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5・侯爵邸で歓迎される

衝撃的な初対面だった。

この、この人がジャンヌ-ル侯爵!?

冷酷悪魔…つまりは、私の夫になる人。

噂と違って醜男じゃないって事は、よく分かった。醜男どころか相当な美形じゃないの!こんなの聞いてないっ!

呆然としながらジャンヌ-ル侯爵と向き合っていると、侍女数名と一緒に執事らしき若い男性が駆け付けてきた。


「執事のカイルだ」


侯爵様は、私にチラリと視線を向けた後、すぐにカイルに向かって叫んだ。


「カイル!後は任せた。夜には戻る」


ジャンヌ-ル侯爵は、そう言い残すとさっさと立ち去ってしまった。


は?新妻を…置き去りか-い!!


って、壮大に突っ込みたい所だけど、まあ、愛のない白い結婚だし。仕方ないのかしら。


「申し訳ございません!アルクレスタ伯爵令嬢!少々、仕度に手間取っておりました」


カイルは人の良さそうな愛嬌のある顔立ちで、まだ若く見える。お世辞にも切れ者という雰囲気ではないけど…この若さで侯爵家の執事を任されるなんて、意外と有能なのかもしれない。


カイルは自己紹介を済ませると、私とライラを侯爵邸に迎え入れてくれた。

さすがに帝国を代表する侯爵家。

宮殿のような立派な豪邸。花が咲き誇る美しい庭園。

広い庭にはたくさんの使用人が行き来していた。

私とすれ違う度に、立ち止まり丁寧な挨拶をしてくるせいで、なかなか前に進めなかった。


あれ?もしかして私、歓迎されているのかしら?

皆さん、ご存じですか~?

私ってば、没落令嬢なのですけど。

多少のイジワルは覚悟していたのだけど、みんなが私を見る目が生ぬるいというか…優しい気がするのは気のせいかしら?

愛想笑いを浮かべながら、庭を抜けて、いよいよ中に入ると、たくさんの侍女が頭を下げながら待ち構えていて、腰を抜かしそうになった。

なぜか、赤いバラで花道まで作ってあるし。

顔を上げたら、侍女軍団が、キラキラした暖かい目で、一斉に見てくるんだもの。

期待のビームをバシバシと感じる。

眩しいわ。ものすごく眩しい!


侍女軍団の中から1人の中年女性が前に進んできて、美しい所作で挨拶してくれた。


「奥様、初めてお目にかかります。侍女長のナタリーと申します。お会いできて嬉しゅうございます。わたくしどもは、全員奥様専属の侍女でございます。何なりとお申し付け下さいませ。誠心誠意、お務めさせて頂きます」


ナタリーの挨拶と同時に後ろに控えている侍女達が一斉に頭を下げた。

ああ。懐かしい感覚。没落前を思い出すわ。

背筋がピンと伸びる感じ。やっとじわりじわりと、侯爵夫人になる自覚が湧いてくるような。


「今日からお世話になりますわ。ライラ共々、皆さま、よろしくお願い致します」


にっこりと微笑みながらそう告げると、侍女たちから歓声があがる。みんな良い子そうでほっとした。


「それでは、奥様のお部屋にご案内致します」


ナタリーの後を付いていきながら、さりげなく回りを見渡す。置かれている置物や、壁に飾られている絵画も一級品ばかりで、相当値の張るものだというのは一目瞭然。

お金持ちなのは分かっていたけど、これ程とは…我が家の借金なんて、侯爵にとってはポケットマネーで済んだのかもしれないわ。ごくごく一般的な伯爵家だった家とは、同じ貴族とはいえ、スケールが違いすぎるもの。


このままだと、卑屈の泥沼に落ちそうだから考えるのは止めておこう。


私の部屋は、日当たりが良く、広くてセンスのよい家具で美しく飾られていて、快適に過ごせそうな部屋で、とても気に入った。

ライラは早速、侍女長から用意されたメイド服に着替えて嬉しそうだ。

しばらくゆっくりとした後、豪華な夕食を頂いた。その後には入浴が待っていた。あっという間に裸にされて、二人の侍女から体を洗われながらハッとした。

優秀な侍女達の流れるような作業に酔わされてつい忘れていたけど、今夜、いわゆる初夜というやつでは!

私とジャンヌ-ル侯爵が白い結婚だというのは限られた人しか知らないもの。


「スイカ…スイカを…」


今夜、私が侯爵様のスイカを受け入れると思っているのだわ!

そう思ったら途端に恥ずかしくなってきた。


「奥様は本当に、絹のようにすべらかなお肌をされていますわ」


「わたくしも思いました!髪の毛もサラサラで艶々されて羨ましいです」


最高級のシャンプーと石鹸で体中を洗ってもらって輝きを取り戻した自分の体に満足しつつ、さっきまで、気分良く聞いていた侍女達の褒め言葉も今は何だかとっても複雑な気分。


初夜に備えて丁寧に身体の隅々まで洗ってくれているけど、残念ながらこの体に侯爵様が触れることはないのよ~!って、言いたいけど、言えないわね。余計な事は言わないように気を付けよう。


「わたくし達、奥様が来てくださるのをそれはそれは楽しみにしていたのですよ」


侍女のマリーが、うっとりとした顔で言うと、もう一人の侍女、ミリアも強く頷く。


「何事も諦めてはなりませんね。なかなかお相手が見つからず、侯爵様もお寂しい思いをされておりましたが…こうして素晴らしいご縁がありましたもの」


寂しい思いしている割にはだいぶ強気に見えましたけどねぇ。いろいろ拗らせてるのかしら。


「未来の侯爵夫人にお仕えする為、わたくしどもは、日々学び、知識を得るべく精進してきたものの、奥様不在のまま、日々は過ぎてゆくばかり…虚しさと格闘する毎日でございました…」


…つまりは、相当暇だったのね。

だとすれば、この歓迎ぶりも納得だわ。

暇が過ぎるのも、終わりが見えないと辛いものだから。


「あなた達は、侯爵様のこと、怖くないの?」


私からの不意にの質問に、2人が顔を見合わせてはため息をついた。

「奥様も、やはり、侯爵様の悪いお噂をご存じなのですね」

「ええ。一応、聞いているわ」

「そうですか…それなのに、奥様は侯爵様とのご結婚を承諾して下さったのですね!なんてお優しい方でしょう!わたくし、奥様に一生付いていきますわ!」


マリーが、今にも泣き出さんばかりに感動している。さて、困ったわね。とても本当の事が言える雰囲気じゃない。

ミリアは妙にしんみりとした表情で、すがるような視線を向けてくる。


「奥様は噂話などに左右されず、本質を見極めようとして下さったのですね。本当に晴らしいお心をお持ちですわ。侯爵様は確かに少々誤解されやすい方ではありますが、お優しい方です。侯爵様と同じ時間を共に過ごされる中で、本当の侯爵様のお人柄をご理解いただけるかと」


これは…結婚の決め手は「白い結婚」でした。

なんて、とても言えやしない。

それにしても、意外だった。貴族令嬢からの人気は最悪だったのに、使用人からは人気があるみたい。

2人が侯爵様の事を大事に思っているのは充分に伝わってきたし。人望があるのね。


侯爵様って、本当に…悪い人にでは、ないのかも。


会ったこともないのに、好き勝手言う人達の言葉よりも、側で仕えている者の言う事の方がずっと信じられるもの。


「確かに噂って当てにならないわよね。侯爵様があんなに格好いいなんて知らなかったもの…」


小声で呟いたつもりが、しっかり聞かれていた。勢いづいたマリーが興奮しながら叫んだ。


「そうなのです!我が侯爵様は帝国一のイケメンじゃないかと皆、思っております!」


そうです!そうです!と、激しく相槌を打ちながらミリアが同意する。確かにあれ程の美形なら帝国一でもおかしくないわ。今のところ、性格は抜きにして…そこは私も納得よ。


「それなのに、なぜか、冷酷悪魔と言われて、醜いブタだの、醜男だのと噂されて、私共は悔しい思いをしているのです!一度でも直接侯爵にお会いになれば、そんな噂、吹き飛びますのに!」


相当、歯痒い思いをしてきたのだろう。

小刻みに震わせる体から悔しさが滲み出ていた。


「侯爵様もそんな噂を気にされてか…公の場にはお出になりません…」


悲しげにマリーがうつむく。


「奥様だけが、侯爵家の希望の光ですわ。どうか、どうか…侯爵様をお救いくださいませ」


涙ながらに、二人から拝まれて、どうしたものかしら。

とりあえず、服を着せてもらいたい。


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