生活痕と防腐素材
ネズミの大群を乗り切り、しばらく進むと奇妙な一角にユーリが気付いた。
そこは館内図上では家具売り場の一部だと言う。
その場所を中心に花弁のように置き型のパーティションが倒れていた。おそらく、その一角を囲むようにパーティションを設置したのだが、ネズミ達が全て倒してしまったのだろう。
「少し調べていいですか?」
ユーリはそう言って、囲まれた中に入った。そして床に散らかったものを調査する。
「やっぱり人が住んでた跡がありますね。それも1000年前ではなく、数十年前といったところでしょうか」
そう言ってユーリは根拠となる物を示した。
缶詰のようなものや、食器などが散乱しており、またネズミに食い散らかされたベッドのマットも1000年前のものにしては新しすぎるとのことだ。
「やっぱり、ここを根城にしてたヤツらがいたんでしょうな」
オオモリが言う。
「ええ。痕跡から見ても一人二人ではないのは確かです。山賊なのか、難民なのか、今となっては分かりませんが・・・」
ユーリが答えた。
「そういえばシンバさんが、この建物は100年前までは何か補修されていたと言ってましたね」
ソウタが思い出したように言う。
「ええ。まぁ100年は感覚値ですが、少なくとも何かしら手が入っているのは確かです」
「それを行った連中かもしれませんね。スティーブが何か知っているかもしれません。後で聞いてみましょう」
と、オオモリ。
「しかし、魔法みたいですね、千年前の道具は」
ソウタが近くの家具を足で小突きながら言った。
「何がですか?」
カンダが反応する。
「だって、これベッドでしょ?家具売り場に居住地を作ったってことは、残ってた家具を使った方が便利だからですよね?たぶん持ち込んだのはマットだけで、これは元々あったヤツだと思うんですが・・」
ソウタは、金属の骨組みだけになったベッドを指して言った。周りの食い散らかされたマットと対照的に骨組みはしっかりと原型を止めている。
「だと思います」
カンダが視線を送ったのを受けてユーリが答えた。
「金属が千年もこの形で残ってるって不思議ですよ。普通錆びません?」
ソウタはそう言って、自身の持っている警棒をベッドのフレームに叩きつけた。
キーンという高い音が響き渡る。
「強度も十分保っている。この警棒と遜色ない、なんならこれより強いかもしれない」
ソウタは半分呆れたような顔をした。
「進化しすぎた化学素材と防腐防蝕塗料のおかげなんですよ。この時代の物は特に厄介なんです」
カンダが言った。
「厄介なんですか?凄いじゃないですか」
「いや、腐らないというのは困るんですよ。ゴミが溜まってしまうので。この時代のゴミは特殊な施設で処理をしないといけない物が多いのですが、コストが掛かるので、かなりのものが不法投棄されています。教会ではそれを永久ゴミと呼んでいて、回収作業を続けているのですが、まだまだ世界中にあるんです」
「ゴミですか。宝の山のようにも見えますけどね。このパイプなんか上手く加工したら強い武器が作れそうだ。もっとも我々に加工できればの話ですけど」
オオモリが乗っかった。環境問題と言う言葉が死語になったこの時代に生まれた彼らには、カンダの言うことがピンと来ないのだ。
「加工は今の技術では難しいでしょうね」
とカンダ。
「残念ですな。あの警備ロボットは鈍器やナイフ程度じゃ対抗が難しいので、斧か槍でも欲しかったのですが」
オオモリが言う。
「斧ならたぶんありますよ。槍は流石に無理ですが」
ユーリが、こともなげに言った。
「えっこの建物にですか?」
「はい。たぶんバックヤードの防災関係の設備にはあります。地震や火災の際に開かなくなった窓や扉を破壊して避難する為に使うものが。後は工具売り場に薪割り用の斧や鉈が残っているかもしれません。少し寄り道になりますが、工具売り場はこの階にあったと思うので行ってみます?」
「近いのなら是非」
ソウタが食いついた。
工具売り場は寝具売り場から比較的近くにあり、1分とかからずたどり着くことが出来た。
といっても、工具売り場のフロア自体がかなり広いので、目的の物を探すには少々時間がかかった。
かなりの商品は状態をとどめていたのだが、やはりネズミのせいで正しくは陳列されていない。そこかしこに散らかった、文字通りゴミの山から探し出すのは一苦労だった。
「これなんかいいんじゃないですか?」
見つけたのはカンダだった。
「刃の部分の金属の状態も良く、柄もグラスファイバー製でかなり状態がいいです。何種類かあるので試してみては」
オオモリは、渡された斧をいくつか手に取った。
「これ、いいですね。重さは2kg弱かな。柄も比較的長いので扱いは難しいが破壊力はありそうだ」
そう言って、何度か軽く素振りした後で近くにあった樹脂製の台を叩いてみる。
台はいともたやすく割れた。
次に金属のパイプで出来たテーブルのようなものに何度か叩きつける。流石に切れはしないが打ち付けた所でパイプは鋭角に曲がった。
「素晴らしい!金属を叩いても刃こぼれしていない。これならヤツの外皮を割れそうです」
オオモリは今持っている警棒を分解して自身の脚に装着し、斧を基本装備として手に持つことにした。
ソウタもオオモリよりやや小ぶりな斧を選んで同様に基本装備にした。
「面白い物が色々ありますね。ネズミさえいなきゃ、何時間でもいれますね」
ソウタが軽口を叩く
「まったくです。この件が片付いたら教会に申請して探索させてもらおうと思ってます」
カンダが同意する。
「でも、この場は早く立ち去った方がいいかもしれません」
そう言ったのはシンバだった。
シンバが目くばせをした方向を全員が見る。
「いますね。しかもこちらを見ている」
彼らから100mほど離れた位置に、幅広い通路の入り口のようなものがある。
その入口を塞ぐようにネズミ達がズラリと並んでいた。しかも、その内の数匹は成人男性ほどの大きさがあり、2足で立ち上がっていた。
「兵隊ネズミです。あれは明かに威嚇の姿勢です。彼らに背中を見せないようにゆっくり後退しましょう。煙もまったく気にしていない様子なので、おそらくあの先に巣があるのでしょう」
シンバがそう言いながら後ずさりする。
全員それに習った。
「あちらは専門店街ですね」
ユーリが言った。
「ええ。確かに巣を作るにはちょうどいいかもしれない」
シンバが答えた。
この建物は上から見たらオタマジャクシのような形をしている。ユーリ達が今いる場所がオタマジャクシの頭に該当する部分で、広いオープンスペースになっており、建物管理企業の直営店が入っていたという。
ユーリ達はオタマジャクシのちょうど片目の位置にある従業員通用口から入り、反対の目の位置にある情報処理室に向かっている所だ。
そして、オタマジャクシの尻尾の部分は専門店街といい、多数のテナント店舗が入っていたという。
そこは広い通路の両脇にズラリと複数の小部屋があるような形になっており、それぞれの小部屋に動物が巣を作るのにちょうどいい塩梅なのだ。
にらみ合いを続けたまま、彼らが50mほど後退すると、ようやくネズミ達が一匹、また一匹と巣に戻りはじめた。
後退しながらオオモリ達がたどり着いた場所は、ちょうど目的のバックヤードの入り口に近かった。
一行は警戒を解かないように扉の前まで来ると、オオモリが中の様子を確認する。
「大丈夫そうです。このまま入ってしまいましょう」
オオモリの合図とともに一行は、扉の中に転がり込んだ。




