鼠球
シンバは警備ロボットの全身を隠すように、毛布を掛けた。そして、思い出したように叫ぶ。
「スティーブ、スティーブ!聞こえますか?また話せますか?」
問いかけつつも、自身の携帯食料からパンを取り出し、千切って毛布の上に撒きだした。
「なんでしょう?」
スティーブが応答した。
「ここのネズミ語の発声できますか?」
「もちろん」
「それなら、合図をしたらバッテリーが続く限りこう言ってください。『チーーィ、チチッ、チーーィ、チチッ』出来ますか」
「なるほど!大丈夫です」
シンバはパンに続いて袋を一つ開け、中身を毛布にブチまけた。
「ビーフシチューです。もったいないですがしょうがない・・・」
不思議そうに見るソウタに、それだけ説明する。
「みなさん、この場を離れます。ただし走らないでください。理由は後で説明します」
そう言うと、倒れていた台車を起こして歩きはじめた。
「スティーブ!3秒後にお願いします!みなさん、行きましょう」
「了解」
一行は歩きだした。シンバが先頭で台車を押し、他がそれに続く形だ。
バタバタバタバタッと遠くからネズミ達の足音がする。最初の警備ロボットの呼び掛けに応じた集団だろう。
ほどなくスティーブの声がする。
「チーーィ、チチッ、チーーィ、チチッ」
バタバタという足音が、より力強くなった。
「焦らないでください!ネズミが来てもゆっくり歩いて。彼らを刺激しないように」
シンバが言った。
「煙は出さなくていいんですか?」
オオモリが尋ねた。
ネズミ除けの缶は一旦蓋をして、煙が出ないようにしているからだ。
「彼らの意志統一を乱したくないので、しばらく我慢してください。上手くいけば危害は有りません」
そう言っている間に、1匹のネズミが姿を現した。
ネズミは一行には目もくれず、声の先まで走っていく。
「!!」
驚きつつも、みな口を塞いで動揺しないようにする。
2匹、3匹と続いて現れた。みな、脇を通り抜ける。
「チーーィ、チチッ、チーーィ、チチッ」
「チーーィ、チチッ、チーーィ、チチッ、チーーィ、チチッ」
スティーブの声に加えて、先発したネズミ達が同じ声を出しはじめた。
それに呼応するように、5匹、6匹と、どんどんネズミは現れる。脇だけでなく脚の間をすり抜けたり、よけきれずにぶつかってくるネズミもいる。
「ひっ」
ユーリは時折声を漏らしたが、それぐらいではネズミ達の関心は引かないようだった。
バタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタッ
もう数えきれないほどの集団が脇を通り抜けた。
みな足を踏まれっぱなしの状態だ。しかしネズミ達はそんなことは気にしない。みな声の元へ一目散に向かっている。
おそらく時間にしたら、ものの数秒程度の出来事なのだが、彼らにはそれが数分の時間のように感じられた。
「もういいでしょう」
ネズミ達の行進の過ぎて、しばらくしたタイミングを見計らって、シンバが再度ネズミ除けの缶の蓋を開けた。缶の中に充満していた煙が一気に噴き出しシンバは少し咳き込んだ。
「大丈夫です」
気遣うユーリに対してシンバが返答する。
「見てください。スズメバチに対抗するミツバチみたいでしょ?蜂球ならぬ鼠球といった所でしょうか」
蜂球とはスズメバチに襲われたミツバチが取る捨て身の戦法である。スズメバチに集団で張り付いて、その熱で敵を蒸し殺す。当然中のミツバチも自滅する文字通り捨て身の戦法だ。
そして、ネズミ達はスティーブが声を発する警備ロボットに群がって小山のようになっていた。
「違うのは、彼らは外敵に対抗しているのではなく、餌を取ってるんですけどね」
シンバの声から緊張が抜けていた。
「詳しく教えてもらえますか?」
そんなシンバの様子を見てにオオモリが尋ねた。ソウタもそれに頷いている。
「そうですね。もう少しこの場を離れたいので移動しながら話しましょう」
シンバがそう言って、台車を押して歩き始めた。4人もそれに続く。
「最後に警備ロボットが発した言葉は、集合の合図だというのは話しましたよね?」
「ええ」
オオモリが相槌を打つ。
「あの言葉は生存本能より優先されるんです。彼らの言葉は群れを守るために使いますから絶対です。ちょうどミツバチが外敵に対して自滅を厭わない行動に出るように」
「ということは・・・」
「この煙は効きません。むしろ危険ですらあります。既に煙に対して危険の通達を出し合い、興奮してますからね。我々が外敵認定されてもおかしくない」
「えっ、じゃあ今も煙焚いてちゃまずいんじゃないですか?」
たまらずソウタが質問を挟む。
「だから言葉を追加したんです。スティーブにお願いしたのは『集まれ、餌だ』ぐらいの意味です。外敵かもしれなという不安な集合ではなく、餌があるというポジティブな集合に変えました。今後の為にも、あの集合の合図と煙は無関係だという印象を付けたかったので」
「なるほど。だからパンやビーフシチューを撒いたんですか」
「はい。先着したネズミに同じ言葉を発して欲しかったんです。そうしたら集団に対しての説得力が増しますから。警備ロボットは彼らは見慣れてるはずなので、餌には見えないと思い毛布で隠しました。そしてパンという実際の餌とビーフシチューで匂いを追加しました。きっと今頃は毛布も食べられてるでしょう」
「・・・すげぇ」
ソウタが感服したように呟いた。
「でも、ラッキーでした。警備ロボットが発した言葉が『集まれ』だけだったので情報追加できましたから。あれが『集まれ敵だ』だったら、私たちが敵認定されるのは、どうしようも無かったでしょう」
飄々と話すが、この男は、警備ロボットが声を発してから数秒でここまで分析し、作戦立案し、行動し、集団の誘導までやってのけた。
「いや、シンバさんの知識と知恵が敵の想定外だったってことでしょう。たいしたもんです」
オオモリが言った。お世辞ではなく本当にラッキーには思えない。純粋な学問と判断力の実力勝負でシンバは勝ったのだ。
「まぁ専門ですから」
彼は、やはり飄々と答えた。




