生きている
巨大建造物の外周を歩くと建物の正面入口のような場所が現れた。
「これってガラスなんですか?」
オオモリは透明な扉を拳で軽くノックしながら尋ねた。
「ガラスです。ただしかなりの強度があるのでハンマーで叩いたぐらいでは割れません」
「でしょうな」
彼は拳に伝わる感触で破壊可能かどうかはだいたい予測が出来る。オオモリ、ソウタが所属する警備会社『スティールワスプ』は警備以外にも破壊工作等、様々なスキルを持っている。社名の意味は鋼の蜂。個人事業主が多かった傭兵、用心棒達を組織化して成長した企業なので組織力のシンボルとして蜂を使用しているのだ。それゆえ元々同業者には教えないような個人のノウハウが様々共有、蓄積されている。
「しかし、そうなるとやっかいですな。開きません。どんな鍵がかかっているかも、まったく分からない」
スティールワスプの中でもベテランであるオオモリを持ってしてもお手上げだった。
「中から機械でロックされてますね。ここからの進入は諦めたほうがいいでしょう」
ユーリが扉周辺を調べていたその時。
「ユーリさん!ちょっと来てください!」
教会調査員のカンダが叫んだ。
全員が彼の元に集まる。
「これを」
カンダが足元を示す。
「なんですか?これ?」
ソウタが奇異の声を上げる。そこには彼の目には奇妙なものが転がっていた。
金属と樹脂で出来ていることは間違いない。
子供の頭程の大きさの樹脂の箱に金属の脚が何本か出ているようなもので、機械仕掛けの昆虫のようにも見えた。
「ドローン。空を飛んで撮影をする機械です」
ユーリが言った。
「これが飛ぶんですか??」
「はい。でも壊れていますね・・・」
そう言ってユーリは手に取って調べた。
「触って大丈夫なんですか?」
ソウタが心配する。子供の頃読んだSF漫画に出てきた古代兵器になんとなく似ていたからだ。
「大丈夫です。これは教会のものですから」
ユーリが答えた。
「教会はこんなものまで・・・」
オオモリとソウタは絶句する。
「これが機能すれば無人で調査が出来るので、皆さんのお手を煩わせることも無かったのですが・・・どういうわけか幾つ送っても全て途中で連絡が途絶えていたんです。やはり墜落していましたか・・・」
「墜落、これもネズミの仕業ですかね?木から飛び乗って落としたり」
「分かりません。ただ落下以外に外傷はないようなので・・・」
そこでユーリは一回思案した。しかし、意を決したように言った。
「本来、教会が抹消した技術の詳細をお話しするのは規約違反なのですが、皆様の安全に関わることなのでお伝えします」
一同に緊張が走る。
「このドローンは電波という目に見えない信号を送って遠隔で操作する物です。落下以外の外傷が無いこと、他に複数のドローンが音信不通になったことを総合すると、電波障害を意図的に起こすような防衛システムが使用されたと予測されます。それにより制御不能になり落下したと」
「防衛システムですか。ということは・・・」
オオモリはそれだけ言って言葉に詰まった。
「はい。この建物の防衛システムの一部、もしくは全部が生きている可能性があります。何者かがいるのか、自動で動いているのか、今のところは分かりません」
オオモリとソウタは言葉が出なかった。
思考停止をしているのではない。むしろ逆で、これから想定されることをめまぐるしく考えている。
「ここで皆さんにご確認があります」
「はい」
「今回の警備の契約にあります、『警備不能となる不可抗力の事象が発生した場合、スティールワスプ側は警備の中止を判断することができる』という事象に該当するかと思います。この先の継続の有無についてどうかご判断を」
ユーリはまっすぐオオモリの目を見据えた。
「いくつか確認させてください」
オオモリは間髪入れずに質問する。ユーリの言葉は想定通りのものだったからだ。
「今の質問をされるということは、私たちが警備継続を判断した場合、皆さまは調査を継続されるんですよね?」
「そうです」
ユーリが答える。意外にも即答だった。
「では、私たちが中止を判断した場合、皆さまはどうされるのでしょう?」
「皆様がいない状態で自衛する手段がありません。私達も帰還します」
これも即答である。しかし、ややユーリの表情が曇ったのをオオモリは見逃さなかった。
「ふむ」
オオモリは一旦一呼吸おいてから聞いた。
「総合すると、皆様の判断では、我々の警備さえあれば、まだ中止に該当するような段階ではないと?」
「苦しい所を指摘されますね」
ユーリは苦笑いをした。
「正直、難しい所です。難しいと言うより判断がつきかねています。だから皆さんの判断に委ねてしまおうかと考えたのでしょう。ズルいですよね。すみません」
答えながら、ユーリは苦笑いというよりは失笑に近い笑みを浮かべた。それは外ならぬ彼女自身に向けられた失笑のようだ。まるで弱い自分を嘲り、切り離すことで強くあろうとするかのように。
ユーリが時折、妙に潔く非を認めて謝罪するのは、そういう彼女の性格から来ているのかもしれない。オオモリはそう感じたのだった。
「そうですか。はっはっは!」
オオモリは豪快に、ややもすると芝居がかってるほど豪快に笑いだした。
教会の三人はな彼が笑ったのか分からず、不思議そうな顔をした。
「いや、すみません、教会の方でも悩むことはあるんですね。てっきり、皆さんは完璧で悩みなんて無いと思ってましたが」
「私たちだって人間です。知識と持っている道具以外は皆さんと何も変わりません」
ユーリが憮然とした。
この遺跡に着いてから、彼女らの感情表現が豊かになったように感じる。ならばとオオモリは考えていた最後の質問をした。
「では、同じ人間として感情でお答えください。皆さんの気持ちは調査を続けたいですか?それとも怖いので帰りたいですか?」
調査員の3人は顔を見合わせる。
「意見が違うようならそれぞれの意見でいいですよ。言いづらいようなら一人一人個別で伺いましょうか?」
と、オオモリ。
「その必要はありません。ただの個人の感情として言うだけですから。私は継続したいです。今引き返すのは正直悔しいです。また、本当に防衛システムが機能しているのであれば、その原因も出来る限り追及しておきたいという思いもあります」
ユーリが珍しく『悔しい』という感情の言葉を口にした。本心もそうなのだろうが、おそらく、続くものが発言しやすくする為の配慮もあるのだろう。
「同じくです」
とカンダ。
「一緒です」
とシンバ。
「私も言います?」
ソウタが言った。
「そうだな。頼む」
「面白そうなんで、この遺跡もっと見たいです」
「お前はそうだろうな。。。分かった」
オオモリは一同を見渡した。
「では、私の判断をお伝えします」
ユーリは祈るような目でオオモリを見ている。
「保留しましょう」
オオモリが言った。
「と、いいますと?」
ユーリが聞いた。単なる確認ではなく、本当にオオモリの意図が理解できないといった顔をしている。
「今現在は、御社の機材が一つ壊れていたという事象が一つあるだけです。当初想定していた以上の危険にはまだ遭遇していません。」
そう言いながらオオモリは(教会も『御社』と言っていいのかな?)等とくだらないことを考えていた。ユーリとは逆に彼は頭が整理されきて、雑念が沸く余裕が出来てきている。
「確かに」
「でも、貴重な情報であることは事実。だから、この情報を活かして警戒を増やしつつ、一旦は調査を継続しましょう。しかし、新たな事実の発覚の度に今のように調査の継続をみんなで議論するというのはどうでしょうか?」
「なるほど」
ユーリが関心した声で言った。
「私は異論はありません。むしろ、ありがたいです。では、継続ということでよろしくお願いいたします」
カンダ、シンバともにホッとした表情をした。
「でも、みなさんは、本当にそれで大丈夫なのでしょうか?」
ユーリは念を押すように言う。
「大丈夫です。教会の仕事で成果を出すのは会社にとっても大きいから、なんとしても成功させろって上司に言われてるんでね。弊社としても望むところですよ」
オオモリは、努めてあっけらかんと答えた。
(思った通りだ。彼らからは学ぶことがある)
ユーリは教会での生活を思い出していた。
リーダーは判断を保留してはいけない。いかなる場面でも冷静に状況を判断し、毅然と部下を導くべき。そう教会では教えられてきた。
しかし、本当に判断出来ない時はどうするか?
オオモリのように、期限を決めて保留するのは非常に現実的に思う。
また、事実とは別に感情の話をするのもユーリには無い引き出しだった。
(彼らからは学ぶことがある)
ユーリは決意を新たにした。