手段の詳細までは話せませんが、そこまで伝えれば迂闊なことはされないでしょう」
「頼もしいですね。まぁ外から見た限りじゃ、反社勢力、というよりは人が常駐しているようには見えないので、案外ソウタが言うようにすんなり入れるかもしれません。とりあえず行ってみましょう」
オオモリの決定に異論が出なかったので、その通りに行動することになった。
壁伝いに10分弱歩いて正面玄関のちょうど裏側に来た所にそれがあった。
「ありました。古代語で『従業員通用口』と書いてあります」
ユーリが壁に貼り付けられた古代語の看板を読み上げた。
正面玄関の巨大な強化ガラスの扉とは打って変わって、簡素で武骨な金属のドアがそこにあった。
その脇にはおそらく搬入口であろう強大なシャッターがある。
「このシャッターなら壊せそうですね。最悪、ここから入りましょう」
様子を見てきたソウタが言った。
「そうだな。でもこの扉空きそうだ」
通用口の扉を調べていたオオモリが言う。
「人の気配はしませんね。一旦、私とソウタで入ってみます。皆さんは少し離れて着いてきてください」
警戒しつつ扉を開け、中の様子を伺う。
誰もいない。短い廊下があり、その先にもう一つガラス戸がある。ガラス戸は正面玄関のそれに比べると小さく、そして大きなヒビが入っていた。
「あれも壊せそうだな」
オオモリは教会調査団の3人を中に招き入れる。ソウタは奥のガラス戸に向かった。
「開きますね」
そう言ってソウタはガラス戸を開けて中に入った。
「失礼します」
万一誰かに遭遇した際に不審者では無いことをアピールする為、努めて明るく声を出した。
もっとも人の気配は全くない。
ソウタは入った左手を見る。そこに来場者受付のようなカウンターがあったからだ。
「うわっ!」
めずらしくソウタが動揺した声を上げた。
「どうした!」
すかさずオオモリが確認する。
「大丈夫です。ただ・・・変な人形がいます。特に危険な様子はありません。ユーリさん、これ、何だかわかりますか?」
全員がその場に集まった。
受付カウンターの中にその人形はいた。
直立しており、大きさは大人の男性ぐらい。外皮のほとんどは樹脂で出来ておりツルンとしている。かつては顔が描かれていたようにも見えるが、今は塗装が剥がれておりマネキン人形のようになっている。ヒジや肩などの関節の繋ぎ部分は金属製で機械のようなものも見え、かつては動いていたのかもしれないことを伺わせる。
ちょうど建物の外で発見した教会のドローンに印象が似ていたのでソウタはユーリに尋ねたのだ。
「おそらく警備員の役割を果たすロボットですね」
「やっぱり!本当にいたんですね」
ソウタが興奮気味に話す。
「しかし、この状態ということは、やはりこの建物には正規の人はいないと思っていいんじゃないでしょうか。まだ浮浪者や山賊がねぐらにしている可能性はありますが、少なくともここには我々以外が出入りしている形跡はありません。予定通り調査してかまわないかと。誰かに出会ったらその時はその時で交渉しましょう」
オオモリがそんな方針を話している時だ。
フォォォォォォンと扇風機のような音がした。
「××××××××××××」
何やら音声のようなものが響き渡る。
「□□□□□□□□□□□□」
続けて違う音声が流れる。
どうやら、様々な古代語で話しているようだ。
次に流れてきた言葉はソウタ達にも理解できる言葉だった。
「スリープモード解除します。しばらくお待ちください」