千年の遺跡
馬車に戻った一行は、軽く打ち合わせをし、移動を徒歩に切り替えることにした。
必要な荷物を各自バックパックで持ち、馬車は御者に指示して一旦下山してもらう。
幸い目的地はそこからは、さほど遠くなく、30分程度で到着した。
しかし、6本脚のネズミの巣があるというその洞窟は、最初から違和感だらけだった。
入口は樹木で覆われていたものの、それらを伐採すると驚くほど間口が広い。大人が3、4人優に並んで通れるほどの広さがある。
入口からしばらくは、ほぼ等斜度の地下に潜る下りが続き、そこを超えると急に地面は水平になった。
ランタンで照らしてみるとかなり先まで真っすぐな道が続いている。
地面は土。壁面は土とも苔ともつかないもので覆われている。
「そこかしこにネズミの糞が付着しています。病原体が多いので、あまり触らないように」
事前にそう注意されていたので、オオモリもソウタも近づかないようにはしていたが、やはり違和感のある壁だった。
空気はかなり湿っており、動物が生活している空間特有の生臭さが充満していたが、時折どこからか風が吹きこむのでなんとか耐えられる。
風の音に混ざって、あちこちから何かの気配がする。
その気配が次第に近づいてきた。
「います。声を出さないで」
ユーリが小声で指示を出した。
バタバタバタッ
何者かが足元と壁面を通り過ぎる。
30~50cm程度の生物。
ランタンの明かりだけでは正確な目視は難しいが全部で3匹か?
「我々に気付かなかった・・・ワケはないですよね」
鼠たちが通り過ぎてから、しばらくしてソウタが言った。
「はい。基本的に、こちらから危害を加えなければ攻撃性は低いです」
「そうは思っていても、気味は悪いですな」
オオモリが言った。
そして、ソウタに告げる。
「間近で見ると随分速い。大きさもまばらだ。そして、床だけでなく壁面も歩く。今のうちにイメージを固めておけ」
「了解」
ソウタは短く応じた。
警備の基本は危機に対する予測と、それに対する準備だ。
しかし対生物の戦闘は準備、即ちルハーサルが出来ない。
だから、わずかな情報からイメージでリハーサルを重ねる訓練を彼らは習慣化していた。
鼠が必ずしも好戦的な生物ではないことは、今ので一度経験したが、熊と対峙している時は別の種と思えるほどだった。おそらく子供や巣を守る場合に、豹変する類なのだろう。そういう体験はオオモリもソウタも何度も遭遇している。交戦になることは十分予想できるのだ。
道は相変わらず一定の幅を保っている。
しばらく進むと十字路になった。
洞窟の中の道が十字路である。
それも、ほぼ正確に90度に交差しており、四方全て道幅は一緒に見える。
「この洞窟は人工物なんですか?」
さすがにオオモリは確信してユーリに尋ねた。
「そうです」
ユーリは端的に答えた。こちらから聞かないと何も情報が出ない、そして尋ねても聞いたこと以上の答えは返ってこないスタンスは相変わらずのようだ。
「貴重な遺跡か何かなので、場所を知られたくないと?」
彼らは聞かなければ何も言わないので、オオモリとソウタは積極的に尋ねるようになった。そういう人たちだと割り切れば、気分を害することもない。
それよりも気分の問題で距離を取って、コミニュケーションロスによる失策の方が怖い。こういう状況下では、コミニュケーションスキルは戦闘スキル以上に生存に関わる重要技術になる。
「はい。ここもそうですが、この洞窟を抜けた先におそらく貴重な遺跡があるんです」
「そういうのは教会の世界地図のようなものに載ってるんですか」
「はい。かなり古い、千年以上前の地図にあったので、まだ確証とまではいきませんが、おそらくは間違いないかと」
「盗掘されるような宝があったり?」
千年前の遺跡という言葉にソウタのテンションが上がった。彼はまだ冒険に憧れる歳を抜けていない。
「文化遺産として貴重なんですけど、ほとんどの人には価値が分からないかと。だから、盗掘よりも破壊されることを懸念してます」
めずらしくユーリが聞かれたこと以上のことを話した。
彼女なりの情熱がある分野なのだろう。本業は歴史学者なのかな?とソウタは考えたが、彼女が深堀されることを好まないのは分かっているので、それ以上は黙っていた。
道はかなり複雑に入り組んでいるようだが、ユーリが何かの情報を元に先導するので一同は特に迷うことはなかった。
道中何度もネズミには遭遇し、幾度かは不意に鉢合わせて興奮したネズミと交戦になったが、それはオオモリとソウタが対応出来た。
何しろ的が小さく動きが速いので初戦だけ多少苦戦した。しかし、深追いせず向かってきたところを盾で殴りつけ、動きを止めてから警棒で叩きつけるという戦法を、2度目にはもう完成させていた。その後の二人は、ベテランのネズミ退治業者のように危なげなく対応してのける。
今の所、一度も仲間を呼ばれていない。
もっとも、ほとんどの場合は刺激しないようにすることで、やり過ごすことが出来た。
やり過ごし方の方も慣れてきたので、進むにつれて交戦する頻度は減っていった。
「間もなくです」
長い直線通路を歩いていると、ふとユーリが口を開いた。
通路の先を見ると、うっすらと光がさしているように見える。
おそらく出口だろう。
「出口ですね!」
そう声を出したソウタがオオモリに制された。大声を出すなと。
そして、小声で言った。
「落ち着いて聞いてください。います。かなりの数」
「どこですか?」
ユーリが小声で聞き返す。
「ゆっくり見てください」
そう言ってオオモリは天井を指した。
天井が微かに動いている。
耳のチューニングが合ってくると、出口から吹き込む風の音に混ざってキィキィという鳴き声が聞こえる。
「!」
ユーリは自分の口を押えた。
天井にビッシリとネズミが張り付いている。
「止まるのも不自然なので歩きましょう」
オオモリが提案する。
本来誘導の役目はユーリなのだが、こういう場合指示の遅れが命の危険を招く。
そして、危機的状況で集団の命を預かる判断を下すのは素人では出来ない。実際、ユーリを含む教会調査団の三人は軽いパニックを起こしていた。
彼らとて、この量の鼠が間近にいるのは怖いようだ。それがソウタには意外に感じられた。
ソウタもオオモリも、度を超えた危険下ではかえって冷静になる。彼らにとっては、それが当たり前なのだが、ユーリ達はそうではないようだ。
(教会の人たちも万能じゃないんだな)
そう思うことで、ソウタは更に冷静になった。
「私の仮説ですが」
オオモリは歩きながら話す。
三人は付いて行かざるをえない。
それを見てソウタは最後尾に回り、殿役を勤めた。
ネズミ達は相変わらず天井で、ざわついている。
「ヤツラは少し前から我々に気付いています。当たり前ですよね。こんなランタンを照らしている集団が進んで来たら見つからないワケがない」
オオモリは軽い口調で話す。これは教会の三人を落ち着かせる意味と、ネズミ達を刺激しない意味があった。
「一端の退避行動として天井に逃げたのでしょう。今はおそらく様子見です。襲うならもっと早く来ているはず」
オオモリは『逃げた』、『様子見』と言う言葉を強調して言った。
「既に見張られているので行動を変える方が刺激します。普通に歩きましょう。大声でなければ会話も大丈夫かと思います」
正直根拠は薄い。しかし、緊急時は根拠は薄くとも誰かの『大丈夫』と言う言葉が絶大な効果を発揮することが多々ある。
「まぁ、これは私の見解です。違う点があればご指摘ください」
集団の落ち着きが戻った頃合いを見て、オオモリはユーリに話を振った。
次の瞬間、彼らの目の前にボトリとネズミが落ちる。
続けてボトリ、ボトリとネズミが数匹落ちてきた。
「ひっ」
声を漏らしたユーリの口を教会の一人が塞いだ。
「大丈夫。押し出されて落下したのでしょう」
彼は声を潜めて端的に説明した。
落下したネズミはキィキィと叫び声を上げながら走り去る。
しかし、天井のネズミの様子は変わりはないようだ。
「落下したネズミに危害を加えなければ大丈夫そうです。私はオオモリさんの意見に賛成です」
教会の男は言った。
「分かりました。。私も異存はありません」
ユーリは教会のもう一人の了承を得るように、軽く相槌を交わしてから答えた。
一行は歩くのを再開した。
やはり定期的にネズミが落ちて来る。ボトリボトリと落ちてきては走り去る。
その度に声を上げそうになるユーリ。
「ユーリさん、一つ聞いていいですか?」
ソウタが言った。何か話をしていた方が集団の緊張が緩和するという意図もあるが、純粋な疑問が沸いたのだ。
「ヤツらが襲って来ないということは、巣はまだ遠いってことですよね?」
ネズミ達の反応は、明らかに侵入者に対するそれではない。人で例えるなら、狭い道路でガラの悪い集団とすれ違う際の緊張程度だろうか。
しばらく歩いた今現在も、こちらを警戒しつつも、積極的に関わろうとはして来ないようだ。
「はい」
ユーリはやはり端的に答えた。
「これまでも随分歩いたと思うのですが、まだ遠いのなら、これから向かう遺跡というのは、相当巨大なのでしょうか?」
「はい」
ユーリは言った。そして少し興奮気味に続けた。
「この先地上に出たら、すぐに見えると思います。驚いて声を上げてネズミを刺激しないようお願いします」
一行は、天井ネズミを切り抜け、入った時と同様なスロープを昇ると地上に出た。
そして、ユーリの言葉が大袈裟ではない光景が広がっていた。