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6・侯爵様と過ごす初夜

浴室から出て、自分の部屋に戻ると、ライラが私のベッドに赤いバラの花びらを撒いている所だった。


これはまさか、初夜の準備というやつでは?


「ちょっと、ライラ!何をしてるの!?」


小走りでライラに詰め寄ると、ライラが手を止めて、満面の笑みで額の汗を拭った。


「お嬢様、初夜の準備って忙しいですね。知らなかったですが、今、我が国では、初夜に赤いバラの花びらをベッドに敷き詰めるのが流行りらしいですよ。みんなでバラの花びらをむしるの苦労したんですから~」


そんな流行り、乗らなくていいわ!

怒りでピクピクと、顔の血管が痙攣し始めた。


「ライラ、あなたは知っているわよね。私と侯爵様が白い結婚だってことを」


一応、周りを確認して、ライラ以外の侍女が潜んでいないか気にしながらそう告げると、ライラは「分かってますよ」と慌てながら頷いた。


「でも、お嬢様、みんなお嬢様がここに来たこと、喜んでますよ。私、お嬢様の事、侍女仲間からいろいろ聞かれて、調子よく答えてたら本当に見る目があるとか、美しく気品が溢れてるとか、お嬢様の事を誉めてくるのがもう、嬉しくて」


そ、それはどうも…有り難いけど、買い被りすぎでは。

ただの没落令嬢ですが。


「ここの侯爵様は良い方みたいですね。誰も侯爵様の事を悪く言わないですし。私の第一印象は正直、微妙でしたけど」


うむ。それは、わたしもよ。

私の事、強盗扱いしたもの。正直、嫌なヤツだと思ったわ。


「形だけでも、ちゃんとされた方が良いと思います。今夜だけは一緒に過ごされて下さい。男だという事は忘れましょう!顔の美しいお人形と、添い寝をするだけと思えばよろしいのですよ」


お茶目なしぐさで下手なウインクを決めるライラを見ていたら、なんだか頭痛がしてきそう。

まあ、侯爵様とも今後の事についてゆっくり打ち合わせしたいし、この部屋で待ち構えとく事にしよう。


「あとは、これを着ていただければ…初夜の準備は完了なんですけどね」


若干、気まずそうにライラが取り出したのは、赤いスケスケのネグリジェ!

手渡されて、おずおずと広げてみるも…少なっ!面積少なすぎよっ!

思わず覗き込んだら、向こう側が、ま~よく見えること!

って、こんなの誰が着るかっ!


ネグリジェを丸めて放り投げると、ライラが「ですよね…」と肩をすくめて慌てて部屋を出ていった。


ライラとのやり取りに疲れ切って、バラの花ビラが撒かれたベッドに横たわると、軽い眠気に襲われて目を閉じた。


「いくら白い結婚とはいえ、無防備すぎるな」


頭上から低い、よく響く声が降りてきて、私は眠気を吹き飛ばし、目を開けて飛び起きた。

目の前に質の良さそうなガウンに身を包んだ侯爵様が不機嫌そうに私を見下ろしていた。


濡れ髪に色気が駄々漏れしていますよ~!

彫刻のように美しい横顔に、神の本気を感じるわ。


ラフに結ばれたガウンの胸元からは鍛え上げた胸板が見える。背が高く細くスラリとしたスタイルをしながら、隠されていた美しい体に驚嘆してしまう。


「いろいろ外野がうるさくてな。さすがに今夜だけは、一緒に寝ることにしよう。許せ」


侯爵様は、多少はバツが悪いのか、私からスッと目をそらして、グラスの酒を口に含んだ。


「構いません。わたくしも賛成です。いくら白い結婚とはいえ、きちんと、初夜を済ませたフリだけはしなくては」


私の答えに、侯爵様は、一瞬驚いたように瞬きをした後、私の目を真っ直ぐに見つめてくる。美しい野生のネコみたいだと思った。

鋭く、疑り深い目だ。


「今さらの確認だが、そなたは本当に、この結婚に同意しているのか?白い結婚ということは、当然、子は望めない。私がそなたを愛することもないし、愛して欲しいとも思わない。伯爵家の窮地に漬け込み、金でそなたを買ったようなものだ。そなたにも伯爵令嬢としてのプライドがあろう」


投げやりで冷たい言い方だった。

敵か、同士か。この女はどっちだと、まるで試すような。


「わたくしのプライドなど、我が家の没落と同時に捨てましたわ。プライドでは家族も使用人もお腹いっぱいにはしてあげられませんもの。侯爵様のお陰で、我が家はまた事業を始められますし、弟も学校に通えます。あの子は賢いので、将来、我が家を継いで、よい当主になるでしょう」


侯爵様の眉毛がピクリ、と動いた。

表情が読めないけど、ここは引けないわ。

言うべき事はしっかりと言わなければ。


「なるほど。名を捨てて、実をとるか…おもしろい」


その割には全く感情が入っていないようですが。言葉の端々に感じるのよね。

ちょっとした悪意を。


「気に入りませんか?」


怒りを抑えた笑顔を浮かべながら、完全に戦闘モ-ド突入よ。売られたケンカは高値で買うわよ。


「いや、実に合理的な考えだ。怒りの感情を抑えきれない所も貴族令嬢らしくなくて、好感が持てるぞ」


あ、やっぱりムカついてるのバレてたみたい。


「とにかく、わたしくしにとって侯爵様との結婚は、有り難い申し入れでした。諸事情により、白い結婚を望んでおりましたので、まさしく、願ったり叶ったりでした。ですから、金で買われたというような被害者意識は全くございません。しっかり、侯爵夫人として役割を全ういたしますわ」


自分から飛び付いた結婚ですもの。

きちんと義務は果たすつもりよ。


「そなたは、嫌ではなかったのか?俺の噂は聞いていただろう?」


自嘲するような言い方だった。

肩を落として、グラスの酒を煽っている。


「全く気にしなかったと言えば嘘になりますけど。所詮はただの噂です。それよりも条件の素晴らしさの方が上回ったのです」


キッパリと言いきると、侯爵様は、長い睫を伏せたまま、微笑んだ。 

う、美しいすぎるのよ!

ちょっと…不意打ちはやめて欲しい。

ドキッとするじゃないの!!

イケメンの自覚が足りなすぎよ。


「そなたは、ずいぶんと正直なのだな。それでよく、貴族令嬢たちと渡り合えたものだ」


何となく、柔らかい言い方に変わった。

毒気を抜かれたみたいに。


「わ、わたくしだって、昔からこうだったわけではございません。家が没落してからというもの、少々我慢が足りない性格になってしまったようです。思いがけない悲しみや絶望を味わうと、そういう事もあるとは思いませんか?」


「そうだな。そういう事も…あるだろうな」


しみじみとため息まじりに言う侯爵様を見ていると、私に同意しているかのように聞こえる。

侯爵様にも、そういう経験があるんだわ。


思い切って、打ち明けてみようかしら。


「わたくしの父は、信頼していた友人に裏切られて、多額の負債を抱えてしまいました。そのせいで、我が家は没落しました。こういったニュースは、貴族の間ではすぐに広まります。頻繁に届いていたティーパーティーへの招待状も、見合いの申し込みもピタリと止まり、仲良くしていた多くの友人達も、皆、わたくしから離れていきました」


思い出すと、今でも胸がちくりと痛む。

たとえ、上辺だけであっても、うまく付き合えていると思っていた友人達。あっさりと見捨てられて悲しかった。


シャローナがいなかったら、完全に人間不信に陥っていたと思う。改めて、シャローナには、感謝しかないわ。



「貴族とは、そういう生き物だからな。己の利益になる人間にはすり寄るが、力を無くした者は徹底的に排除する。実におぞましいな」


「侯爵様も貴族ではありませんか」


「そうだ。無論、俺も含めてだ」


本気とも、冗談とも取れる笑みを浮かべて、侯爵様が私を見る。


「でも、悪いことばかりではありませんでした。窮地に陥った時にしか見えてこないものもあるのです。何もかも無くしたわたくしに、手を差しのべてくれた方がおりました。今ではその方はわたくしの真の友と呼べる存在です」


「損得もなしに友情関係が成立するのか?」


「ちゃんと、得はありますわ。とにかく楽しいんですもの。シャローナ…その友の名はシャローナという名なのですが、お話していると、あっという間に時間が過ぎていくのです。ふふ。男性には理解し難いでしょうか?」


「いや、女性の話し好きは理解している。うんざりする程な」


侯爵様が険しい顔で、首を横に振ってうなだれた。心底、げんなりしている様子を見て、私はすぐに理解した。


「ご自分の噂話を、気にされているのですか?」


「気になどしていない!ただ、不快なだけだ」


むきになる所が、しっかりと証明してしまっている。


「そういうの、気にしてるって言うんですよ」


言いながらつい、クスリと笑ってしまった。

不思議ともう、侯爵様に怖さは感じなかった。

むしろ、どういう方なのか、興味すらわいてきた。

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