ネズミの正体
その声に全員が身構える。
「ご心配なく、そちらの方が施した処置は正しいです。メイン電源のプラグが抜かれているので、この機体は物理的な運動はできません」
声に敵意は感じられなかった。もっとも機械音声に敵意と言うものがあればの話だが。
「私はスティーブと申します。かつては、この建物の関係者でした」
「さっきまでとは別人?だな」
オオモリが呟いた。直前までこの機体と戦っていたのだから無理もない感想だ。
「別人です。今は遠隔でお話しています。皆様がこの機体のメイン機能を停止させたことで、一時的にこの機体の通話機能を借りることが出来ました」
スティーブがサラサラと言うことは、オオモリとソウタは全く理解できない。しかし、教会調査員の3人は分かっているようだ。
「人間なの?」
ユーリが質問した。
「人工知能です」
スティーブはあっさり答えた。
「この警備ロボは何?元々の役割よりもだいぶ攻撃的に調整されているようだけど!こういうのはまだいるの?」
「そもそも関係者って、あなたはいったい何者なんだ?いつからここにいる?まさかこの遺跡の創業時ではないよな?」
「ネズミについて何か知ってるのか?」
教会調査員の3人は一斉に質問をした。
「すみません、お気持ちは分かりますが、全てをお答えするだけのバッテリーが無いようです。サブ電源で話していますので・・・」
「それじゃ!」
「お待ちください!」
カンダが電源プラグを繋ごうとして、それをスティーブが制した。
「そろそろ機体のクールダウンが終わります。繋いだらまた警備ロボットが起動するかもしれません」
「まじか!」
「どうする!」
「動いたらまた倒しますよ!」
「分かりました!」
ざわめきをユーリが張りのある声で止めた。
「あなたの要求は、私たちに撤退するなということですよね?」
「はい」
「それは、私たちに何か依頼があるということですか?」
「はい」
「あなたはまだ信用していませんが、人工知能の合理性は信用します。残されたバッテリーで依頼内容と、それを私たちが受ける意義をできるだけ簡潔にお話ください」
「素晴らしい。聡明なリーダーだ」
スティーブが称賛した。
「お世辞はいいです。余計なバッテリーを使わないで」
ユーリがあしらった。
「失礼いたしました。それではお伝えします」
5人は息を飲んだ。
「依頼は二つです。一つはネズミの巣の破壊です。もう一つはその為の詳細なお話がしたいので、なんとか2階の情報処理室まで来てください。そこに私の本体があります」
教会の3人はメモを取りながら聞いている。
「続けて」
ユーリが促した。
「依頼を受ける意義ですよね。これは一つ情報を提供しましょう。教会の方ならお気づきかもしれませんが、ここのネズミは遺伝子操作による人工生物です」
「やはり」
カンダとシンバが呟いた。
「このネズミはここでしか繁殖しない。それはお気づきですよね?だから巣を調査に来たんでしょ?」
オオモリとソウタは初めて聞く情報だったが、教会の3人は頷いていた。
しかし言われてみればそうだ。通常のネズミの繁殖なら巣を一つ潰した所で他でどんどん増える。ここまで労力をかけて一つの巣にこだわるのは費用対効果が非常に悪い。
「それは、このネズミは蜂を参考にデザインされたものだからです。外で見かけるのは働きネズミ。だから繁殖しない」
「なんの為にそんなことを?!」
思わずユーリが尋ねた。
「彼らが電池だからです。太古の大型の施設は様々な自家発電の装置を備えています。この建物もそうです。かつてはお客様の往来の振動エネルギーで発電していました。彼らはその代わりなのです。だから、この建物を拠点とし、この建物に餌を運び、この建物で増えるようにデザインされているのです」
「だから電子機器が生きているのか・・・」
「おぞましい・・・」
それぞれ感想を呟きながら聞いている。
「おっと、時間がありません。もう一つ重要なことをお伝えします。そのような成り立ちなので、当然働きネズミの他に女王が存在します。元々は女王は1度に1匹しか生まれないようにデザインされていたのですが、長い年月を経ると人工生物とて進化します。とうとう現女王の寿命に余裕があるうちに2匹目の女王候補が生まれました。最近ネズミたちが人の生活圏に現れるほど活発になったのはその為です。女王候補はこうしている時間にも成長し、新天地を求める為の移民団が形成されつつあります。それゆえ一刻も早い駆除をお願いしたい」
「まずいな」
「でも、それだけ大量にいるんだろ?私たちだけで駆除できるのか?」
「手段はあります。その為にも2F情報処理室にお越しください。位置はここのちょうど対角線上にあります。バックヤード伝いですと道が複雑なので、ここから一旦フロアに出た方が近いです。前向きな検討をお願・・・」
そこでスティーブの言葉は切れた。
その後はどれだけ呼びかけても返答は無かった。
「とりあえず、行ってみませんか」
オオモリが呆然とするユーリの肩を叩いて言った。
「でも何かの罠かも・・・」
「そうかもしれませんが、私見では違うと思います。ここは彼らのホームなので、こんな罠を張るぐらいなら力押しで制圧した方が早いです。人を騙して誘導するような罠って不確定要素が強くて、面倒なワリに成功率が低いんですよ」
「・・・」
「それに、もちろん100%信用は出来ませんが、無視するのも気持ち悪い内容じゃないですか」
オオモリは、あくまでも軽く言った。
「はい」
ユーリはやっとの思いで答えた。その頬には涙が伝っていた。
「すみません!怖いですか?それなら撤退する十分な理由です。危険なことは間違いないですから。さっきの私の意見は、皆さんはモチベーションが高いけど、私たちを気遣っているという前提での理屈です。気にしないでください」
ユーリの様子にオオモリが動揺する。
「いえ、違います。すみません」
ユーリは涙をぬぐった。
「また重要な決断を委ねてしまったなと思ったんです。私が責任者なのに。。。何も出来ませんね、私。。。それが情けなくて。。。」
「なるほど」
オオモリはボリボリと頭を掻いた。
ユーリはおそらく20代半ば程度。それで責任者ということは幹部候補生か何かなのだろう。言動の端々からも様々な高等教育を受けてきたことが伺える。『教会の人間』という先入観を外してみると、習ってきたことと現場の違いに戸惑い、苦悩する一人の若者がそこにいた。
「教会の責任者ってタイヘンなんですね」
オオモリが言った。これはブラフだ。
「責任者に教会と民間の違いは無いと思います!現にオオモリさんの方が私の何倍も責任者らしい」
ユーリは乗せられた。いや、あえて誘いに乗ったのかもしれない。
「それは得意分野だからそう見えるだけですよ。民間の責任者ってね、『決断』は、すりゃあいいんです。決断する内容まで自分で考える必要は無い。チームメンバーが出した意見で良いと思ったのを採用する。それが責任者の『決断』です。私から見たらユーリさんは十分決断してますよ」
「?!」
「ユーリさんみたいな反省する責任者は、民間にはいないとは言いませんが逆に怒られます。『何でも一人で抱えるな』って。一人で抱え込むタイプは、周りが無理にでも仕事を剥がさないとすり減りますからね。まぁこれは民間の話です。教会は違うノウハウがあるのかもしれませんが」
「一緒ですよ」
カンダが言った。
「全く一緒です。むしろ皆さんの方がタフなので、我々の方がすり減るかもしれません」
シンバが続く。
「ちなみにオオモリ隊長はよく『何でも一人でやろうとするな』って怒られてる方です。自分を棚に上げてよく言いますよね。。。隊長はすり減らない特異体質なので、あまり見習わない方がいいです」
ソウタが言った。
「うるせぇ」
と、オオモリ。
「ありがとうございます。ごめんなさい。少しだけ待ってください・・・」
そう言ってユーリは泣いた。
4人は声をかけず、かつ、無視もせず見守った。
「お持たせしました。大丈夫です」
ユーリは自分でケリをつけた。そして言った。
「それではオオモリさんの意見を採用します」




