人間の無駄
「マークに感づかれた以上、長居は無用です。急ぎましょう」
スティーブが言った。
「傍受されてたんでしょうか?」
とカンダ。
「そうされない為に、この機体に人格を移して情報処理室を出たんですけどね。逆に何の情報も得られなくなったから、不審に感じたのかもしれません」
「そういうことですか。では、まだこちらの作戦が全て漏れたわけではないと」
「だと思います。でも時間の問題です。更なる襲撃も予想されますので、警戒していきましょう」
「ですな。まぁ、また来たら対象しますよ」
とオオモリは言う。
スティーブの予想の通り、倉庫を出て最初の角を曲がったタイミングで、見るからに臨戦態勢の2体の警備ロボットに遭遇した。
しかし、先の闘いでカウンターから敗れたことを警戒してか、先には仕掛けて来ない。
「用が無いなら通してくれませんか?」
オオモリか声をかけた。
警備ロボットは会話では応答せず、ただバチッと電撃棒を鳴らして身構えた。
「通してくれる気は無いみたいです」
とソウタ。
「だな」
そう言うとオオモリは、斧を両手で持ち、上段に構えたまま歩み寄る。
オオモリの初激、上段から面打ちの軌道で始まった斧が急に横薙ぎに変化する。
傍で見ている分には90度急カーブしたような形。
その斧は警備ロボットの右腕に食い込んだ。機器に何らかの損傷を与えたようで、警備ロボットは電撃棒を落とす。
オオモリは警備ロボットの右足内腿に踵蹴りを入れながら、食い込んだ斧を引き抜いた。
片足が蹴り上げられバランスを崩した所に、後頭部に斧を引っかけられて前に引き落とされる。
たまらず四つん這いに倒れ、露呈した腰部のバッテリーコネクターを薪割りのように叩き切られた。
隣を見ると、ソウタも難なく制圧したようだ。
この後も貯水槽に至るまでに警備ロボットとは3度、合計で8体と交戦することになる。
しかし、オオモリの宣言通り、いずれも彼ら二人でほぼ対処してしまった。
唯一、3度目の度目の交戦では、スティーブが4体中1体と合間見えた。実力は五分で膠着状態となる。しかし、教会の3人を守る足止めにはなり、間もなく他を片付けて戻って来たソウタに難なく制圧された。
「我々は弱いのでしょうか。。」
彼らのあまりの手際に、スティーブは警備ロボットとしての機能を心配した。
「そんなことはないと思います。彼らが特殊なんです」
とカンダが見解を述べる。
スティーブとカンダからの情報を総合すると、この警備ロボットは元々軍用技術を民間に応用したものとのこと。
その際に民間人を過度に殺傷しないよう出力調整はされている。しかし、今まで交戦した機体はテロリストかマークのどちらかに調整を弄られており、かなり軍用のそれに近いはずだと。
「良く出来てると思いますよ。良く出来てるが故に、我々には動きが分かりやすいんですよ。まぁそこを付ける人間は多くは無いので警備としては十分だと思いますよ」
オオモリが言った。
「良くできてるから分かりやすいんですか?」
質問してきたのはスティーブだった。自分達の欠点を指摘されたから興味がわいたようだ。
「ええ。無駄が無さ過ぎるんですよね。物理的に正しい動きしかしないんで」
ソウタの補足にオオモリも頷く。
「無駄が無いのは、いけないのでしょうか?」
スティーブには理解が追い付かない話のようだ。
「単に強い力やスピードを出すだけならいいんですが、初動や重心が簡単にバレるのは、いただけないですね」
「だな」
ソウタの意見にオオモリも同意する。
「興味深いですね。詳しく教えていただけませんか?でも、どこかでマークに傍受されたら困るかな」
とカンダが話に割って入る。
「かまわないですよ。知った所で、どうすることも出来ないので」
オオモリは飄々と言ってのけた。
「オモチャの人形をテーブルに立てた所を想像してください。その人形の片手を上げて、こんな斧のオモチャを持たせたらどうなるでしょう?」
オオモリは斧を持ったまま、自身の手の水平に伸ばして見せた。
「倒れますね」
とユーリ。
「そう。二足で立つって、そもそも簡単に倒れるんですよ。だから何かの動きをする際には、2足歩行の生き物は、『倒れないように重心を移動する』という動作が発生します」
オオモリは何度か重心移動の動きを実演しながら話している。
「彼らはどんな動作でもしっかり重心移動を行います。だから、逆に言えば重心移動を見ていれば、だいたいの動きが読めるんです」
そう言って警備ロボットの動きをいくつか真似して見せる。
「ですね。逆に言えば、我々は動作を読まれないように様々な工夫をします。物理的に効率よく動くのではなく、多少無理な動きでも読まれにくいような動きをするんです。どんなに強い攻撃でも当たらなければ意味がないので」
ソウタの補足にオオモリも頷く。
「たぶん、彼らは力押しで闘う想定なんでしょう。力があって装甲が硬いので、最初は苦戦しましたが、装甲を破れる武器があれば問題はありません」
オオモリは斧をピシャリと叩きながら言った。
「なるほど。確かに分かった所で対処は難しいですね」
スティーブが答えた。
「動きを読まれてる事実は分かっても、物理的に必要な動きを0には出来ません。そして、読まれない動きをする為には、この機体は筋肉も関節も足りません。設計の際には人体を参考にしたのですが、当時、無駄と思われた細かい筋肉や関節は省いたようなので。。」
スティーブは対処方を考えながら、説明を聞いていたのだろう。分析が具体的だ。
「それらは無駄じゃなかったんですね」
とカンダ。
「そう。無駄と思ってた部分を省いた為に、無駄の無い動きしか出来なくなった。こう言うと、なんか謎かけみたいですね」
とスティーブ。
「凄いな、人工知能は冗談まで言えるのか」
ソウタが言った。
「とんでもない。ソウタさんの方が何倍も凄いです。発見の連続です」
スティーブが答える。
それを聞いてオオモリが、フンと鼻息を吐いて言った。
「凄いな、人工知能はお世辞まで言えるのか」




